第三章 R-18指定のフィギュア
歓喜に沸くスタッフの群れの中から、いかつい顔をした背の高い初老の男が現れた。スタッフは慌てて左右に分かれて道を開け、男はゆくっり歩いて俺の目の前まで来るとニッコリ笑ってうやうやしく挨拶をした。
「お客様、この度はおめでとうございます。超高性能アンドロイド『スペース・ビューティ・シーナ』をゲット戴き誠にありがとうございます」
「え?」
誰だこの人? 今アンドロイドって言ったよな? これってフィギュアじゃないの?
「申し遅れました。私は『東京メトロポリス・ライブパーク』の館長、黛(まゆずみ)と申します。早速ですが該当景品の引き渡し手続きを始めたいと思います」
「え? 引き渡しの手続き?」
「さようでございます。このアンドロイド『PQ-Z1型』は、文部科学省と民間企業『ソミー』の技術提携によって開発された愛玩用アンドロイドで、利用者は文部科学省/研究開発局ロボット工学課に正式なオーナーとして登録されます。あーちょっと君?」
「はい」
館長に呼ばれて、背後から書類の束を持った女性スタッフが現れた。例のコスプレの制服姿、童顔で背が低くぽっちゃりした幼児体型? ショートヘアーで小顔のせいか、かけているメガネが異様に大きく見えた。
「この度はおめでとうございます。えーっと、口頭で結構ですので必要事項をお伝え下さい。今日は何か身分を証明できるものをお持ちでしょうか?」
俺は運転免許証を出した。
「ありがとうございます。ではお電話番号からお願いします」
家の電話と携帯番号を聞かれ、住所と名前と生年月日は免許証から写し取っていたようだ。
「それではこちらにサインをお願い致します」
「え? サイン? ですか?」
差し出された契約書らしきものにサインだって? 俺はこの時、得体の知れない胸騒ぎがして少しためらった。すると俺の心情が見透かされたのか? 彼女はニッコリ笑って話し出した。
「お客さま、えーっと、涼木哲也(すずきてつや)様、あのですね、先ほど館長から説明がありました通り、文部科学省/研究開発局ロボット工学課にシーナちゃんの正式なオーナーとして登録するだけの、まぁ、言ってしまえば書類上の単なる手続きに過ぎませんので、特にご心配されるようなことは何もありません」
言われるがままに、契約書らしきものにフルネームでサインし、親指で母音も押した。
「ありがとうございます。以上で手続きは終わりです。こちらが控え、それとマニュアルです」
女性スタッフから書類を1枚と小冊子を受け取った。館長が笑顔で話し出した。
「いや~このクレーンゲームは大人気でして、先月の繁忙期には長い行列が出来るほどでしてね、ローテーションを早める為に3000円と2000円の投入にはロックをかける程だったんですよ。それで、設置してから3ヶ月になりますが、涼木様が初めてのウイナーです。本当におめでとうございます」
そんなに人気だったのか。それでもゲット出来たやつは一人もいなかったらしい。俺はクレーンゲーマーとしてのプライドを賞賛された気分になってとても嬉しかった。だけど、ただのアクションフィギュアだと思っていたのにアンドロイドだって? しかも国と一流企業のコラボって、どんだけすごいものなのだろう。
「では、えーっと、君? 涼木様にご説明してさしあげて」
「はい! それでは、ざっと説明させていただきます」
館長に促され女性スタッフが話しだした。
「では、シーナちゃんのお取り扱いについて説明させていただきます」
「あ、は、はい……よろしく、お願いします」
ぺこりと頭を下げた彼女につられて俺もお辞儀をした。
「えーっとですね、お取り扱いについてはですね、実は特にこれといったものは御座いません。オーナー様のお好きなように扱っていただいて結構です。ブラもショーツもブーツも全て脱着式で取り外す事ができます。ムフフフッ……」
彼女はニンマリと目を細めて怪しげに笑った。
「それでは簡単に機能説明をいたします」
彼女はシーナのパッケージの横に手を回して、何か蓋を開けたようだ。
「ここにパッケージの開閉スイッチがあります。箱は硬質ダンボールですが、一応このような仕様で開閉が出来る様になっています」
パッケージの前面がドアの様に開いた。
おお! パッケージの透明ビニール越しに見るより、やっぱり直接見る方が素晴らしさを実感できる。色が鮮やかで肌の質感もヒトとそっくり、その美しさは段違いだ。
「このように、手足は勿論ですが、間接部分は全て人間と同じように動かせます」
彼女はシーナの右足を持ち上げて降ろし、左手を引いて左右に振って見せた。そのとき、それまでパッケージの後ろで何か作業をしていたスタッフの男が叫んだ。
「設定終了しました」
「はーい。あ、涼木様、シーナちゃんに涼木様の情報のインプットが済みましたので、何か話しかけてみてくださいね」
「え? 設定?」
「はい。では私の合図で、どうぞ話しかけてみてください。では行きますよ、せ~の~……どうぞ!」
話せって何を? どう話しかければいいんだ? 俺はまた顔を真っ赤にして、とりあえず……、
「え、えっと……シーナ!」
『はい、ご主人様、お呼びですか? シーナです。よろしくお願い致します』
うわ! 答えた。しかも目玉が動いて視線が俺に向いて笑った。
すると今度は女性スタッフがシーナに呼びかけた。
「シーナちゃん! シーナ? もしも~し、シーナァ~……ね! 私がいくら話しかけても無視ですよね。今、涼宮様の第一声をシーナちゃんがオーナー登録しましたので、この設定をリセットしない限りオーナー様以外の人の声には反応しません。同時にオーナー様の顔や姿もインプットされたので、そっくりな双子でもない限り、オーナーを間違える事もありません」
すげー! そうなのか。シーナは俺だけしか見てないってことか……なんだかわくわくしてくる。
突然彼女がシーナの鼻をつまんだ。
『きゃ! やめてください。ご主人様助けて~』
シーナは涙目になって俺にすがるような視線を送ってきた。驚いて見ているとスタッフの女性は鼻を放して振返った。
「では、今度はお客様がつまんでみてください」
言われるがままにシーナの鼻をつまんでみた。
「や~ん、くすぐったいです~」
シーナは顔をわずかに傾け嬉しそうに目を閉じて文句を言いながら笑った。その仕草は恐ろしいほどに魅力的だった。
「このように、シーナちゃんにとって嫌な行為であっても、相手がオーナーであれば何をされても嬉しいのです。次にオプション機能について説明させていただきます。涼木様に必要な機能かどうかはわかりませんが、中にはそのような愛好家の方がいらっしゃるので……ムフフフッ」
スタッフの女性はまた怪しげに目を細めて笑った。廻りにいる大勢のスタッフも一様にニヤニヤとほくそ笑んでいる。
「こちらをご覧ください」
そう言うと彼女はシーナの赤いショーツに手をかけた。
『きゃぁぁぁ、やめてやめて~ご主人様~助けて~~』
「あ、そうでした……もう今は涼木様がオーナーさんでした。失礼致しました」
シーナが泣き叫ぶと、彼女はすぐに手を放した。
「それでは涼木様、シーナちゃんのショーツを脱がせてください」
「は?」
そうだ、俺はこのフィギュアの股間にあるキャップのようなものが気になっていたんだ。ついにその秘密が暴かれる時が来たわけだ。
「ショーツを脱がすとですね、あそこの部分? にですね、フタがあるので外してみてください、このオプションがあるおかげで、既にご存知かと思いますが、シーナちゃんはご利用対象がR-18指定になっています……ムフフフッ」
なんだかどきどきしてきた。俺はおそるおそる両手を伸ばしシーナの赤いショーツに手をのばした。
『きゃ……ご主人様……シーナ恥ずかしいです』
ドキッとして手を止めた。こんな事して本当にいいのか? 俺は少し不安になってスタッフを見た。彼女は相変わらず目を細めてニヤニヤしながら俺を見ていて、そして頷いた。俺はシーナのショーツに手をかけて一気に降ろした。
『や~ん……ご主人様、見ないで……見ないでくださーい』
シーナが頬を赤らめてせつなげな視線で俺を見つめる。見るなと言われるとよけいに見たくなるのがベタな反応というもの。俺はしゃがんでシーナの股間をまじまじと眺めた。股間には肌の色と同じツルツルのデルタ型のキャップがくっついている。よく見るとキャップの右側に指先が入りそうな小さなくぼみがあった。
「そこの……右側の太腿の付け根の辺りにくぼみがあります。そこに指を入れてキャップを外してみてください」
俺はゆっくりとシーナの股間に手を伸ばしくぼみに指先を入れた。
『あん……あぁぁ、ご主人様ぁ~……』
こっちが恥ずかしくなるほどにシーナは切なげに妖しい声を漏らした。構わず指先で股間のキャップを持ち上げて引っ張ってみた。パカッと音がしてデルタ型のキャップが外れた。
『ああぁぁぁぁぁぁん!!!』
ウィーン。カチッ。ウイーン、カチャ、カチッ。
艶かしい声を上げてシーナの全身が小刻みに震え出した。なんだか体中からモーターが廻るようなメカニカルな音が聞こえてくる。するといきなり、キャップを外したシーナの股間から、男のナニがとび出してきた。
「うあぁぁ!」
全身に悪寒が走った。作りものであるのは一目瞭然だが、形といい色の具合といいあまりに本物に似過ぎていて、しかもあきらかに標準よりもデカい! それが美しいシーナの下半身からぶら下がった光景には戦慄させられた。不釣り合いにもほどがある。
更に驚くべき事が起こった。
シーナの太腿がムクムクと膨らみ、太腿だけじゃない、腹には腹筋が割れて腕も肩も膨らんで全身が筋肉質な体型に変化していく。そして顔までムクムクと膨らんで……あろうことか? イケメンな男に変わってしまったのだ。シーナの顔の面影を残しているせいで、まるでシーナの兄貴か弟に化けたみたいだ。
『いやぁ、ご主人様、初めまして。僕はシーザー。僕を呼び出したと言う事は……あれ? ご主人様は男性のようですね、てっきり女性のご主人かと思いましたが……フフン、なるほど。そういう自由恋愛を謳歌する人、僕は好きだなぁ。全く問題ありませんよ。僕はあなたにご奉仕するためにこの世に生まれてきたのですから、あはははは』
勘弁してくれ~! 俺にはそういう趣味は無い。
「このように、オーナーが女性の場合、もしくは男性であってもご希望に対応するため、性別変換システムがオプションとして設定されています。えーっと、涼木様、いかがなさいますか? このままお持ち帰りになりますぅ~? ムフフフッ」
「いえ、あの、元の……そのシーナに戻してください」
『あらら、残念だなぁ。シーナも可愛いけど僕はこの肉体美も気に入っているのですが』
ムキムキマッチョな肉体から男臭さが匂ってきそうで気分が悪くなってきた。戻してくれと頼んでいるのに? スタッフの女性は口を尖らせた表情で俺を睨みつけたまま動こうとしない。
『ご主人! そんなに慌てなくても大丈夫。僕と一緒に楽しいひと時を過ごしましょうよ。ね、ご・主・人? あはははは』
「は、は、早く! 早くシーナに戻してくれ~」
俺が露骨に嫌な顔をして叫ぶと、スタッフの女性はなんだかがっかりしたように肩を落とし、おもむろにイミテーションのソレを掴みムニムニと丸めだした。
『こ、こら君! そこに触っていいのはご主人様だけだぞ! 放しなさい! 早く放せぇぇぇ~』
「お客様、キャップを戴けますか?」
シーザーの悲痛な訴えには全く取り合わず、彼女は手慣れた手付きで丸め込み股間の穴に押し込んで、俺がキャップを渡すとパチッと音をたててフタをした。
『うわぁぁぁぁ……』
ウィーン。カチッ。ウイーン、カチャ、カチッ。
さっきと同じメカニカルな音が全身から聞こえ、瞬く間に筋肉質の体は柔かそうに縮まって元の女性の体に戻った。顔も美しいシーナのそれに復活していた。
「……このようにして……ですけど、また涼木様の気が向いたらいつでもここのキャップを外してください」
今までの怪しい笑顔は影を潜め、どういうわけかすっかり落胆しているスタッフの女性は事務的にそう告げた。悪いけどキャップを外すことは2度とないだろう。そのオプション機能も外してもらいたいくらいだ。
「どうです? 素晴らしいでしょう。お気に召されましたかな? 実はシーナは、今ご覧になった男性自身の造形があまりにもリアル過ぎたため、それでR-18の指定を受けるように指導されてしまったのです。どうやらお客様には無用の長物かとお見受けしますが……それでも、このオプションの内容が、どこから漏れたのか? ネットに口コミで広まった途端、どういうわけか中年男性のお客様がぐっと増えた次第です。まぁ、女性の姿のこういった等身大のものはピンからキリまで多々ありますが、等身大の男性のものはほとんど皆無ですからねぇ、うははは……」
それまで黙って見ていた館長が説明してくれた。そういう趣味趣向の中年男ってそんなに多いのか? まぁ人の好みは人それぞれだからいいんだけど俺には関係のない話だ。
館長があらためて姿勢を正し俺の方へ向き直った。
「では最後に、このアンドロイド『PQ-Z1型』の維持・管理について、その費用とともにご説明します。それでは副館長? 頼むよ」
「はい、館長」
え? なんだって? 維持と管理ってのはわかるけど費用って?
「おめでとうございます。当館の副館長を務めさせて頂いております縣響子(あがたきょうこ)と申します。よろしくお願い致します」
館長に呼ばれ、最初に説明してくれたスタッフよりも一回りくらいも歳上で、ロングヘアーに眼鏡をかけた長身の女性が現れた。
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