第2話 旅の目的

「わたしのお姉さんを捜し出して欲しいの」


 わたしは、四人の冒険者に向かって話をする。

「お姉さんはラヴェンデルという名前で、とっても優しい人だったのだけれど、ちょっと前に人間の騎士さんについていってしまったの。便りも全然届かないから、どうしているのかとても気になって。

 でね、その騎士っていう人の名前が、ヴィルヘルム・フォン・ヒルデブラントというのだけれど、知ってる?」


 四人の冒険者はそれぞれに顔を見合わせる。みんな首を振っている。

 それから戦士の人がわたしに向かって口を開いた。

「水の乙女よ。私も騎士なのだが、今は旅の途中の者で、この辺りの諸侯のことはよく知らないのだ。きっと名のある方だと思うのだが」


 わたしが戦士だと思っていた人は、騎士だった。確かによく見ると出立ちにとても気品がある。騎士といえば馬に乗っているイメージがあったから分からなかった。


「そうなんだ。でも旅の途中だったら、もしかしたらどこかで出会えるかもしれないからついていってもいいよね」


 騎士の人は召喚士の方を向いている。その横からローブ姿の男の人が割り込んできた。

「なあ、水の乙女。旅をしてるってことは、俺たちにも目的があるわけだ。あんた、『ジェセの根』というものを知らないかい?」

 魔法使いの人がわたしに尋ねる。

「ごめんなさい。それはわたし、聞いたことがない」

 魔法使いの人は、手をあげ、ありがとうと言った。


「冒険者パーティーが精霊を連れて歩くというのはあまり聞いたことがない。なあダニエル、そういうことは可能なのか?」

 騎士の人が召喚士のことをダニエルと呼んだ。

「ないこともない。風のジンをランプの中に閉じ込めて連れ歩いている人がいることは知っている」

 騎士にそう答えたあとで、わたしに向かって話しかけてくる。

「ねえ、水の乙女、なんの道具とかも用意することなく僕らについてくることはできるのかい?」

 ダニエルがわたしに問いかける。

「わたしの名前はゼーローゼというの。水の精霊だから皮袋とかの中に水が入っていれば一緒にゆくことができるよ」


 召喚士の彼は騎士に向かうとこう言った。

「僕としては問題ない。むしろ召喚儀式を用いないで精霊がいるということは利点になると思う」

 そしてダニエルはわたしに向かって問いかける。

「さっきみたいな戦いの時は手助けしてくれるんだろう?」

「もちろん! じゃあ決まりね」


 わたしはダニエルの肩に腰かける。それを見て騎士の人がわたしの前に出てくる。

「このパーティーのリーダーはこの私だ。私が決断する。

 ゼーローゼ嬢。先ほどバイロンが言ったように我々にも目的がある。だから、最優先は『ジェセの根』を探すことだ。そのついで、という言い方は失礼にあたるかもしれないが、それでよければ、同行を許そうと思う」

「うん。それでいいわ。ラヴェンデルは、きっとすぐに見つかるよ。それじゃあ、仲間になったのだから自己紹介をしてちょうだい」


 さっと身をかがめて立ち膝になり、騎士が頭を下げてわたしに挨拶をする。

「私はクレイグ・ミルトン。テオピロ公配下の騎士。公より賜った『ジェセの根』探索の旅のため、グランド公国を出立した。はるばる海を渡って、今はこのロイセン王国を探索している。『ジェセの根』を持ち帰るまで故国には帰らないつもりだ」

 騎士クレイグ・ミルトンは金髪・碧眼の好美男子。背も高いから、わたしたちの仲間の間でも人気ありそう。


「騎士さまってかっこいいね。クレイグって呼んでいいよね。お姉ちゃんもそのかっこよさに惹かれたのかな。ところでさっきから言ってる『ジェセの根』って何のことなの?」


 騎士クレイグが体を起こしてそれに答える。

「その根を手中にしたならば、永遠の命を得るというものだ。それだけにとどまらず、神の栄光をも受けると言われている。それは何かの植物の根のことだろうと言われているが、全く違うものかもしれない」

「ふうん、そうなんだ。やっぱりわたし知らないや。永遠の命かあ。あんまりわたしたちには必要ないものかもね」


「そりゃそうかもしれないな。精霊っていうのはなかなかいい身分だよ」

 ローブを纏った人が会話に割って入ってくる。

「俺は魔法使いバイロン・ブレイク。俺はあんまり永遠の命には興味がない。むしろ魔法を極めることを目的にしている。この旅はそのよい修行になりそうだと思ってクレイグについてきた。とはいえ、それぞれの向いている場所は、究極的には同じところのような気もするが……。まあ、これでも宮廷魔術師ではあるからサー・クレイグ・ミルトンに引けを取らない階級だ。ま、それもあんたには関係のない話だけれどな」

 魔法使いのバイロンは黒い長髪で瞳はグレー。フード付きの黒いローブに身を包んでいる。いでたちや声は渋いけれど、結構若いんじゃないかな?

「わたしはゼーローゼっていうの。仲間からはゼー、とかゼゼちゃんとか呼ばれていたんだけれど、バイロンはわたしのことをなんて呼んでくれる?」

「ゼー」

「サンキュー!」


 バイロンに手を振るわたしに向かって僧侶が声をかけてくる。

「ゼーローゼ様。私は僧侶のアラン・キーツです。アランと呼んでください。しがない一介の僧侶です。これからどうぞよろしくお願いいたします」

「司教の座を蹴ってクレイグについてくる酔狂なやつだ」

 横槍を入れたバイロンに対してアランは、いや、たまたま司教の座が空いていただけで、私には縁のないことです、と答えている。アランは短い金髪。神職者が纏う柔らかい空気を持っている。僧侶の装束に身を包み、茶色い瞳は優しく笑っている。

「アラン、よろしく。わたしのことは呼び捨てで構わないからね。僧侶の祈りのことをまた詳しく聞かせてね」


「じゃあ、最後は僕だ」

 わたしはダニエルの肩を離れて、その正面に浮かぶ。

「僕はダニエル・バニヤン。ダニエルと呼んでくれていい。彼らみたいに要職にはついていない、ただの召喚士だ。召喚士自体が珍しい職業だから、このパーティーに呼ばれたってところ。君みたいな精霊を適切に呼ぶことができたらいいと思っている。なるべく既存の召喚の詩に頼らずにオリジナルの詩を紡ごうと思っている」

「ダニエルの詩、素敵だった。わたしのことを呼んでくれたし」

「ゼーのこと、呼んだっけ?」

 ダニエルは不思議そうな表情をする。

「うん。わたしの名前、この地方では睡蓮のことなんだよ。睡蓮て言葉が出てきたから、これはわたしのことだぞ、と思って張り切ってこの世界にやってきたんだ」

「そうか、召喚詩は僧侶の祈りと同じラヤパナをもとにしているからその土地の言葉とは違ってくるのか。これはいいことを聞いたな。地方それぞれに方言があるから、それをもとにした召喚の詩を編み上げることもできるかもしれない」

 なるほど〜、と腕を組んで頷いているダニエルは、わたしの精霊仲間が言っていた通りイケメン君だと思う。好みかどうかは別としてね。グレーの髪、青い瞳、背も高くクレイグと遜色ない。茶色いマントを羽織って貫頭衣の腰をベルトで締めている。


「ではでは、これからみなさんよろしくね。ところで、みんなはこの湖畔になにをしにやってきたの?」

「もちろん『ジェセの根』の探索だ。街の酒場で聞いたところによるとこの地方の森の中にはトレントが棲みついている所があるという。もしかしたらトレントが『ジェセの根』につながるのではないかと思ったのだ」


 なるほど、トレントか。トレントは樹木を司る上位精霊。わたしの住んでいる湖の周りには森が広がっているからトレントが森の主みたいにして存在しているかもしれない。

「そのこともごめんだけど、わたしは全然知らない。ドライアドたちに聞いてみようか?」

 わたしがみんなに尋ねると、

「それは助かる」

 と、すぐにクレイグが答えてくれる。


 わたしは勇んで森の中へと入っていったのだけれど、すぐにここじゃないんだ、ということに気がついた。パーティーの元に戻る。

「クレイグ、ごめん。この森ってちょっと前にできたばかりの森だった。立っている木がみんな真っ直ぐ等間隔に並んでいるでしょ。これ全部人間が家を作るために植えた木々なんだ。そういう森や樹木にドライアドが棲みつくことはないからね。きっとトレントもいないと思うんだ」


「なるほど、そうか。自然に見えるけれど、これは人工の森なんだな。了解した。ゼーローゼがいるととても助かるな。無駄骨を折ることがなくて済んだ。情報を整理するために一旦、街へ戻ることにしよう」

 へへへ。早速役に立っちゃった。わたし、結構できる子かもしれないね。わたしはダニエルの肩に乗って、とても得意な気分になっていた。

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