第二章 クレーンゲーマーの意地と底力

 クレーンが動き出した。シーナの前まで来て奥へ移動。このあとは、今まで落とそうとしていた場所から10センチ奥へ移動した辺りでクレーンを落とせばいい。


「ここだ!」


 クレーンを落とした。シーナの箱がわずかに前後に揺れた。やったか?

 残念、少しずれたみたいだ、何も持たないクレーンが元の位置に戻った。

 2回目。

 今度は少し落とすタイミングを遅くしてみる。シーナの箱は微動だにせずクレーンが戻った。

 それならば、3回目。

 今度は少し早めに落とす。シーナの箱が大きく揺れた。やったか?

 箱が少し浮いたぞ……残念! 数ミリ浮いただけで落ちた。惜しい!

 なんだか次は取れそうな予感。

 4回目、更にタイミングを早めにずらして落とす。シーナの箱が前後に揺れた途端、シーナの入った巨大な箱が10センチほども完全に浮き上がった。


「やった!」


 俺が歓喜の声を上げたのとシーナの箱が落ちたのとは同時だった。最初の位置より1センチぐらい手前に来ただろうか。そこでクレーンのアームから外れてしまった。


「くっそ~~……え? ……なんだこれ!?」


 定位置へ戻って行くクレーンヘッドを見ると、アームを開いたまま本体ごとレールの金具から外れてブラブラしている。これじゃ落ちるわけだ。え? まさかこのクレーンではパッケージを持ち上げられないのか?

 ところが、クレーンが定位置に戻ると、クレーンヘッドは下側に据え付けられたレールの上を滑り。外れた本体が持ち上がってアームも元通りにパチッとはまってしまった。


「嘘だろ! 箱の重さで外れるのはわざとなの? このクレーンの仕様ってことなのか?」


 俺は愕然とした。もしこれがデフォの仕様だとしたら、このクレーンにはパッケージを持ち上げる力が無い事になる。つまりシーナは何をやっても一生ゲット出来ない? そういうことかよ?

 俺は絶望と同時に激しい怒りを覚え、スタッフを問いつめようと振り返った。しかしさっきまで声援を送っていたスタッフは誰もいなかった。


「なんなんだよ! これってマジでインチキか? 金返せよバカヤロー」


 悔し紛れにシーナを見上げた。シーナは相変わらず最高の笑顔を向けていたが、何故か今にも泣き出しそうな? そんな表情にも見える。

 そこでまた気付いた。

 シーナのパッケージは今のアクションで斜めに1センチほど曲がっていたのだ。目の前の落とし穴まであと残り2センチもない。この調子で10回、いや20回ぐらいかけて少しずつ前に移動していけば……。

 シーナを見上げた。一瞬目を細めて喜んだように見えた。俺は俄然やる気を出して3000円を投入した。


『すご~い! ご主人様ぁ! 攻略法に気付いてくれてありがとうです~! 今度こそ、絶対の絶対のぜった~~いに私を取り上げてくださいねぇ~』

「おう! 任せとけ!」

「ふれ~ふれ~! 頑張れ! 頑張れ! イェ~い」

「おう! やってやるぜ!」


 攻略法をひも解いた俺を褒めてくれたシーナの言葉に答え、応援してくれる10人以上に増えたスタッフのエールにも応え、まともに見ていられないほど光り輝くゲーム機の前に立ちはだかり、俺はボタンを力強く押し込んだ。

 1回目。

 箱は動かなかった。

 2回目。

 箱はまた数センチ浮かび上がりクレーンが外れると落ちたが2センチも前に動いた。

 3回目、4回目、5回目ともスカ。

 そして6回目、


「おお!!」


 数センチ持ち上がったシーナのパッケージは台からせり出して10センチ以上も手前に移動、ところが、


 ガタ~ン!


 勢いよく落ちた箱は、その反動で後ろに跳ね、最初に置いてあった場所よりも少し奥へ下がってしまった。

 俺はがっくりとその場に膝をつく。見上げるとシーナの目から涙が溢れていた。


「ごめんよシーナ。くっそ~~負けるもんか」


 気を引き締めてゲーム再開。そのあと1ゲームごとに数ミリずつ手前に移動させて、ようやく元の位置まで引き寄せたところでゲームオーバー。俺は直ぐに3000円を投入。ゲーム機のガラス全面から眩しいイルミネーションがなお一層光り輝き、BGMは大音量でハードロックを奏でる。


『ご主人様、ありがとう、本当にありがとうございます。私待ってるから、お願い、頑張って~チュ♪』


 シーナの投げキッスに危うく卒倒しそうになった俺は辛うじてその場にふんばってゲーム機に向き直った。


「頑張れ~! 頑張れ~! 行け~行け~イエェ~イ」


 フロアには数え切れない人数のスタッフが集結し、みんな口々に俺の武運を願って励ましのエールを送ってくれる。3000円分15ゲームが終わった頃、シーナのパッケージは台から3センチ近くせりだしていた。

 そしてまた3000円を投入。沸き起こる歓喜のエール。懇願するシーナの叫びと共にゲーム機は超新星ほどの眩しい光でフロア全体を真っ白に照らす。そしてまた3000円を投入。更にまた3000円を投入。更に更に3000円を投入。パッケージは台から半分近くせりだしていて、もう時間の問題で穴に落ちる寸前まできていた。フロアに押しよせた大勢のスタッフ達は肩を組んで「ワッショイワッショイ」と声援を送ってくれる。まるで有名ミュージシャンのライブさながらの大賑わいだ。

 そしたまた3000円……あれ……しまった、財布の中身は空っぽ?


「嘘だろ……か、金が無い……」


 俺は涙目になってシーナを見上げた。シーナは笑っていなかった。俺を上から見下して、呆れ果てたと言わんばかりに大きな溜め息をついたのだ。


「シ、シーナ?……」

『ふん! お金がないなら用はないわ、ささっと帰りな、この役立たずの貧乏人!』


 悲しかった……いや口惜しかった……あんなに俺にすがって励ましてくれたシーナだったのに、その豹変ぶりに打ちのめされた。床にひれ伏して俺は涙を流した。振り返ると部屋中に詰めかけていたスタッフはいつの間にか全員消えていて、ただ一人、最初からこのフロアにいた女性スタッフが、俺の事など全く気にかけずにフロアの掃除をしていた。


 こんな惨めな気持ちのまま敗北感いっぱいでこの場を立ち去るなんてできない。それに、ここまで箱を移動するのに5万円も使ったわけで、このあとこのゲーム機をプレイするやつが万が一にもシーナをゲットしたら、俺はそいつの為に5万円をくれてやった事になってしまう。そんなの口惜し過ぎだ。


 俺はズボンのポケットをまさぐった。なんと100円玉が2枚入っていた。そして上着のポケットを見た。何もない。あと100円! あと100円さえあれば……俺はもう一度財布の中身を調べた。1円玉と10円玉を掻き分けて100円玉を探してみる。

 あった! 奇跡的に100円玉が1枚! これで合計300円! あともう1ゲーム出来るぞ!

 もはやこれは神の諸行に他ならない。天はシーナをゲットせよと俺の背中を後押ししている。俺のクレーンゲーマーとしての実力がこの一戦に試されているのだ。

 奇跡の300円を怒濤の様に投入する。イルミネーションが再び眩しく光り輝いた。


『ご主人様。私信じていました。ほんとにほんとに心から感謝致します。頑張ってくださいね』


 見上げると、シーナは涙を浮かべながら優しい笑顔で俺を見つめていた。


「頑張れ~頑張れ~フレ~フレ~」


 振り返ると、女性スタッフが3人、両手をブンブン振り回して声援を送っている。


 「よし! 最後の1回! 俺はこのワンプレイに全てを賭ける! 行っけぇぇぇぇぇ~~」


 クレーンが右に移動を始めた。

 1体目、2体目、3体目を通り過ぎシーナの目の前で奥へ!

 シーナは不安げに祈るような顔でクレーンの動きを目で追っている。

 クレーンがシーナの箱の上に入った。

 そしてタイミングを伺いながら、


「ここだ!!!」


 クレーンを落とした。

 シーナの箱がグラッと大きく揺れる。


「どうだ?」


 箱は後ろに大きく揺れた、すぐに前に揺れ返る……しかしクレーンが箱の上から顔を出して戻って来た。俺は絶望した。吊り下げることに失敗。おそらくワイヤーに引っかかりはしたものの箱を揺らしただけで外れてしまったのだろう。クレーンが左に移動して定位置を目指して戻って行く。箱はまだ前後にユッサユッサと揺れていたが……、


 ガタッ


 シーナの入った箱は前に倒れ上部が正面のガラスにぶつかった。その反動で箱全体がずり落ちて……、


「やったぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ガッターン! ガシャン!


 2メートル近い特大パッケージが凄まじい音を立てて目の前から落ちて消えた。


 ガッタン、ガタタタタタタタタタ……


 足下の床の中に機械音が響く。

 音が止まった。

 ゲーム機の左端で、クレーンの前の床1メートル四方がせり上がった。

 持ち上がった床板の下からパッケージの上部が現れ、シーナの笑顔が顔を出す。

 すぐに胸まで上がって、美しいクビレ、スレンダーな太腿、メカニックなブーツまでせり上がる。

 1メートル四方の床板が2メートルも持ち上がってパッケージ全体が現れると上昇は止まった。


 ガッターン、ウィィ~ン、ガタッ。


 シーナのパッケージを前に押し出すと、床からせり上がった小形のエレベーターは下降し、また元の床に戻った。


「パチパチパチパチ! イエ~イ!」

「おめでとうございまーーす!!」

「やった! やりましたね! すごいです!」

「うんうん、よくやった、素晴らしい!」


 いつのまにか俺のすぐ後ろに詰めかけていた大勢のスタッフが拍手喝采! 口々に賞賛の言葉を叫んでいた。


「あ、あの……あ、ありがとう……ございます」


 俺は嬉しいやら照れくさいやら驚いたやら、一層顔を赤らめて愛想笑いを浮かべながらしどろもどろに答えるのがやっとだった。

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