うたたねウンディーネ
石川葉
第1幕 うたたねウンディーネ
第1話 召喚!
まどろみの向こうで仲間のはしゃぐ声が聞こえる。
なにかあったの?
せっかくのお昼寝の時間を邪魔しないでほしいな。
あー、もうこんなにうるさくちゃ、もう眠っていられないよ。
「ゼー、起きて起きて!」
「私たち呼ばれるよ!」
「ほら、もうすぐ詩が
まもなく男性の声で詩の詠唱がわたしたちの住む世界にまで流れてくる。
「『水の乙女よ
麗しきその姿、我の前に現し給え
その清浄なる様、睡蓮のごとく、目にも心にも慕わしい
汝、清き心を持つゆえに、その力、強大なり
ゆえに、悪しき炎より身を守る防壁をつくり給え』」
「やー、マジ、イケメンじゃん! 声まで美形! 私が行こうかな!」
「あ、ずるーい! 私がゆくよ。私の方が水の障壁作るの上手だからね」
「待って! 敵をよく見てよ! 私たちが相手するのは
「火焔竜か……。私は無理。遠慮しとく」
「私も〜。髪の毛チリチリになったら嫌だもん」
「じゃあ、わたしがゆく」
仲間がいっせいにわたしの方を向く。
「ゼー、相手、火焔竜だよ。怖くないの?」
「うーん、ちょっと怖いけど、でもゆく」
わたしはきっぱりと答える。
「そんなにあのイケメンが好みだった? 召喚詩は結構、普通だったと思うけれど」
仲間があごに指を当てて考えるそぶりをする。
「でもオリジナルの詩だったよね。テンプレのものではないみたい」
あ、そうそれ、とみんな頷いている。そんな中で、わたしは
「うん。その詩の中でわたしを呼んでいたから、ゆくね」
そう答えて、わたしは物質界の扉、それは透明な波紋だ、に手のひらをつける。わたしはまだ繰り返されている詩の言葉に引かれてその扉をくぐり抜ける。
「ゼーのこと呼んでた?」
「なんか秘密の暗号とか?」
「わかんないけど、とにかくいってらっしゃい!」
「ゼー、気をつけて。危なかったらすぐに帰ってきなさいね」
「がんばれ!」
仲間の声に押されて、わたしはぐい、と体を物質界にさらす。その姿を認めて、わたしを呼んだ召喚士は軽く頭を下げる。
「水の乙女よ……。
我が招きに応じてくれたことを感謝する。
人間はせっかちだなあ。もう少しその声を聴かせておくれ。
「うーん、いいけど、人間さん。もう少しわたしのことを褒めてちょうだい」
召喚士は一瞬、戸惑う素振りを見せたけれど、すぐにわたしの目を見て答える。
「承知。
水の乙女よ。
どこまでも
私の目を喜ばせ、それを開かせる」
「わー! すごい。そういうの嬉しいな。でも容姿だけじゃなくて、わたしの存在を褒めてくれない?」
召喚士はひどく困った顔をする。
「まだ、君のことをよく知らないから……。でも、そうだな。
乙女よ。呼びかけに応じ
我は感謝す。
招きへの応答、その心を嬉しく思う」
「すごいすごい! そういうのって大事だよね。わたしはとっても嬉しいよ。だから頑張っちゃう。火焔竜の炎くらいへっちゃらになっちゃうよ。
『水は大滝になれ』」
わたしは口から言葉を紡ぐ。
そうすると手のひらから大量の水が溢れ出てくる。それは、わたしの思い描いた通りの形になる、大陸中央にあるという
わたしを呼んだ人を含めて四人の冒険者の体を特別な水の防壁で守る。
その瞬間、火焔竜のブレスがわたしたちを襲う。けれどもわたしの作った水の防壁がその炎を1ミリも通さない。でも間一髪だったかな。ちょっと悠長したなあ。あぶない、あぶない。でも、とにかく間に合ったんだからいいよね。
水の守りを付与された冒険者のひとりが剣を両手に持ち、火焔竜に切りかかる。
「『
味方の魔法使いが戦士の剣に魔力を付与する。確か、魔力のこもった武器でないと竜には効かないのだっけ。
戦士の
「『
魔法使いが何本もの氷の槍を火焔竜に向かって撃ち込む。けれども硬い表皮に阻まれてあんまりダメージはないみたいだ。
「『主よ
聖なる炎で騎士の剣を覆い給え
目の前の悪を撃たん』」
今度は冒険者の僧侶が戦士の剣に祈りを付与する。火焔竜に対して炎の付与は意味があるのかなあ。でも、見ていると気圧されていた火焔竜は完全に無抵抗になり、戦士はその隙をついて剣を一閃し、首を切り落とした。
すごいじゃん。火焔竜をこんなにたやすく倒してしまうなんて、どれだけ実力のあるパーティーなんだろう。
「わあ! すごお〜い!」
わたしは思わず拍手をしていた。
「麗しき水の乙女よ
素晴らしい加護をありがとう
またいずれのときか
今は、汝が
わたしを召喚した召喚士がねぎらいの言葉をかけてくれる。
「うん。どういたしまして。でも、まだわたし帰らない」
目を見開いて召喚士がわたしのことを凝視する。
「お願いを聞いてあげたから、わたしの願いも聞いてほしいな」
きっと予想してなかったんだな。召喚士、すごく挙動不審になってる。
わたしたちのやり取りの向こうで、他の三人は火焔竜の解体作業を行いはじめる。わたしはふわふわと宙に浮かびながら、そちらの様子を見学する。
戦士が剣を鞘に納めながら言う。
「これはドラゴンパピーだな。羽がまだ成熟したドラゴンのそれではない」
「どちらかというとドレイク種の幼生だろう。やつらの羽はそれほど大きくない」
魔法使いがそう答える。
「どこか使えそうな部位はありますか? なければ
僧侶が切り落とされた竜の頭に手を触れている。
「歯と角は小ぶりなので持ち帰ることができそうだ。装飾品の素材として売れるかもしれない」
「ねえ、解呪ってなあに?」
わたしの声に驚いて僧侶が振り向く。
「これはこれは、水の乙女さん。まだこちらの世界にいらしたのですか。
そうですね。解呪というのは、魔力で動いているものをこの世ならざるところへ送り返すことです。竜は悪霊の宿った獣ですから、このまま放っておくと他の悪霊たちが入り込んでまたこの体を使おうとします。そうするとその状態は前より酷くなって、いわゆるドラゴンゾンビというものになってしまいます。痛みを知らない分、より強くなり、たちが悪い。それでそうなってしまう前に、この魔力を雲散霧消させるのが解呪という方法です」
「でも角とか歯は消えないの?」
「あらかじめ切り離しておけば消えることはないのです。物質界に触れたという何らかの反応なのでしょうけれど、その実態はまだ解明されていません。けれどその代わり、付与されていた魔力も無くなってしまいますけれどね」
戦士の人が角と歯を綺麗にくり抜いている。その間に、僧侶の人が分厚い本を取り出してページをめくっている。
戦士の人の作業が終わった後、僧侶の人は本に書かれている詩を朗読する。
「『主の御名において命じる
落ちし霊よ、疾く帰れ
その体、今解き放たん』」
火焔竜の体は黒い炎に包まれてあっという間に燃えてしまう。しかもあとには消し炭一つ残っていなかった。
「肉を持たないというのは、実に清々しいことだな」
魔法使いの人がそうつぶやいた。
竜の解呪を見ていたわたしに声がかけられる。
「水の乙女よ」
召喚士だ。なあに?
「願いって何のこと? そういう契約を結んだのだっけ?」
わたしは首を振る。
「ううん。これはわたしの勝手なお願い。でも聞いて欲しいな」
四人の冒険者が宙に浮かんでいるわたしの方を見つめる。
わたしは彼らに向かって話す。
「わたしのお姉さんを捜し出して欲しいの」
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