第一章 史上最大のクレーンゲーム

 パーク内は思った通り、この時期の平日の午前中は閑散としていて、客よりもスタッフの人数の方が多いんじゃないかと思うくらい。フロアを進んで行くと「いらっしゃいませ! ようこそメトロポリスへ~!」と、近未来コスプレモドキな制服を着た暇そうなスタッフ達に次々と声をかけられた。少々照れくさいものの悪い気はしないけど。


 1階エントランスの奥に有る全面ガラス張りで円筒形のエレベーターに乗って4階についた。

 フロアを見渡すと、LEDがチカチカと輝くボタンが何段にも整列しているメカニカルなデザインの巨大なゲートがいくつかあって、エレベーター前のロビーを囲む様に配置されていた。ゲートの向こうのそれぞれの部屋には、その部屋のテーマに沿ったゲーム機が設置されているらしい。

 俺は次々にゲートを覗きこんで超巨大クレーンゲームを探した。4つ目のゲートを覗いた時それを見つけた。


 その部屋にはクレーンゲームばかり20台以上はあるだろうか。ひしめき合うようにゲーム機が並ぶ中で一番奥に設置されているバカでかいガラス張りのケースが目を引いた。高さは3メートルぐらい、巾は6メートルぐらいのばかでかいガラス張りのケースの中に、大きな四角いパッケージに入れられた等身大フィギュアが5体、等間隔に並んで立っていた。パッケージの正面は透明の窓になっていて、中のフィギュアのほぼ全身を見る事ができる。


 目の前まで来て彼女達を見上げた。圧巻だった。華々しい美少女達はにこやかな笑顔で、まるでみんなが俺に笑いかけている様に感じられる。ネットの写真でみるより数倍リアルで顔も美しく女性の体の再現度も抜群! このシリーズのフィギュアは本当に俺の好みにぴったりだ。

 クレーンの操作パネルを見た。特に何も変わらない、極ありふれたボタンが2つ並んでいるだけだ。ただ目を引くのは操作パネルの上に『このゲーム機は未成年の方のご利用を禁止しています』と書かれたステッカーが貼ってあること。やはりR-18指定のフィギュアがあるのだからこういう表示も必要なのかもしれない。それにしたって、ここは未成年者も多く利用するテーマパークだろう? そういう公共の場にこんな景品がある事の方がおかしいのでは? まぁ、俺は未成年じゃないから関係ないし、あまり気にしないことにしておく。


 5体のフィギュアは全て手足と胴体などが可動式のアクションフィギュアで、みんな顔とヘアスタイルと衣装が違っていた。

 長い金髪を奇麗に編み込んでまとめ、淡いブルーのドレスを着たシンデレラのような美女。

 ピンクのレオタードがリアルな体のラインを浮き立たせ、腰に紺色のスカーフを巻いた赤髪ポニーテールの美少女。

 黒髪ショートのワンレングスに赤いカチューシャをつけて濃紺ブルマーを履き、体操着の胸には『2-2』とゼッケンが縫い付けてあるロリ系美少女。

 ライダーファッションのような黒いレザースーツを身にまとい、同じ素材のレザージャケットを着た長髪巻き毛の美女。どれも仕上がりが素晴らしく特に顔がリアルで生きているようだ。


 そして俺がネットの写真を見た時に人目で気に入ったのはこの子……どういうわけかこのフィギュアだけ『R-18』に指定されていたのも関心を引いた理由のひとつだったが……。

 金属製で渋い艶のあるモビルスーツの足にも似たロングブーツが膝の上まで覆い、そこから上に艶かしい素肌の太腿を露にし、下半身はセクシーな赤いショーツ1枚のみ。柔らかそうな、それでいて細くキュっと引き締まったウエストには可愛いおへそが覗き、ブーツと同じ素材と思われるメカニカルな金属製のブラを付けている。真っ直ぐなサラサラの茶髪ロンゲのてっぺんには菱形の特大ジュエリーを据えたキラビやかなティアラが輝き、まるでスペース・ウォーズの映画に出てくるヒロインのような美少女。顔付きは精悍で美しく他の4人よりもあきらかに美人。パッケージには、『スペース・ビューティ<シーナ>』と書かれていた。

 きっと際どいランジェリースタイルだからR-18指定なのだろうと? 最初はそう思った……。しかしサイトの写真を見た時に気づいたのだが、赤いショーツに透けて見えるシーナの股間にはデルタ形のキャップのようなものが薄っらと見えていた。実物を見ると更にはっきりと、そこが脱着式のフタのようになっている様子が伺える。ここを開けると一体何が起こるんだろう? ……おそらくこのキャップがR-18たる所以ではないのかと、微妙にスケベ心をくすぐる妄想が湧き起こってくる。その疑問を解消するためにはこのゲーム機を攻略してシーナをゲットする以外に方法はないわけだ。


「シーナ、今日はお前をお持ち帰りだ。そしてその秘密を暴いてやるぞ。軍資金は今朝コンビニでおろしたなけなしの小遣いの5万円。いざ勝負!」


 景品から考えれば安いのかもしれないが、1ゲーム300円は少々痛い。なるべくお金をかけずにゲットするために、ケースのまわりをウロウロしながら、パッケージ、クレーンヘッド、アームの形状、ヘッドが滑るレールの状況など、細部までじっくり観察して攻略法を模索した。

 パッケージは俺が知る限りクレーンゲームの景品の中では過去最大で高さが1.8メートルぐらいもあろうか、それが30センチほどの高さの台の上に設置されている。台の前にはガラスケースの巾いっぱいまで長い大きな落とし穴があり、どうやらそこへ落とせばゲットできるようだ。穴にはよくありがちなポールを渡した障害物なども一切無い。つまり単純にパッケージを持ち上げて手前に50センチぐらい移動してクレーンを放せばいい? ただそれだけの事か? ……それってどうだろう? 簡単過ぎないか? 待てよ、クレーンのアームは通常のクレーンゲームについている極ありふれたサイズで、この特大のパッケージを持ち上げるにはあまりに頼りなくて貧弱に見える。アームを横一杯に広げたところでパッケージの巾はゆうに60センチはありそうだから全然届かないんじゃないか?

 不思議に思って少しゲーム機を離れパッケージの上を見た。上蓋には、中央寄りに2本のワイヤーが取手のように丸めて取付けられていた。


「なーんだそういう事か。だからクレーンのアームがあんなに小さいんだ」


 要はあのワイヤーにアームを引っ掛けて持ち上げればいいらしい。だとしたら、あんなにワイヤーの取手がしっかり立っているわけだし、やっぱりこれってかなり難易度が低いんじゃないのか? この時はそう思い飛び跳ねたい気分で大喜びした。


 1ゲームは300円。1000円で4ゲーム、2000円で10ゲーム、3000円で15ゲームできるようだ。

 まずはゲーム機の操作感を見るために1000円札を入れてみた。すると突然ガラスケースの内側にある色とりどりのイルミネーションが一斉に輝き出した。


『いらっしゃいませ~ご主人様! お願い、私をご主人様のお家へ連れて行ってくださ~い!』


 お金を入れた途端随分派手な演出。舌足らずの可愛い声で挨拶までされて、俺が今このゲームを始めたことをフロア中に宣言されてしまった。そりゃあこのフィギュアが欲しくてここまでやって来てゲームを始めたわけなんだけど、こんなに派手に目立つのはかなり恥ずかしい。

 俺はオドオドして辺りを見回した。よかった、この部屋には誰もいなかった。いや、入口ゲートの横に例の近未来コスプレモドキな制服の女性スタッフが1人佇んでいた。彼女は俺と目が合うと両手を思い切り振り上げて「頑張ってくださーい!」と満面の笑顔で叫んだ。恥ずかしくて苦笑いのような愛想笑いをしてそれに答える。

 この部屋には客は俺一人。他のゲーム機はスイッチが入っていないのか? 部屋全体に小さな音で流れるBGM以外に物音はしない。なのに俺がこのゲームを始めた途端ゲーム機のBGMが鳴り響いたもんだから、誰か他の客が入って来たら真っ先に俺に気付くだろう。それもまた少し恥ずかしい気がしたけど……でもシーナをどうしてもゲットしたい! 気を取り直して攻略開始だ。


 左の端にぶら下がっているクレーンを右へ移動する。一体目、二体目、三体目を通り過ぎ、4体目のシーナの正面で止めて今度は奥へ移動。あ? だ、だめだ。パッケージが高過ぎて操作パネルの前に立っているこの位置からだと上蓋のワイヤーが全く見えない。だからといって上が見える位置まで離れる事もできない。俺は必死で上部を見上げ、パッケージの上に隠れて行ったクレーンを勘で静止、あとは運を天に任せるしか……クレーンは何も掴まずに手前に戻ってきて落とし穴の上でパッとアームを開くと元の位置へ戻って止まった。


「なるほど、そういう事か……」


 すぐさまゲーム機の横に回り込み少し離れて上蓋のワイヤーの位置を確認。目測でパッケージの奥行きを計り、クレーンが移動するスピードから割り出して静止させるタイミングを予測した。

 2回目。

 だめだ。

 3回目。

 だめだ。

 上蓋の上で静止させるタイミングを微妙にずらしながらクレーンが落ちる位置を探ったがうまくいかなかった。

 4回目もだめだった。


「くっそ~これって滅茶苦茶に難易度が高いぞ! だって掴む所が見えないんだから」


 俺は途方にくれてシーナを見上げた。さっきまで優しく笑いかけてくれているように見えたシーナの笑顔が、今は嘲る様に見下ろして笑っている? そんな風に見えた。

 とにかく上蓋のワイヤーをアームで吊り上げるしかない。

 今度は2000円を入れた。すると、さっきの倍の明るさでガラスケース全体にイルミネーションが光り輝く。眩しくて目を細めた。


「きゃ~嬉しいご主人様ぁ! 絶対の絶対に~私をご主人様のモノにしてくださ~い♪」


 金額が増えると挨拶まで変わるのか。それにしても派手な演出だ。また俺は辺りを見まわした。客は相変わらず俺一人だったが、え? コスプレの女性スタッフが3人になった。


「フレーフレー! 頑張れ~イェ~イ!」


 その中の一人と目が合うと3人一斉に両手を振って叫んだ。俺は多分顔を赤らめたろう。どぎまぎしながら苦し紛れに笑うのがやっとだった。

 気を取り直して再び挑戦開始!

 1回目。

 だめだ。

 2回目。

 だめだ。

 3回、4回、5回……上蓋のワイヤーに差し掛かった頃合いを見計らってクレーンを落とすのだが全く引っかかる気配がない。

 10回目。

 だめだった。


「くっそ~アプローチの仕方が間違っているのか?」


 俺はもう一度ゲーム機から離れ、遠目からワイヤーの位置を見定めてみる。あれだけいろいろとタイミングをずらして落としているのに一向に吊り上げられないのが不思議でしょうがない。

 すると一組のカップルがやってきた。


「おお! これこれ!」

「えー、大きい! ……ねぇ、こんなの取っても置く場所ないじゃん?」


 カップルはまっすぐに等身大フィギュアのゲーム機の前に来た。


「なんか本物の人間みたいで気持ち悪い。それにちょっとイヤラシい格好ばっかじゃん。こんなのいらないよ~」

「いいからいいから、もし取れたらすぐに売っちゃえばいいんだし。小遣い稼ぎだよ」

「へぇ~でも取れるの? 難しくなーい?」

「まぁ~見てろって」


 男が1000円札を入れた。さっきと同じ派手な演出が……あれ? ケースの中でチマチマと小さな光が点滅しただけ? それにさっきみたいに挨拶の声が再生されないぞ。

 不思議に思いながらも俺は彼の腕前を拝見、少し側に寄って見物を始めた。


「あっれぇ~くっそ~上に行くとクレーンが箱の影に見えなくなっちゃうのな!」

「そうねぇ、これじゃ取れないよね」


 俺と同じ目にあっている。おかげでとんでもない事に気付いた。こうやって遠目から見ていないと絶対に気付かない秘密があったのだ。クレーンは箱の真上に来て止まり、その直後に落下する時、わずかに、いや10センチぐらいも手前に勝手に移動していた。つまり勘で狙った場所よりも必ず手前10センチに移動してワイヤーのある位置からずれて落ちるのだ。


「なんだよ! そういう事か……ちょっとインチキくさいけど、でも、あんな高そうなフィギュアをしょっちゅう取られたら店側もたまったもんじゃないだろうし……なるほどね。よーしわかったぞ」


 その後カップルの男は3000円をつぎ込んでトライしたが結局取れずじまいであきらめたようだ。3000円を入れた時も、普通にケースの中がチカチカ光っただけで声は再生されなかった。それに今気づいたのだけど、ゲートの横にいるスタッフはいつの間にか1人になっていて、まるで客の事は気にしていない様子、ほうきとちりとりを持って床の掃除をしていた。

 カップルが部屋から出て行き客はまた俺一人になった。俺は喜び勇んでゲーム機の前に行った。攻略法がわかったのだから一発で取れるかもしれない。そんな気もしたが、一応念のため1000円で!


『あ~ん、よかった! 帰っちゃったのかと思ったぁ! 今度こそ私をここから出してくださいねぇ~』


 いきなり挨拶されてギョっとした。しかもイルミネーションが派手にチカチカと輝いている。


「頑張ってくださーい!イェ~イ」


 声がした方を振り返ると、女性スタッフが3人、みんな両手をブルンブルン振り上げて笑っていた。さっきのカップルの時とは大違いだ。なんで俺の時だけそうなる? しかもゲーム機から聞こえた挨拶の内容が明らかに俺を意識したセリフになっている。

 ちょっと気味悪くなってシーナを見上げた。表情がさっきと違う? まるで俺に懇願してすがるような悲しい笑顔に見えた。

 この機械の反応やスタッフの待遇の違いはなんなのか、手を振っているスタッフに訊いてみようかとも思ったが、初対面の女性3人を相手に話しかけるなんて相当な気合いを要する……と言うより、人見知りの俺にははっきり言って無理だ。俺はまた顔を赤らめてゲーム機に向き直った。

 とりあえずやり方がわかったんだから早く試したい。おそらく絶対にうまくいくはずだ。こんなの電車で持って帰るのは恥ずかしいな。取れたら何か包装紙にくるんでもらうぐらい出来るだろう……既に俺はシーナをゲットした後のことまで心配していた。

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