第15話 フラクシナス

 王都の城下街の門のところで冒険者一行は円陣を組んでいる。

「これから我々は北に針路をとる。目指すはヒルデブラント城だ。街道はあるが、また荒野あらのでの野宿も必要になるだろう。森の中を突っ切れば、早く辿り着けると思うが迂回すると数日は長旅になる」

 ダニエルが手を挙げて発言をする。

「森に着いたらトレントを呼んでみるよ。そうしたら、もしかして道を作ってくれるかもしれないし」

 そうか、とクレイグは言って続ける。

「そこはダニエルに頼む。みんな準備はいいか? それでは出発だ」

 クレイグの掛け声、お姉ちゃんへと続く道の第一歩だ。


 アーバーロの森までは前回と同じ道のりを辿った。幸い天気に恵まれて冒険者一行の足取りは軽やかだ。わたしとしてはひと雨降ってくれた方が体も潤うし、旅しやすいんだけれど、全体としては遅くなっちゃうから晴れていてよかったと思う。


 あんまりみんなのお世話になるのも悪いと思って極力浮かびながら移動していたけれど、やっぱり途中で疲れて、ダニエル、バイロン、アランの背中におぶってもらうことになった。そうすると楽ちんだから、うたたねしちゃうんだよね。


 わたしは夢を見る。

 お城の中にいる。謁見の間だ。ロイセン王国のお城に似ている造りだったけれど、ちょっと違う。ロイセン王国の旗と、それとは別の紋章が入れられた旗が掲げられている。


 ロイセン王国の旗は首飾りと一緒の紋章で、そのお城独自の旗は槍がモチーフになっているものだった。玉座の背が細長くてかっこよかった。


 人はたくさんいるんだけれど、その姿がはっきりしない。なんだかみんな幽霊になっちゃったみたいに見えた。そんな中でただひとり、はっきりとした姿の人がこちらに向かってくる。金髪の女性。誰かに似ている、と思ったけれど、似ているんじゃなくてラヴェンデル本人だ。


 どうしたの、その髪の毛の色。わたしは尋ねようとするのだけれど、声がうまく出てこない。ラヴェンデルはただ微笑むばかりで、彼女も何も答えてくれない。

 しばらく沈黙の時が流れ、夢はゆっくりと覚めてゆく。


 アーバーロの森が見え始めた頃、

「お姉ちゃん!」

 と子どもの声が聞こえる。わたしはダニエルの背中におぶさっていて、ぼんやりしていたからびっくりした。

「フラクシナスじゃん!」

 こんな姿を見られるなんて恥ずかしい! わたしは慌ててダニエルの背中から飛び降りた。


「どうしてわたしが来るのが分かったの?」

 フラクシナスはお腹に手を当てて

「あたしのおなかの中で水がぽよんぽよんてはずむのがわかったから。お父さんにきいたらお姉ちゃんがちかくまできているあいずだよって」

 そう言って、にっこりと笑う。


 なるほど、わたしの水はフラクシナスの中でまだ生きているんだ。

 フラクシナスは前に会った時と同じ白いローブを着ている。緑色の髪の毛。緑色の瞳。真っ白い肌。無垢な木の精そのものの姿だ。くるくると好奇心いっぱいの瞳をしているフラクシナスにわたしは問いかける。


「ねえ、フラクシナス。わたしたち北の方に向かっていて、森の中を通り抜けてゆきたいんだけれど、案内してくれる?」

「もちろん、いいよ。ついてきて」

 そう言うとフラクシナスは、てててっと森の中に駆けてゆく。冒険者一行は彼女の後を追って森の中に入る。


「こっちこっち!」

 フラクシナスの歩む道は勝手に開けてゆく。本当に彼女にとってこの森が庭なんだ。

「ここがお花ばたけ!」

 森の中の少し開けたそこには色とりどりの花たちが咲き乱れている。森の中でもこんな風に花々が地べたに満ちているところがあるんだね。

「すてきでしょう。あたし、ここでおひるねするのだいすき」

 そう言うと、フラクシナスはいきなり花畑の真ん中に倒れこむ。

 わたしがあわててその顔を覗き込むと、くくく、と笑っている。


「びっくりした? いま、おひるねしてみたの」

 そう言うやいなや起き上がり、駆け出す。

「こっちにきて!」

 フラクシナスはまたも駆け出す。冒険者一行は顔を見合わせてから、彼女のことを追いかける。


「ここはそこなしぬま!」

 彼女の前に泥の水たまりが広がっている。

「わるいやつがはいってきたらこのぬまにおとすようにいわれているの。お姉ちゃんたちはきをつけてね」

 それってどういう意味? わたしたち悪い奴認定されているってこと? こんなに楽しそうにしているんだから、そんなわけないか。


 またフラクシナスは駆け出す。と、突然、忍び足になってゆっくりと木々の向こうに歩き出す。

 振り返ったフラクシナスは、しーっ、と指を口元に当てる。

「ここは、コカトリスのす!」

 覗き込むとそこには卵を温めている巨大な鳥の姿があった。

「コカトリスはちょっとわるいやつだけど、ひなをそだてるときだけこの森にきて、あとはいつも出てゆくからそのことはゆるしてるんだって、お父さんがいってた」

 そろりそろりとフラクシナスはそこからこちらに向かって歩いてくる。

「にらまれると石にされちゃうからきをつけなくちゃ!」

 そう言って歩くフラクシナスの白いローブのフードをバイロンがつかむ。

 へえ、バイロンて簡単に精霊に触れることができるんだ。そりゃそうか。わたしのことおぶってくれるわけだし簡単か。

「おい、フラクシナス。俺たちは旅の最中で、急いでいるんだ。お前は何をしてるんだ」

「あたし、この森をあんないしてるんだよ」


 そうだ、確かにフラクシナスはわたしたちを案内してくれようとしている。

「こいつじゃあ埒があかん。ダニエル、エシャッハを呼んでくれ」

「お父さん、ねむっているよ。ずっとねむれない日がつづいたから、さいきんはねてばっかりなの。つまんない」

「じゃあ、お姉ちゃんが遊んであげるよ」

「おい、ゼー」

「いいじゃん。少しくらい。森を迂回するよりずっと近道なんだから。わたしたちにもリフレッシュの時間が必要でしょ」

「勝手にしてくれ」

 そう言ってバイロンはふて寝をする。けど、すぐに起き上がって言う。

「おっといけねえ。フラクシナス。コカトリスの巣から離れたところで、少し休めるところに案内してくれ。俺たちはそこで昼寝でもする。その間、ゼーローゼと遊んでいればいいさ」


 フラクシナスはまた、てててっと走り出す。わたしたちはその後に続く。少し歩いたところで木漏れ日が綺麗に落ちている、広まった場所に出る。

「ここがおもてなしのひろばだよ。ちょっとまってて」

 そう言うとフラクシナスは手を組んで祈る。

 するとたくさんの小さな気配がこの広場を囲み出す。

「リスたちが木の実をもってきてくれたよ」

 たくさんのリスたちが、色とりどりの木の実を抱えて現れる。それは小さな山になってわたしたちの前に置かれた。


「すごいね。おいしそうな木の実だね」

 フラクシナスは得意そうにしている。

 バイロンは木の実を頬張りながらすでに横になっている。

 クレイグとアランも腰をおろした。

「僕はゼーに付き合うよ」

「ありがとう、ダニエル」

 そうしてわたしたちはフラクシナスの案内でこの森の中を紹介してもらった。

「ここがトナカイあな! トナカイがそのつのであなをほってるの!」

「ここがマンドラゴラのはたけ! わたしがおせわをしてるんだよ。えらいでしょ!」

「ここがネペンテスのその! ちょうでっかいでしょ! たくさんいるからときどき、ここにしかをまよいこませているの!」

「ここがユニコーンのいずみ! あたしはみたことがないけれど、ここにユニコーンが水をのみにやってくるんだって!」


 へえ、泉があるんじゃん。それなら水の精霊もいるんじゃない? 辺りを探ってみたけれど、その気配はない。

「どうしてここには水の精霊がいないの?」

「うーん。わかんない」

「わかんないかあ」

 まあ、水の精霊がいるのだったらわざわざわたしから水をもらわなくてもよかったわけだからいないのは分かるんだけれど、ユニコーンが飲むくらいだから、なんか特別なんじゃないの? わたしはそっと泉に触れてみる。水ではなくて木の精霊の気配に満ちている。


「ダニエル、この泉、不思議なんだ」

「うん。確かに独特の雰囲気があるね。ユニコーンが飲み水としているなら、僕は触れない方がいいだろう。ユニコーンは乙女にしか心を開かないからね」

 

 わたしたちが話をしているうちに、フラクシナスは案内に疲れたのか、大きな木の根元で、こてん、と眠ってしまった。

 ドライアドたちが見守るのを確認して、わたしたちは彼女をそっとおいたまま、クレイグたちの元に戻ることにした。

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