第29話 三つの門
なかなか寝付けないのはダニエルも同じようで、何度も寝返りを打っている。眠れないなら、気になっていることを尋ねちゃおう。
「ねえ、ヴァンパイアってなあに?」
ゼーも眠れないの、と答えてくれたあと、 うん、と頷いてしばらくダニエルは黙っていた。どうしたんだろう。
「うん。ヴァンパイア。アンデッドの中でも最上位に位置する魔物だと考えていい。悪魔そのものとも考えられる。教会の僧侶が話していたように、死体に悪霊が乗り移った状態にあるのがヴァンパイアだ。
その能力は極めて高くて、触れられたらドレインの恐れがあるし、高度な魔法も使ってくる。攻撃力も高く、同時に防御力も高い。魔法のかかった武器かアージェント銀で加工された武器でないと傷をつけることもできない。災厄が人の形なったような敵だ。しかもアンデッドだから痛みを感じることなくこちらに向かってくる。しかもヴァンパイアに噛まれたものはヴァンパイアになってしまう」
噛まれたらヴァンパイアになっちゃうんだ。
「でも、解呪できるんでしょう?」
「そう。ヴァンパイアは、その能力が非常に高いけれど、その分弱点も多い。まず、ゼーの言う通り、解呪が可能だ。ただ、ヴァンパイアが厄介なのはその解呪を無効化することもできるということ。その能力がレイスよりも格段に高い。でもアランの解呪の力ならば、きっと多くのヴァンパイを解呪することができるだろう。他にも弱点はあって、奴らは夜にしか行動することができない」
「夜行性なの?」
「夜行性というよりも太陽の光に弱いんだ。太陽の光を浴びると灰になってしまうと言われている」
「じゃあ、昼間に乗り込んで、寝ているところを倒せばいいんだ」
「そう。僕らはそう考えている。相手がヴァンパイアだと分かっているなら、それが一番の得策だ。だから今夜は休んで、明日に備えよう。街中のヴァンパイアを解呪するとなったら大変な労力だから」
そして、おやすみと声をかけあって、わたしたちは休んだ。わたしはほどなく眠りに落ちる。
次の日の朝早く、わたしたちはドラクレシュティ城に向かった。道のりは、それほどの距離もなく、お昼を迎える前にたどり着くことができた。
城は山を切り開いたところにできていて、城壁が城を取り囲んでいた。城下街の規模も大きくて、ロイセン王国のお城を思い出させた。
わたしたちは城壁からまだだいぶ離れたところで円陣を組んだ。クレイグが話を切り出す。
「まずは城下街に侵入してその様子を探ろう。ヴァンパイアに遭遇したら逐次、解呪を行う。すでにアンデッドとなってしまっているものを元の肉体に戻すことは不可能だ。ヴァンパイアとなり、快楽に興じていようとも本来の魂は苦しみ喘いでいるのだろうと私は考える。これ以上ヴァンパイアを増やすこともいけない。解呪する対象はあの百人隊どころではないかもしれない。心してかかって欲しい」
クレイグの言葉にみんな頷いて進路を城下街の門へと向ける。その間には誰ともすれ違わなかった。そよ風が吹き、鳥が鳴いている。
「あー、こりゃだめだ」
バイロンが一行の足を止めさせた。
「小竜公というだけはあるな。魔力をびんびんに感じるぜ。おそらく門の入り口に竜がいる」
しばらく進んで、門の全体が目に入る時にバイロンが言っていたことは正しかったと全員が認めた。
門を塞ぐように竜が座っている。
「あれは
「ドラクレシュティ城には他の門もあるはずだ。城壁を回ってみよう」
わたしたちは城壁の周りをぐるっと回ってみる。次の門が見えてきた。
「また竜の魔力だ。同じ緑青竜。この調子だと、それぞれの門ごとに竜がお出迎えあそばされるって感じだぜ」
その次の門にも緑青竜はその入り口を守るように座っていた。
「この城下街には三つの門がある。そのどれにも緑青竜が門番として座っている。これを倒して侵入することは困難だな。どうしたらいい?」
「俺が考えるに、竜を門番にしているということは、昼間には絶対に中に侵入されたくないということだ。だからやはり弱点は昼の時間だ。どうしても侵入したい。しかし緑青竜を倒すのはクレイグの言う通り、かなりの困難を強いられる。しかも3体を相手にするなんて絶望的だ」
わたしたちは打開策を見つけられないまま時間を過ごした。ひとまず今日は竜がどのように動くのかを観察することにした。
竜はほとんど動くことをしない。お昼を過ぎてしばらくした頃、竜は首を垂らしたと思ったら眠り始めた。
「竜が眠っている隙に侵入することはできないか?」
「無理だね。あの姿は仮眠しているような状態だ。ちょっとしたことでもすぐに起きてしまうだろう。俺はこの件からさっさと手を引きたいと思うがどうだろうか。リスクが高すぎる」
「まずは、夜になるのを待ってみよう」
日が暮れたのを合図にして、竜は翼を広げる。そして羽ばたき、山の向こうの方へ飛び去ってしまった。それを合図にしたように門が開放される。
「これからはヴァンパイアの時間というわけだ」
「確かにたくさんのアンデッドの気配を感じるようになりました」
「昼は竜。夜はヴァンパイア。こいつはお手上げだぜ。俺たちにどうこうできるような案件じゃない。素直に手を引くべきだ」
そう言うバイロンに対してクレイグがきっぱりと言い放つ。
「そうはいかない。竜はともかくヴァンパイアはどうしても解呪しなければならない。そうしないとじきにこの近隣の村や街が壊滅してしまう」
「でもどうすればいい」
「もう一日、様子を見る。今日はここで野宿をする」
わたしたちは、城壁から少し離れた森の中で野宿をすることにした。
そして、夜が更けるにつれて城壁内は明るさと賑やかさを増していった。街の喧騒が静かな空に広がり、歌や楽器の音も聞こえて来るくらいだった。
わたしは夜中には眠ってしまったけれど、冒険者たちは、その晩ずっと起きているということだった。
「竜が来た」
バイロンの声でわたしは目を覚ます。辺りはまだ真っ暗で、朝にはまだまだ時間があるように思えた。
「なるほど。夜明けの少し手前に飛んでくるようになっているんだな。だとすれば、侵入できるのは、この夜明け前、もっとも夜が色濃いとされる時間に侵入を試みるべきだろう。バイロン。わたしたちの気配を消すことのできる魔法は使えるか」
「それは使える。でも賭けだぜ。城内に入ったことが分かってしまったら、竜が攻撃して来ることになるかもしれない」
「それでも、その場合は竜との戦闘だけでなんとかなる。ヴァンパイアは眠っているはずだ。その時間をしのぐことができれば勝機を見出せる」
「竜が3体だけとは限らない」
「確かにそうだが、あのサイズは竜騎士が乗るためのものだ。そして竜騎士が使役できるのもそのサイズのものに限られる。それであれば、対処はできるだろう。
ダニエル。フェンリルは必ずすぐに呼んでくれ」
「承知した」
「可能ならば、他の召喚獣も招いてくれ」
それならわたしの出番だよ。
「その時は、わたしがレヴィヤタンを呼ぶ」
「ゼー。水の精霊がいてくれて本当に心強い。フェンリルとレヴィヤタンがいるのならば、竜と戦うことはできるだろう」
「あー、やるしかないのか。クレイグについてきたわけだから、これは運命と思って受け入れるしかないな。まあ、フェンリルとレヴィヤタンの共演なんて一生かかっても拝めるものでもないから、それを目に焼き付けて死ぬことにするか」
バイロンがぼやきを口にする。本当に戦うのが嫌そうな素振りだ。こんなバイロンを見るのは初めてだ。
「死ぬことが決まったわけではない。だが、我々の命を燃やすことが、彷徨う魂のために使われるのであれば騎士の本望である」
「僧侶としての本望でもあります。やはりヴァンパイアを放っておくことなどできないですからね。我々のように誘いを断ることができる者ばかりではないのです」
「ダニエルは? どうなんだ。戦うことに賛成か?」
「正直にいうと、逃げたい。グレイプニルが千切れるリスクもあるし、単純に竜は恐ろしい。でもレヴィヤタンを呼ぶことができるのならそれを試してみたい気持ちもある」
「ゼー。レヴィヤタンは本当に来てくれるのか。あのベヒモスみたいなことにはならないだろうな」
「大丈夫。なんなら今呼びかけてみようか」
「待て、ゼーローゼ。ここで大きなエネルギーを使って敵に気取られてしまってはもともこもない」
クレイグはそう言ったあとで、とはいえ、と呟く。
「とはいえ、回り道をしているだけの時間はないと考える」
「なぜだ。クレイグ?」
「アラン、気づいているか」
「はい。今夜だけで門に入っていくヴァンパイアの数は30を越えていました」
「そういうことだ、バイロン。我々がもたついていたらこの国はもう数日で滅びかねないところまで来ているのだ」
「ヴァンパイアの脅威が日毎に増してしまうってわけか。承知。これも神の思し召しというやつなんだろう?」
「その通りだ。我々の使命だ」
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