第12話 トレント
うろの中は明るく、ほんのりと温かかった。明るいのは表面に生えている苔が発光しているからで、温かいのは樹木自体の呼吸であるように感じた。
わたしたちは、そのトンネルを進んでゆく。
ほどなく少し広まった空間に出る。そこも発光する苔に全体を覆われて明るい部屋になっていた。
その中央に茶色いローブを纏って木の杖をついたひとりの老人が立っていた。
「トレントか?」
クレイグが尋ねる。
「いかにも。そしてわしにも名前がある。エシャッハと言う」
「失礼した。エシャッハ殿。私は騎士クレイグ・ミルトン。私たちを導いたのはあなたですか?」
「そうじゃ。こたびは
そこにいる水の精霊じゃな。わしと会ったのは」
「うん、そうよ。でも、あなたは子どもだったり青年だったりした。今はすっかりおじいさんね」
「根の先は、いつでも若い。あの街がわしの足の伸ばさせる最も遠いところじゃった。おぬしがいて助かった」
「わたしの名前はゼーローゼ。
でもどうしてそこまで足を伸ばさなくてはならなかったの? このくらい深い森ならエルフが助けてくれるんじゃない?」
うんうん、とエシャッハは瞳を閉じて頷いた。
「そうなのじゃ。この森にも長くエルフの集落があった。しかし、ついこの間、彼らは森を出て行ってしまった。『ジェセの根』の誕生を守ると言って全員が旅立った」
「『ジェセの根』の誕生!?」
クレイグが叫ぶ。バイロンもすかさず問い掛ける。
「『ジェセの根』とは一体なんなんだ?」
「おぬしは、木の枝をぞんざいに扱った魔法使いじゃな。だいぶ痛い思いをさせられたわ」
「俺はバイロン・ブレイク。それは失礼した。しかし、火焔竜を倒すには必要なことだったのだと、それは承知おきいただきたい」
「分かっておる。そのくらいの痛みを伴わなければならないことも。むしろあの程度の損害で済んだことを喜ばなければならないのじゃ。老人のぼやきと流してくれ。気を悪くしたのなら謝る」
いや、とバイロンは首を振る。
「それは気にならない。確かにもっとよい方法もあったことは確かだ。しかし、今はそれよりも『ジェセの根』のことを知りたい」
「おぬしたちも『ジェセの根』を探しておるのか。わしもよくは知らない。なんでも魂を持つものにとってはかけがえのないものらしいな。
エルフたちは『ジェセの根』の誕生を伝える星が現れたと言っていた。『ジェセの根』が生まれるのだ、と。その方に仕えなくてはならない。
その星の導きに従うと言っていた。それで、いくらか前に集落ごと旅に出てしまった」
「どこに行くと言っていた? その星は我々にも見えるのか?」
クレイグが身を乗り出して聞いている。
「だいぶご執心じゃの。どこか、ということは分からん。ただ、北の方へ行くと言っていた。星についてはわしも示されたが、瞳が霞んでしまい、それを見つけることはできなかった。エルフたちは星読みをするから、彼らにしか見ることのできない星かもしれん。
わしの知っていることはそれくらいじゃ。火焔竜がいた所の近くにエルフ達の集落があった。もしかしたら何か手がかりを残しているかもしれん。探してみるといい。おそらく火焔竜がやってきたのもその集落が残されていたからじゃろう。あの村自体に魔力の痕跡がある。竜の類は魔力のこもったものが好きじゃからの。
しかし、本当におぬしらには助けられた。少しばかりの礼をしたい。といっても何か物を与えられるわけではない。だからわしのできること、一人ひとりに祝福を与えよう。エシャッハの祝福じゃ。目には見えないが、きっと旅の役に立つこともあるだろう」
へえ、トレントの祝福あ。なかなかお目にかかることのできるものではないよ。すごく貴重なことだと思うよ。わくわくするね。
「まずはおぬしからじゃ。
『クレイグ・ミルトン
汝に我が祝福を与える
暑さの折も木陰になり
鳥が足を休め そのさえずりが
道を示すであろう
喜び勇み 前に進め』」
あ、クレイグの体が緑に染まった。それはすぐに輪郭に沿うようになり、ひときわ強く光った後に、消える。でも確かに緑の守りがクレイグを包んでいるのが分かるよ。
「次はおぬしじゃ、魔法使い。
『バイロン・ブレイク
汝に我が祝福を与える
その指先から放たれるものは
蠢いて糧となる
炎はその舌の力を増し
氷はその根を生やす
言葉は脈を打つ』」
バイロンは手のひらと杖が緑に染まる。クレイグの時のように、それは強く光って消えた。
「おぬしの名は? アラン・キーツ。僧侶か。分かった。
『アラン・キーツ
汝に我が祝福を与える
祈りは風を纏う
葉の重なりによってそれは
太陽と水の力を得
その言葉はほころぶ』」
「おぬしは? ダニエル・バニヤン。召喚士とな。わしに呼びかけたのはおぬしか。今、その祈りに応えよう。
『ダニエル・バニヤン
汝に我が祝福を与える
呼ばれたものに憩いを
喉を潤し 目は安らぐ
声も葉ずれのように優しく
呼ばれるものは喜んで鳴く』」
次はわたしの番だよ。わたしだって活躍したからなにかもらってもいいよね。
「水の精霊ゼーローゼ。残念ながらわしの祝福は魂のあるものにしか届かん。だから同族を祝福することもできん。よって水の精霊であるおぬしも同様じゃ」
ちぇー。つまんないの。わたしも祝福欲しかったな。
だが、とエシャッハは続ける。
「手ぶらで帰らすことはしたくない。この枝をあげよう」
そう言ってエシャッハは小さな小枝をわたしに手渡してくれる。
「これを水袋の中に入れておけば、その水が腐ることはない。『ジェセの根』を見出そうとするのならば、きっと長い旅になるのだろう。ずっとついてゆくのか?」
わたしはエシャッハに答える。
「うん、わたしは『ジェセの根』ではなく、お姉さんを捜しているの。関係のありそうな所は分かっているからそこに向かうところ。だからわたし自身は、そんなに長い旅になるとは思わないけれど、でもその小枝、入れてみるね」
わたしはダニエルの持っている水袋にその小枝を入れてもらう。すると、わたしの体が反応して、すごく清々しいものを感じられるようになった。
「人の手で癒すことのできない見えない傷もそれで治るだろう」
エシャッハが手をかざしてそう言った。
その言葉にダニエルははっとしてわたしの方を向いて言った。
「ゼー! 本当はまだ治ってなかったんだな。そういう隠し事はしないでくれ。本当にほんとうに大事なことなんだよ」
ダニエルがまた涙目になっている。
「うん。まだちょっと体全体が
ダニエルは、頼むよ、と言ってわたしの頭を撫ぜる。みんなにあんまり心配掛けたくなかったんだよ。
そんなわたしたちの様子を見た後で、クレイグがエシャッハに話しかける。
「エシャッハ殿。祝福をいただいたこと感謝する。きっとこれからの旅の大きな助けになることだろう。『ジェセの根』に関することも教えていただき、とても有意義な時となった。
しかし、エルフのいない今、この森を守る者がいなくて平気なのか? 人間の手で守るように働きかけてみようか?」
「それには及ばん。東方よりエルフの民が、その集落を分けてきてくれることになっている。今回の騒動の時に東の森に使いを送っていたのだ。動物を介してそのやり取りをするので、なかなか話が進まなかった。とはいえ、もうじき彼らがやって来るだろう。その時に森の影も形も無くなっていたのでは、申し訳が立たない。おぬしたちの働きのゆえにこの森は新しく進むことができるようになる」
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