第13話 エルフの集落

 わたしたちが広間を出ようとする時に、エシャッハの後ろの方から小さな人影が現れた。女の子の姿だけれど、ドライアドとはちょっと雰囲気が違う。


「わしの跡継ぎじゃ。あいさつをしなさい」

「こんにちは。あたしはフラクシナス」

 その女の子は白いローブを着ている。森の真ん中のこの場所にいてこんなに幼い姿なのだから、木の姿もまだ小さいのかな。


「やがてこの子がこの森を執り仕切ることになるだろう。その時も助けて欲しいと願っておる」

「承知した。この国の王にそのことも伝えておこう。森は大切な宝だ」


 クレイグの言葉に頷いたあと、エシャッハはわたしの方を向いて言った。

「水の精霊、ゼーローゼよ。ひとつお願いがあるのじゃが、聞いてはくれないだろうか」

「いいよ。なんでも言って」

 エシャッハはわたしの言葉に頷いて言う。

「そなたの水をこの子に分け与えてくれることはできるじゃろうか。移動することの困難な我々にとって雨ではない水を飲む機会などほとんどない。まして精霊から直接いただくことなど滅多なことではあり得ない」


 わたしは、もちろん、と答えてフラクシナスの元へ進む。

「手をおわんの形にして。

 ゆくよ。

 『水は甘露かんろになれ』」

 わたしはフラクシナスの手のひらに水を滴らせる。それは小さな手のひらの中にすぐにいっぱいになる。

 フラクシナスは、その水をおそるおそる口元に運ぶ。


「わ! あま〜い!」

 ふふん。おいしいお水は甘く感じるものなのだよ。エシャッハにも分けてあげる。ふたりが笑い合う姿を見て、わたしもなんだか幸せな気持ちになる。

 大きな森がこうしてトレントによって引き継がれ、守られてゆくこと、大事なことだと思う。わたしの湖はどうだろう。ぬしとしてはレヴィヤタンがいるけれど、守る感じじゃないな。でもわたしの知らないところで働いているのかもしれない。


 わたしたちはふたりに見送られて木のうろから外に出る。姿が見えなくなるまでフラクシナスはずっと手を振ってくれていた。すごくかわいかった。


 さて、とクレイグが歩きながら切り出す。

「これからどうするかを考えていこう。まずはエルフの集落を探索するのが最初だと思うがどうだろうか。『ジェセの根』にまつわるなにかがあるかもしれない」

 その場所に火焔竜がもういないことは分かっているのだけれど、なんだか体が震えてしまう。やっぱり、怖い。


 ダニエルがそんなわたしの様子に気づいて、大丈夫だよ、と言ってくれる。

「もう火焔竜はいないし、もしなにかが現れたとしても、絶対にゼーを危険な目には合わせないから」

 わたしは、うん、と頷いてダニエルの肩に手を乗せる。


「バイロン、エルフの集落の場所は分かるか?」

「近くに行けば分かるだろう。まずはこの地図に従って、と行きたい所だが、今も道は勝手に出来上がっているような気がするな。おそらくエシャッハがエルフの集落まで導いてくれているのだろう」


 しばらく歩いていると、唐突に視界が開けた。そこには人の住む集落の姿があった。

「ここがエルフの住んでいた集落だろうか」

 クレイグの問いにバイロンが答える。

「ああ、間違いない。魔力が探知できる。この集落自体に魔力がかけられているわけではないが、所々に『暗号符牒あんごうふちょう』が施されている。それもエルフ独特の呪文体系のものだ。これを解読するのは骨が折れるぜ」


 バイロンは魔力のかけられた建物に杖をかざす。杖はやんわりと拒絶されるように押し返された。

「エルフが新しく入居するエルフたちに残したものだろう。それを解く必要はない」

「でも『ジェセの根』に関する書籍なんかもその中に含まれているだろうぜ」

「それは仕方のないことだ。我々は移住したエルフの後を追うことにする。北方に向かったということなら、それに従うまでだ。王都に戻り、占星術師の元を訪ねることも必要かもしれない。私は占星術に頼ることが好きではないが」


「なんで占星術が嫌いなの?」

 わたしはクレイグに尋ねる。

「わたしの神、しゅは占いの類いをしてはいけないとしている。これは信仰によることだから、としか言えないな」

「ふうん、そうなんだ。わたしも神様を信じているけれど、特別な決まりとかは知らないよ」


 クレイグが頷いて答える。

「そうだな。律法は人に与えられたもので精霊はそこに含まれないのだろう。でも大事なことは主を信じる信仰だ」


 俺には信仰心はないけどな、とバイロンが割り込んでくる。

「とはいえ、占星術は星読みとは少し違うものだろう。いずれにしてもそれは俺の役割だ。まあ、まずはこの集落の探索といこう」


 エルフの集落は素朴な感じだった。森の人らしいな、と思う。大きな建物や倉庫みたいなところはどこも魔法がかけられていてやっぱりそれを解くことは難しいみたいだった。クレイグ達は手分けをしていろいろ探っていたけれど、手がかりになるようなものは何も見つからない。


 わたしも一緒になって探索してみていたのだけれど、誰も住んでいないのにこの村が死んでないな、と思えるのは不思議だった。全然捨てられた感じがしない。ちゃんと準備をして旅立ったのだろうと思う。集落ごと移動するなんて、『ジェセの根』ってそんなに魅力的なものなんだね。


 ん? そういえば『ジェセの根』の誕生ってエシャッハは言っていたよね。それは植物の根ではなくて種ということ?

「ねえねえクレイグ。エシャッハは『ジェセの根』の誕生って言っていたよ。それってどういうことなの?」


 そうなのだ、と呟いてクレイグは腕を組む。

「それは私にも分からない。エルフが集落ごと移動して守るということだから、根の生えた植物の誕生ということかもしれないが、どうも違う気がする。気になるのはその方に仕えるという言葉だ。もちろんトレントのような存在もいるから、植物に仕えることもあるだろう。だが、違うニュアンスを感じてしまう」


「ますます『ジェセの根』が未知のものになってきたぜ」

「せめて書庫でも開いていたらいいのだけれどな」

「いや、だめだ。書籍の類は何も見つからない。おそらく結界の中だろう」


 わたしたちは探索を早々に切り上げることにする。

「まだ日暮れには早いが、今から王都に向けて出発すると、また荒野での野営となる。ゼーローゼの体もまだ心配だし、今日はこの集落を借りて休むことしによう。幸いなことに寝泊まりできる小屋には魔法がかけられていない。そこで休もう」


「わたし、エシャッハにも癒してもらったから平気だよ」

「無理はするな。ゼーローゼはもちろんだが、我々全員が疲弊している。そういう時に無理に行動する必要はない。火焔竜と戦ったのだ。十分な休息が必要だろう」


 わたしはその時、ふと人間の街との違いが気になった。集落自体が捨てられていないのは分かるんだけれど、生活するのには足りないものがある。

「ねえ、クレイグ。ここはエルフの集落なんでしょう? 何で寝泊まりできる小屋がひとつしかないの?」

 ああ、それはね、とダニエルが答えてくれる。

「エルフは天幕、いわゆるテントを張って暮らしているからだよ。多分、物置小屋の方には天幕が残されていると思うよ」

 へえ、そうなんだ。なるほどね。それもなんだか森の人らしい感じがするね。


「小屋で、これからどう動くか相談をしよう。各々、宿泊の準備をしてくれ」

 わたしはダニエルと一緒に薪を集めることにした。といってもただついて回るだけでなんにもしなかったけれど。だってわたしが触ったら薪は湿気っちゃうもんね。


 冒険者一行は早めに夕食を摂り、火を囲んでこれからのことを話し合う。

「これから、また王都へ向かう。『ジェセの根』に関することは包み隠さず伝えるつもりだ。それに異論はないか?」

 みんな、頷いている。この人たち、あんまり得しようとか出し抜こう、とかそういう気持ちがないみたいだ。それだけの実力があるってことなんだろう。余裕を感じるよね。


「王都の城下街で魔法の武具の引き取りも行う。相当な金額になるだろうが、北方への旅となると旅費もかさむ。その資金にしたいと思うがそれについてもなにか異論はないか?」


 そのことにも特別な意見はない。みんな長い旅になることを覚悟しているような顔つきになる。

「ねえ、クレイグ」

「なんだ、ゼーローゼ」

「あのね、わたしもその旅について行ってもいいんだよね」

「もちろんだ。まずはヒルデブラント領地を目指す」

 そうだよね。みんな行動力があるからすぐに動いてくれるだろう。でも、わたしその前にしておきたいことがある。

「ありがとう。だったらしばらくわたしも故郷を離れることになるから、友達に旅立ちの挨拶をしていきたいんだけれど」

 クレイグは頷いてくれる。

「そうか、それもそうだな。湖を回ってゆくか」

「僕がゼーと一緒にゆくよ。王都についたらそこから別行動にしよう」

 クレイグがそれでいいかとわたしに尋ね、わたしはそれをもちろん、と了承する。

「承知した。我々が王との謁見をしている間にダニエルとゼーローゼは湖に行くといい。挨拶ができたら城下街で落ち合うことにしよう」

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