第11話 森の道
わたしは夢を見ていた。昨日の
その人は
「水の乙女が死地に赴くというのか。面白い。そんなことに身を
その鎖帷子を着た人は女性だった。輝く青い瞳を持ち、三つ編みされた金色の髪の毛の束が風に吹かれている。
「預言だ。
『汝は魂を求めるだろう
しかし全ては
ジェセの根を訪ねよ』
面白い。旅を続けるならば、また
鎖帷子の女性はそう言うと馬を走らせ、どこかへ駆けて行ってしまった。
わたしは夢の中で意識を失う。
「……ゼー、ゼー。聞こえる? ゼー」
「ううん……?」
「ああ、よかった! 目を覚ました」
ぱちぱちと火の
「目を覚ましたか。よかった」
「主への祈りが聞かれました。精霊にバイロンの魔法が有効なら、私の祈りも当然効くわけですよね。体に
わたし、わたし、何をしていたのだっけ。
「ゼー。今は休んで。でも気がついてよかった。本当によかった」
わたしの手のひらが握られている。これは、ああ、ダニエルの手のひらだね。うんうん。そうだ、わたし、火焔竜に向かって行ったのだっけ。それでどうしたのだったっけ。分かんないや。でも、今は、眠くてねむくて。ダニエル、そのまま手を握っていて……。
ピーキュイ。ピーキュイ。
鳥の声で目を覚ます。ここは、どこだっけ……?
眠い目を擦りながら体を起こす。わたしの体にはダニエルのマントがかけられている。そんなことしたらマント、湿気っちゃうのに。
「お、目覚めたか、ゼー。今、ダニエルは近くの泉に顔を洗いに行ってる」
「わたし、どうしたっけ?」
「覚えてないのか。まあ、無理もない。でも、ゼーの魔法で俺たちは命拾いをしたんだ。本当に感謝している。ゼーの魔法がなかったら全滅していたかもしれない」
バイロンの言葉でわたしは思い出す。体が勝手に震え出す。
「ゼーローゼ。体は大丈夫か? 痛いところはないか?」
火の周りに座っているクレイグが声を掛けてくれる。
「うん。大丈夫。竜はやっつけたの?」
「ああ。ゼーローゼの水の守りがあったから、あのあと、竜に立ち向かうことができた」
枝を、ばきっと折って火にくべながらバイロンがこぼす。
「俺としたことが、繰り出す魔法を間違ってしまった。森の中にも土はあるんだから、木の壁ではなくて土の壁を作るべきだったんだ。悪かった、ゼー」
「それでも木の防壁があったからゼーローゼさんは無事だったのです。もちろん自ら守られたその魔法の効果が絶大だったからではありますけれど」
アランはぐったりとして座り込んでいる。いつも背筋をしゃんと伸ばしているのに、こんなにくたびれているアランを見るのは珍しい。よっぽど火焔竜が手強かったのだろう。
「ゼー! 目を覚ましたのか!」
ダニエルが走ってきてわたしのことを抱きしめる。
「ごめん。ごめん。召喚士が自分の招いた精霊を守れないなんて最低のことだ。大丈夫? 痛いところはない?」
今にも泣きそうになりながら、わたしのことを離さない。うーん、ちょっと苦しいよ。
「ダニエルの服が濡れちゃうよ。わたしは大丈夫。痛いところもないよ」
ダニエルは体を離し、わたしの体の様子を確かめた後、目を見て話し出す。
「アランが一晩中、癒しの祈りを捧げていてくれたんだ。きっとそれで癒されたんだろう」
「ダニエル、あなたも癒しの詩をずっと
ダニエルは首を振る。
「そんなの当たり前のことだ。ゼーが消えてしまったら何にもならない」
わたし、本当に痛いところはない。火焔竜のブレスを受けた後、気絶してしまったのか。もともと火傷をするってことはないんだけれど、肌の潤いがなくなっているところもない。髪の毛がちょっとチリチリになっているけれど、生え替わっちゃうから問題なし。うん、平気だよ。
「ダニエルは一晩中、あなたの手を握って詩を紡いでいたのですよ」
ふうん、それで手のひらがあったかいんだ。わたしはダニエルの手を握り返してあげる。
「ダニエル、ありがとう。わたしは全然、平気だよ」
そしてアランの方を向いて話す。
「アランもありがとう。わたし癒されて元気いっぱいだよ」
クレイグが立ち上がって言う。
「ゼーローゼが無事でよかった。少し仮眠の時間を持とう。アランとダニエルは休んでくれ。ゼーローゼももう少し休んでいた方がいい。バイロンは番をしていてくれ。その間に私は火焔竜の解体を進める。アランが起きたら解呪をしてもらおう」
わたしはもう本当に平気だったのだけれど、アランとダニエルに休んでもらいたかったから、わたしも横になった。ダニエルは横になると、こてんと寝てしまった。わたしのために一生懸命祈りの詩を歌ってくれていたんだなあと思う。ダニエルの髪を撫ぜる。ほどなくわたしも眠りに就いた。
目を覚ましたのはお昼過ぎ。アランはすでに起きていて、竜の解呪を済ませていた。わたし、あの竜がどんな姿だったか、見たい気持ちはあったけれど、でもそう考えると体が震えてくる。だからさっさと体を無くしてくれていてよかった、と思う。
隊は全員、立って円陣を組む。
「みんなもう大丈夫か。これから森の探索の続きを行う。無理をすることはない。不調があるなら今のうちに言ってくれ」
みんなが口々に大丈夫と答える。わたしも
「平気だよ」
と答える。
そうか、とクレイグは言って続ける。
「それでは、森の探索を進めよう。今度はおそらく迷うようなことは起きないと思う。もし、トレントが我々を竜の元へと導いたのなら、トレント自身の所へ導くこともあるだろう。それを期待している。とはいえ、この成功に味を占めて、より脅威となる所に運ばれるかもしれない。だから心して進んでゆこう。それでは出発だ」
「ゼー、どうしたの? 僕の背中に乗らないのかい?」
不思議そうな顔をしてダニエルがわたしに尋ねる。
「うん。わたし、もう自分の足で歩くことにする」
「というか飛んでいるのな」
「うん。ちゃんと、わたしもおんぶにだっこじゃなくて旅の仲間になりたいの」
ダニエルは心配そうな顔つきでわたしのことを見つめている。
クレイグが振り向いてわたしに声を掛けてくれる。
「そうか。ゼーローゼは、まだ我々についてきてくれるのか。怖くはないか?」
「うん、こわい。こわかった。でも、あれは自分のせいだよ。わたし、もうあんなことはしないから、連れてってちょうだい」
「承知した。こちらからもあらためてお願いをする。そして一緒にお姉さんを見つけ出そう」
わたしたちは、森の道が示すままに進んだ。ブレイクの地図の足跡を見ると、真っ直ぐに森の最深部に向かっているのが分かる。
鳥が歌い、りすが木を駆け登ってゆく。ドライアドたちは木の影に体を隠しながら、こちらの方を覗き込んでいる。
森の道はぐんぐん開けてくる。そしてわたしたちはある所に導かれる。
巨大な樹木がそこに立っていた。冒険者4人にわたしを足してもその幹の周りを囲むことができないほどの大きさの。
その巨大な樹木のうろがわたしたちに向かって開かれる。
「これは招かれている、ということでいいんだろうな」
ダニエルが頷いて言う。
「この樹木は、明らかにトレントだ。それは間違いがない。そして敵意のようなものは感じない。このまま進んでいいと思う」
「ゼーローゼ。木の精霊の姿は見えるか?」
「ううん、見えない。でもきっと木の中の奥の方にいると思うよ」
「そうか。ではこの中に入っていこう。でも決して油断はするな。各自、呪文の用意もしておいてくれ」
わたしたちは巨大な樹木の中に足を踏み入れる。
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