最終章 史上最悪の厄介な景品

 副館長は持っている書類の束に目を通しながら片手で眼鏡をクイッと上げて話し出した。


「『PQ-Z1型』は、オーナーはお客様で間違いございませんが所有権につきましては、文部科学省/研究開発局ロボット工学課に帰属致します。よって、お客様はオーナーとなられましても、書類上では『利用者』という位置づけで認可されておられます事をご了承ください。また、ご利用者には土地や車と同様に、この場合ですと償却資産運用税が課せられます」

「はい? それってまさか税金?」

「おっしゃる通りです。また他にも、1年に1度の定期メンテナンス費用、および稼働チェックにかかる検査諸費用もオーナーがご負担しなければなりません。この件に関しましては当社ホームページの約款ページ内『等身大アンドロイドにおける利用規約』に明記して公開させて頂いております」


 驚いた。そんな話は初耳だ。そんな利用規約の隅々まで目を通すやつなんているのか?


「あ、あの……それってどのぐらい……あの、かかるんですか?」

「金額でございますか?」

「は、はい……」

「えー、先ほどお渡ししたマニュアルにも書かれていると思いますが……えーっと」


 副館長は持っていた書類の束をパラパラとめくった。


「はい、えー……償却資産運用税は年間で8万6千円。定期メンテナンスは……初年度は20万円程度ですが、次年度からは消耗部品および経年劣化部品の交換、また修理等が発生する場合もございますので、アンドロイドのご利用頻度にもよるでしょうけど、40万円~100万円程度の費用が見込まれます。さらに稼働チェックの検査費用は……」

「ちょ、ちょっと待ってください! 冗談じゃない! そんなお金払えませんよ」


 足がガクガクと震え出した。全身に嫌な汗が噴き出してくるのがわかる。俺はただ単純に、等身大の可愛いフィギュアを部屋に飾りたかっただけだ。それが国が作ったアンドロイドってだけでも驚くのに、そんなに費用がかかるなんて考えもしなかった、いや、考えるやつなんているわけないだろ。


「返します! もういいです! あきらめますから……」


 うろたえて必死に叫ぶ俺を、副館長が鋭い目つきで上目遣いに睨みつけた。結構な美人だっただけに、その冷たい表情が一層恐怖感を醸し出す。


「せっかくゲットされた景品をおあきらめなさるのですか? これは非売品でございますが……もし買われるとなると3千600万円はするんですよ」


 げ! そんな高価な物をクレーンゲームの景品にしてるのかよ!

 あ! だったら売ればいいんだ! そうか、売れば逆に大儲けだ!


「だったら売ります! どこか買い取ってくれるところはあるんですか?」


 するとまた副館長は険しい顔で書類をパラパラとめくり出した。


「あ、えっと……このアンドロイドは国の所有物ですから、その管理権限及び保守義務は文部科学省/研究開発局ロボット工学課にあります。なので利用者による転売は禁止されております……ですが、オーナーがご利用される権利を国が買い取る事はできるようです。ですけど、その場合でも、お客様は既にご利用者の契約を結んでいらっしゃいますので、初年度の償却資産運用税8万6千円、および取得代行手数料として本体価格の3%、えっと108万円、ですから合計116万6千円を2週間以内にお支払い戴かねばなりません」


 詐欺だ! 国とグルになって俺みたいな貧乏人から金を巻き上げるというのか! これは合法的に公然と行われている詐欺行為だ!!!

 あ……でも、本体が3千600万円もするこいつの『使用権利』を国に売れば? おそらく必要な金を支払っても十分残るんじゃないか? 土地の借地権利だって6割とかきいたことがあるし、もし仮に半額だったとしても買い取ってもらえれば1千800万円も手に入るじゃないか!

 絶望の闇の中を彷徨っている時に一条の光りが差し込んで来た! 一気に目の前が開けて来た思いだ。


「わかりました。では今言われた金額は払います。だからシーナの権利を買い取ってください」


 俺は気を取り直して冷静に物静かな口調でそう告げた。半額で1800万円、いや、未開封ではないけれど未使用となれば、もっと値がつり上がるかもしれない。その金で税金と手数料を支払っても大金が手元に残るのは間違いないだろう。ゲームに5万円をつぎ込んだだけでそんな大金を手にできるなんて夢のようだ。

 だけど……まさか買い取り金は2週間以内に貰えるんだろうな? そうじゃなければ116万6千円を立て替えて払うなんて出来っこない。


「そうですか。このような高価な景品を手に入れられたのに……残念でしたね」


 ちっとも残念であるわけがない。こんなに金をむしりとる景品なんて冗談じゃない。シーナを手に入れる事は出来なかったけど……売った金が手に入ったら、その金で今まで我慢して買えなかったプレミア付きの高額フィギュアを片っ端から手に入れてやるぞ。


「それでは、国が定める公的価格の算定基準を基に、アンドロイド『PQ-Z1型』の使用権の買い取り価格を計算させて戴きます……えーっと……」


 俺は期待に胸が高鳴りわくわくした。シーナを取れなかったのは確かに残念だが、今日ここで5万円の金を元手に、いったいいくら儲けたことになるのだろう。


「買い取り価格は3万7200円、消費税込み……でございますが……よろしいですか?」


 え……今なんて言った? 聞き間違いか?


「あ、あの、すみません、もう一度……いくらですって?」


 顔面蒼白になって今にも倒れそうにフラフラとよろけた俺を、副館長はあざ笑うように目を細め、冷淡に事務的に説明する。


「消費税込みで3万7200円でございます。アンドロイドの鑑定評価において、国と民間企業のバックボーン無しには維持および保守が不可能という理由でそのように評価されております。お客様はご利用者権限をお持ちでいらっしゃいます。ですからアンドロイドを愛玩用としてご自由にご利用出来るわけですが、先ほど申し上げました通り、あくまでも所有権は国に帰属されます。例えば、現実的には不可能ですが、もしお客様がご利用者ではなくご所有者になられると仮定した場合、『PQ-Z1型』には、国外はもとより企業間においてもトップシークレットに該当するテクノロジーが内包されていますから、それらを全て取り外してのご提供になるかと……そういったテクノロジー開発費用も金額に反映した上で、全てを差し引いて試算されています。よってこの買い取り価格は妥当な金額だと、そのようにご理解頂きたく存じ上げます」


 ……詐欺だ……規約を逆手に取って難しい言い回しで俺を言いくるめる手口……やっぱりこれは公然と行われている手のこんだ詐欺に違いない。俺は言われのない金をむしりとられる運命なのか……嫌だ……そんな金持っているわけがない……俺が契約したって?……契約不履行で犯罪者にでもするつもりか……そんなの嫌だ……冗談じゃない……絶対に嫌だ……嫌だ……嫌だ……、


「嫌だぁぁぁぁぁ!」


 俺は狂った様に大声をあげ、目の前に立ち並ぶスタッフ達を押しのけて走り出した。


「あ! 涼木様、お待ちください! 涼木様ぁぁぁ……みんなそいつを捕まえろ! 逃がすな! 追えぇぇぇっ!」


 館長の怒号とともにスタッフ全員が追いかけてきた。エレベーターなんて待っている余裕は無い。どこかに階段がないのか? 階段はどこにあるんだ。メインロビーで行くあてもなく呆然と立ちすくんでいた俺にスタッフ達が次々と飛びかかった。


「待て~このやろ~テメー契約書にサインしたろ!」

「そうよ、そのまま逃げたら泥棒よ! ちゃんとお金払いなさいよ」

「このペテン師野郎! 観念して金払え」

「踏み倒そうなんて? とんでもねぇガキだ!」


 スタッフの態度は一変した。俺は犯罪者? 詐欺師は俺の方だと? 俺は泣きながら必死にもがいて抵抗したが、数十人の腕が伸びて全身もみくちゃにされフロアの床に押さえつけられた。


「やめろ~放せ! 放してくれ~俺は騙されたんだ! もう嫌だ! 勘弁してくれ~~」

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