第14話 別れのあいさつ
パレ湖のほとりにダニエルとわたしはやって来た。わたしは透明な波紋をくぐり抜け、精霊界に移動する。
「ん? 誰か来たよ」
と言う声が聞こえてくる。
「あ! ゼーじゃん! おかえり!」
湖のほとりに次から次へと友達が現れて口々におかえり、と声をかけてくれる。
「無事でよかった。火焔竜を倒したあと帰ってこないから心配したよ。冒険者についていったのは見ていたから大丈夫なんだろうとは思っていたけれど」
「あ、あの時のイケメン君と一緒だ! やるじゃ〜ん。ゼーがこんなに積極的だなんて知らなかった〜」
「本当だ! もう、ゼゼちゃん、隅に置けないな」
わたしはみんなにもみくちゃにされる。
「でも、ふたりで来たってことは、彼はなにかここに用があるってこと?」
「ああ、うん、違うの」
わたしは首を振って話を切り出す。
「実はわたし、旅に出ることに決めたの。彼、名前はダニエルって言うんだけど、彼と冒険者一行と一緒にゆくことにした」
「ええ〜!」
みんなから声があがる。
「そんなの突然どうしたの?」
「うん。実は前から考えていたことなんだ。お姉ちゃん、ラヴェンデルが人間の騎士様についていって以来、帰ってこないでしょ。どうしているのか気になって。わたしはこの湖と繋がっているけれど、お姉ちゃんはこの湖との繋がりも絶ってしまっているでしょう? だから捜し出そうと思って」
「ラヴェンデルが出てったのって、けっこう前だよね」
「そうかな、ちょっと前じゃない?」
「うーん、遠い出来事のような感じがするけど」
「確かにラヴェンデルが今どうしているか気になるね」
わたしはまた話を続ける。
「実は、その手がかりも見つかったんだ。どうやらお姉ちゃんはすごく北の方にいるみたい」
「あ、もう居場所が分かっているんだ。それならいいね」
「まだはっきりしたわけじゃないんだけれどね」
「そうか。ゼーは大丈夫なの。旅なんてほとんどしたことがないでしょう。冒険者との旅はとても危険なものじゃない?」
わたしは身震いする出来事を思い浮かべて、
「うん。確かにそうなんだけどね」
と答える。でも、と思い直す。
「でもゆく。ダニエルが守ってくれるって約束してくれたんだ」
「ひゅ〜。やっぱりイケメン君が一緒にいるからじゃん。いいなあ、わたしも勇気を出してあの時お呼ばれされたらよかった」
「あんたじゃ無理だよ」
「なんでよ」
「ゼーみたいにたくさん魔法使えないでしょ。ゼーはとっても優秀だから冒険の旅にだって出られるんだよ」
わたしは両手を振って、そんなことないよ、と答える。
「そんなに色々なことはできないけれどね。でも水を様々な形にするのは得意かな」
「そうかあ。それじゃしばらくの間、寂しくなっちゃうね」
「ほんと、さびしいよう」
でも、と友達のひとりがこう続ける。
「あんまり居眠りばっかしてちゃだめだよ」
「そうそう、ゼーはよく眠っているから」
そんなにわたし眠っているっけ?
「まあ、とにかく、お姉ちゃんを見つけるまでは帰ってこないつもりだから、みんなも元気でね。
でも、この湖との繋がりは持っておくから、なにかの時はすぐに戻ってくるよ」
「そんなことできるんだ」
「うん」
わたしは頷いて、そして物質界にいるダニエルに声を掛ける。
「ダニエル、この湖の水を汲んで皮袋に入れてちょうだい。そうしたら、わたし、いつでもここと繋がることができるから。エシャッハからもらった小枝をその中に入れておけば、その水は腐ることがないでしょう?」
そうだね、と答えてダニエルが湖の水を汲んでくれる。これでいざとなったら、彼女たちに助けを求めることができるし、場合によってはレヴィヤタンを呼ぶこともできる。さすがにアーバーロの森くらいの距離になると、なんにもなしでの繋がりはあやしいものになっていたから、こんな風にこの湖の水が手元にあるなら安心だ。
「じゃあ、行ってくるね。お姉ちゃんに伝えたいことってある?」
「あるある。騎士様と一緒に帰ってきてって言ってちょうだい。わたし、その騎士様の姿見ていないんだよね」
「あ〜、わたしも! 誰か見た人っている?」
「わたし、ちょっとだけ。甲冑の兜をかぶっていたからよくは見えなかったけれど、ラヴェンデルがついていくくらいだから、きっとイケメンに違いないよ」
「姉妹揃って面食いだな〜。気をつけて行ってきなさいね」
お姉ちゃんと仲のよかった精霊がわたしに声をかけてくる。
「ゼー。旅立つにあたって、神様にお祈りを捧げさせて。みんなも心を合わせてね。
『天の神様。
わたしたちのかけがえのない友、
ゼーローゼが旅立ちます。
どうぞその足の道を
神様の光で照らしてください。
無事にラヴェンデルと再会し
一緒に帰ってくることが
できますように。
たくさんの祝福を
与えてくださいますように。
お祈りします」
みんな心ひとつにして祈ってくれた。こういうことって嬉しいね。
「お祈りありがとう。では、いってくるね」
精霊の仲間たちに騒々しく見送られて湖をあとにする。
「みんなに挨拶できたの」
「うん、できたよ。祝福もお祈りしてもらった。
ダニエル、またどうぞよろしくね」
わたしはダニエルにお辞儀をする。ダニエルは握手を求めてくる。わたしはその手を握り返す。その手をつたって、わたしはダニエルの肩に乗る。もう乗らないと決めていたけれど、なんかつまんない意地張らなくてもいいような気になったの。わたしの居場所、ここでいいよね。
わたしたちはそのまま城下街に向かう。
城下街には、いろんな人が歩いている。一般の人に混じって、冒険者の一行もちらほら見える。戦士の格好をした人、魔法使いの格好をした人、女性の戦士もいるし、ドワーフやハーフリングもいる。
ダニエルとわたしは防具店に向かう。そこにクレイグとバイロンの姿があった。
「クレイグ〜、バイロン〜」
わたしが手を振るとふたりはこちらを向いた。
「ゼーは仲間に会えたのか」
「うん。旅に出ることを伝えてきた」
「引き止められなかったか。決して安全な旅じゃないぞ」
「うん。心配はされたけれどね。でも快く送り出してくれたよ」
「そうか。こちらも王との謁見のあと、武具の引き渡しの交渉は終わったところだ。これでしばらく旅の費用を心配することはなくなった」
クレイグが防具店の店主と握手を交わし、こちらにやって来る。
「いい取引ができた。あとはアランと合流するだけか」
「アランは一緒じゃないの?」
「僧侶様は今、教会に行っている。あいつの祈りの時間は長いからな。我々はどこかで一杯始めてようぜ」
アランはすごく真面目な僧侶なんだな。そういえば、と思って、わたしはクレイグに気になっていたことを尋ねる。
「あの廃坑にいた時、バイロンが魔法の武具の探知をおこなったでしょ。その時、クレイグの甲冑は光ったけれど、剣は光らなかったよね。廃坑にあったものと交換したりしたの?」
「ゼーローゼはよく見ているな。その通り、この剣は魔法剣ではない」
クレイグが剣の柄に手をかける。
「しかし、由緒正しい剣だ。私の家に代々伝わるもので、私の先祖が、かつて竜を倒していることからドラゴンスレイヤーではある」
「クレイグ自身が何匹も倒しているもんね」
「そうだ。魔法はかかっていないが切れ味は魔法剣に劣らない。そして魔法がかかっていないことの利点もある。それは、バイロンやアランの呪文によって色々な効力を付与することができる。魔法剣だと、元々掛かっている魔法の影響で、それが妨げられてしまう。だからかえって何も施されていないこの剣の方が都合がよいのだ」
「まあ、その剣の切れ味は一級品だ。魔法ののりも悪くない。でも、今回あったアージェント銀の剣は悪くなかったんじゃないか。魔力はこもっているが、こちらの呪文を載せることができるし、一本持っていてもよかったんじゃないか」
バイロンの問い掛けにクレイグは軽く首を振り、剣に手を置き答える。
「私はこの剣と共に生きることを選んでいる。それゆえ、この剣が答えてくれているのだと思っている。切れ味が悪くなれば研ぎ直せばよい。よほど大きな刃こぼれでもしない限りは使い続けるつもりだ」
「クレイグのバディなんだね。特別な名前とかついているの」
「名前はない。私がなにか偉業を成し遂げたらそれに相応しい名が与えられるだろう」
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