第3話 謁見
どうやらわたしの住んでいた湖は人の間ではマンメル湖と呼ばれているらしい。わたしたちはパレ湖と呼んでいた。ロイセン王国のフリードリヒ王が統治する王都の東側にあたるということをクレイグが教えてくれた。
わたしたちは今、その王都の城下街を歩いている。近くにお城があることは知っていたけれど、こんなに間近にまでやって来たのは初めてだ。城下街に遊びに来ることはあったけれど、ずいぶん騒々しいなと思っただけだ。今もそう思っている。
わたしたち冒険者一行はドラゴンパピーを倒したことを衛兵の詰所に報告しに行った。わたしが火焔竜だと思っていたものは、ドラゴン種でもドレイクと呼ばれる下位種族で、しかも子どもだということだった。
それでも人にとって脅威に当たる存在だから討伐すれば、それなりの褒賞を得られるらしい。だけれど、騎士クレイグは褒賞を受け取る代わりにフリードリヒ王との謁見を求めた。
彼がグランド公国の騎士であることが証明されると(その証文と首飾りを持っている)その謁見はすぐに了承された。夕暮れに近い時間にも関わらず、わたしたち一行は謁見の間へ通されることになった。
フリードリヒ王は老年の男性で、玉座に肘をついて腰掛けていた。
冒険者一行は片膝をついてかしこまっている。わたしはふわふわと浮いていた。
「楽にしてよい。こたびの火焔竜の討伐、誠に大儀であった。その褒美がわしとの直談判か。なにか特別に欲しい褒美でもあるのか」
王様はとっても偉そうにそう言った。
「フリードリヒ王、ご機嫌麗しく。
この度の拝謁、ありがたき幸せ。わたくしはグランド公国テオピロ公より勅命を受けて『ジェセの根』を探している騎士クレイグ・ミルトンでございます」
「『ジェセの根』、知っておる。知っているからといって簡単に話すようなことでもないことも分かっておろう。しかし、汝らが情報を得たならば、もちろんわしにそれを伝えてくれるのであろう?」
「かしこまりました。なにか情報が掴めましたらフリードリヒ王にもお伝えいたします。では、もうひとつ、この国の森にトレントがいるということはお聞き及びではないでしょうか?」
「トレント、トレント。知らんな。なるほど、植物の根か。それは大いにありうることだ。わしもそれを探すとしよう。いいことを聞いた。もうひとつ何か聞いてみてもいいぞ」
王様は髭を撫で付け、にっこりと笑った。この人、笑顔を見せるんだあ。びっくりした。
「ありがたき幸せ。それでは、このような騎士の方はご存知ないでしょうか。ヴィルヘルム・フォン・ヒルデブラント殿でございます」
わお! クレイグ、グッジョブ! わたしは手を叩いて喜ぶ。
王様は顎鬚を撫で回してなにか考えごとをしていた。しばらくして口を開く。
「その者については、調べておくことにしよう。その間に、どうだ、ひとつ頼まれごとをしてくれないか」
「なんなりと」
クレイグはかしこまったまま、そう答える。
「なあに、簡単なお使いじゃ。この城からほど近い山の裾野にアージェント廃坑という統一帝国時代の遺跡がある。その時代には魔力が付与されているアージェント銀が産出されていたということだが、今ではただの廃坑じゃ。まだ残された銀が見つかるかもしれないと、かつてそこを探索しに出かけた者がおるのじゃが、あろうことかこの国の宝剣を持ったままその廃坑で死んでしまった。そのままその廃坑で悪霊となっているらしい。そいつを滅ぼして、その剣をどうにか取り戻していただきたい」
アージェント廃坑という言葉が出た時に、王様の配下の人たちがざわついた。これはすごくいわくのある事柄だよ。大丈夫かな。
「承知いたしました。わたしは騎士ゆえ、
「よろしく頼む」
そう言った後で、王様は思い出したように付け加えた。
「そうだ、もし、その場に首飾りをしている骨があったら、そこから首飾りを外して持ち帰ってきて欲しい」
承知つかまつりました、とクレイグが深々とお辞儀をする。
王様はそれを見て、ふん、と笑った後、わたしの方を見据える。
「それから、なんだ、そのふわふわと浮いているものは」
「フリードリヒ王。この水の乙女が見えますか」
「ふん」
「人ではないものゆえ、その
「わしもこれでも君主職じゃ。まだ耄碌しておらん。ただ面白いものを連れていると思っただけじゃ。責めるつもりはない」
あれ、わたし王様に見つかってなにか咎められてる?
「では、よろしく頼んだぞ」
「御意」
「ねえ、わたし、見られてまずかった?」
なんか心配になっちゃう。
「いや、大丈夫。そういったものは見慣れているだろう」
「わたし、それなりの霊力のある人でないと見えないと思ってた」
ダニエルが苦笑いしながら答えてくれる。
「まあ、そうだね。見えているのは二割くらいの人たちかな。あの王は年老いてはいるけれど、職業で言えば君主だ。騎士よりも遥かに強大な祈りを行うことができる。そしてもちろん王の配下の人たちにだって君のことは見えている。あの場所に入れるということは、そういう審査をくぐり抜けているということだから気にしなくていい。
それよりも依頼の方が気になるな。依頼の内容というか、あの家臣たちの取り乱した感じ、何だろう」
「ここは城下街の酒場で聞くのが一番いいだろう」
バイロンがくい、と
うわっ、すっごく空気悪い。なにこれ。
酒場と呼ばれる場所に入ると、もうもうとした煙りが部屋の中を満たしている。
「ゼーは外で待ってるかい? 酒場の空気は君に合わないだろう」
わたしは涙目になって頷く。
「ダニエルはゆくの?」
「まあね」
「バイロンは行きそうだけど、クレイグとアランも入るんだ」
「ゼーの目に俺はどんな風に映っているんだよ」
バイロンが苦虫をつぶしたような顔をする。
「まあ、我々もここで食事をしますし」
アランは、フォローするように、まあまあ、と言っている。
「ふうん。じゃあ、ちょっとわたしは街の中を探検してくる。ダニエル、わたしを少しの間自由にさせる詩を歌ってちょうだい」
「オーケー。こういうの初めてだからうまくいくか分からないけれど、やってみるよ。
『水の乙女よ
いっとき、その身を自由にせよ
己が水の力で浮遊し楽しめ』
」
「サンキュー、ダニエル」
わたしは皮袋の水から解放されて、束の間、自由に街中を行き交う。
色んな人がいるんだなあ。わたし、ほとんど街に出たことがないから、ただの田舎者だ。夜なのに街中は炎に照らされて煌々と明るい。月夜の晩でもこんなには明るくないだろう。そりゃ色んな人が出歩いているよね。
あれ、こんな夜更けに子どもがいるよ。茶色い地味なローブを着ている。目立たないから迷子になっちゃたのかな。
「ねえ、君、道に迷ったの」
わたしはふわふわと地べたに降り、子どもに問いかける。
その子と目が合った。
「お姉ちゃん。僕が分かるの? だったら一緒に来て助けて欲しいんだ」
そう言ってその子はわたしの手を引いてゆこうとする。そしてその手を繋いだ瞬間に分かった。この子は木の精だ。気配が人のものとは違うなあ、と思ったけれど、でも植物の感じでもないんだよな。なんか変なの。
「ごめん。わたし、今はあんまり遠くに行けないんだ」
「ちぇ、じゃあいいや。僕の足もここまでしか伸ばせないんだ。急いでいるし、また誰かを探してみるよ。じゃあね」
そう言うとその子はわたしの手の届く範囲から離れて消えてしまった。
そのあともふらふらと街の様子を見ていたのだけれど、なんとなく別れたあの子が気がかりで落ち着いていることができなかった。でも、そうこうするうちに体が引っ張られるのを感じた。ダニエルが呼んでいるんだね。
「それで、なにか分かったの?」
呼び戻されたわたしの体は宿屋にあった。その部屋にいるのはダニエルとバイロン。クレイグとアランは別の部屋にいるんだろう。
「うん。ちょっと面倒というか厄介なことだった」
ダニエルは、苦笑いをしてそう言った。
「ゼーローゼ、死霊って知っているか?」
そう尋ねるバイロンに、うん、とわたしは頷いた。
「人間がわたしたちの仲間になった時の名前でしょ」
「まあ、そうだ。でも精霊界に属することができるわけでもなく、この世を彷徨う。そして稀に強い力を持つ者がいて、それを特別にレイスと呼んでいる」
レイスかあ、聞いたことあるな。精霊も戦いによって滅びることはあるのだけれど、魂はないから消えて無に帰るだけだ。でも人間は違う。人間には魂があるから、無に帰ることができない。死んだあとのことまで考えなくてはならないなんて、なんて面倒な生き物なんだろうね。
それで、生きている間の怨念によって、一部の人は天国や地獄に行くことができなくて地上をさまようのだという。わたしも人間のことは詳しく分からないから、そういう感情は理解できないんだけれど、わたしの湖にもそういう人、出るんだよね。レイスみたいに強力ではないけれど、湖に身を投げる人は後を絶たない。それで、その人たちの多くはゴーストになる。いつも悲しそうにしていて、そしていつの間にかその気配を無くしてしまう。あれはどこへいったというのだろう。
「それで、王の依頼というのは、つまりそのレイスを倒して欲しいということなんだ」
「ダニエルたちなら楽勝じゃない? だってドラゴンさえ倒せるくらいなんだから」
「まあ、なんとかなるとは思うよ。でも、どうやらそのレイスになったのが、王の弟みたいなんだよね。だから、うまく解呪して、まだ
ダニエルが難しい顔をしているけれど、どうしてだろう?
「もう死んじゃってるなら、倒すだけでいいんじゃない?」
なにかそれ以外に必要なことってある?
「まあ、そうはいかないのが人間の感情というものの複雑な所なんだよ。レイスはおそらく襲ってくるだろうから倒すことはできると思う。でも遺体を探すとなるとその廃坑全体を捜索しなくちゃならない」
「ふうん。人間て骨の区別がつくんだね」
「いや、もちろん骨の区別なんてつかない。ただ、その首には王家の首飾りが下がっているそうだ。だからそれを見つけなくてはならない」
「王様はそのことを、ついでに、みたいな感じで言っていなかったけ?」
「そのついで、ってやつが本当の依頼なのさ」
脇からバイロンが答えてくれる。ダニエルは頷いて
「そう言うとこまで見抜かないと冒険者稼業はやっていけないんだ。もちろん剣を届ければ褒められはするだろう」
とバイロンの方を向きながら答える。
「剣と首飾りはここにある。ところで骨は焼いてきてくれたか? と問われることになる」
バイロンが長い髪の毛をくるくると指に絡めながら言う。
「どうしてみんなはそんなことまで分かるの?」
本当に疑問だ。
「僕らはそれだけ色んな依頼を受けてきた冒険者ということだよ」
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