【第五話・最終話】あなたのバーベナは何色だったのか
大垣は地道にそして保守的に、その時の上司に従い、学年主任の地位を掴んだ。学校は教師の成り手が減ってきている。少子化の問題は、単に生徒の減少だけでなく若い教師の減少にも通じていた。
十五歳も年下の妻・高城さとこは大垣のソツないところを頼もしく思っていた。小学校教員よりも中学校教員、高校教員よりも中学校教員を志望した。
高城の産休は本人にも不意の出来事だった。担任になって半年程度で、一番受け持ちたかった中学二年生のクラスを手放すのは心苦しかった。なかでも、拝島和也のことは知れば知るほど教師の枠を越えて、彼に必要以上の同情を重ねていた。
高城は母子家庭で育ち、中学一年生の頃母が職場の男性と再婚した。父となった男は優しかったが、多感な頃だけあって距離の取り方がわからなかった。二歳の頃に離婚したため、元父親のことは記憶にもなかった。女手ひとつで育ててくれていただけあって、家の中に男性がいるという状況がなかった。
義父から明確に虐待を受けたわけではなかった。優しかったし気遣ってくれもした。ただどうしても、見えない緊張感がいつも家庭のなかにあった。中学生の頃は、母と二人の生活に戻りたいといつも泣いたものだった。
高城と義父の関係に転記が訪れる。実の母が高校一年生の時に交通事故でなくなったのだ。義父はこれまで以上に父として、そして母として接してくれた。京都の大学にも行かせてもらい、下宿までさせてくれた。仕送りも滞ることなく送り続けてもらった。
中学校教員になった時には、涙を流しながら喜んでくれたのも義父だった。
それだけに、拝島和也の義父のことが許せなかった。食事もまともに与えられなくなった実母にも憤りを通り越えていた。
児童相談所にも相談したが、結局は家庭訪問と面談を繰り返しただけで、状況の変化はなかった。高城は拝島和也にできるだけ食事の世話をするようにしていた。その中での、自分の妊娠。次第に拝島は高城から離れ、自分で自分の食い扶持を賄うようになってった。それが、一之瀬からお金をもらってイジメをするということだった。
瀬古は拝島の入院していた病院を出てその足で高城の自宅へ向かった。
突然の訪問に、高城は驚きを隠せなかった。
「高城先生、ご出産おめでとうございます」
「ありがとう。でも、今日は拝島君のことで来たんでしょ」
「わかりましたか?」
「動画ね、あれは私が指示してアップさせたものよ。動画の作り方も教えた。テロップは私と拝島君で考えたわ」
「そんな方法で、拝島君のお父さんの虐待を
世間に公表した結果がどうなったかわかってますか?」
瀬古は怒りがあふれ出てしまった。できるだけ感情的にならないようにと、ここに来る前に散々自分に言い聞かせていたが、コントロールできなかった」
「子どもが起きちゃう。大声出さないで。あのね、この件私は私で責任は取ります。夫に言っても何も動いてくれなかった。谷垣と付き合い始めたのも、拝島君のことを相談していてなのよ」
「だからって、あのやり方は」
瀬古は高城を睨みつけた。
「大丈夫、私、動いてくれるか分からないけど、この件大学の同級生がジャーナリストでね、彼に報道してもらうことにしたの」
「また、誰かが傷つくかもしれませんよ」
「でもね、このままじゃ、拝島君の心身すべてボロボロになってしまう」
瀬古はやるせない気持ちが涙になって、あふれ出ていた。高城先生は拝島君のことを思ってのことだ、やり方は私には認められない。でも、私なら、拝島君の両親からの虐待をどうやって止められるだろう。教師だって一人の人間だ。仕事である以上、どこかで線引きも必要だ。だが、瀬古はこのやり方はやっぱり違うと感じていた。
「高城先生、私は警察に行ってみます」
「この問題を私なりに、できることをして、拝島君を救いたいと思います」
瀬古はそう言うと、まっすぐな目で高城を見つめ、頭を下げた。
駅に向かって来た道を戻る。来るときには気づかなかった。道端の花壇にかわいい花が咲いている。瀬古は花をじっと見つめていた。男が水やりをしていた。
「この花、かわいいでしょ。バーベナって言うんだよ」
「バーベナ……名前、知りませんでした」
「名前のない花って、ないんだよ。どんな花にも名前はあるんだよ。でも、それは見たことのない花に出会ってないだけかも、だね」
「名前のない花は……ない」
「だから、見たことのない花に出会ったときは、まず名前を調べるのがいいよ」
「もし、見たことのない花だったら?」
瀬古は見ず知らずにもかかわらず、男に強い言葉で聞いた。
「見たことのない花なら、名前を自分でつけるな。そして、私なら大切に育てるね」
バーベナの花の色によって、その意味も変わってくる。白は祈り、赤は団結、ピンクは家族の愛、そして、紫は同情と後悔。
この道は谷垣も高城も普段から通ったことがあるだろう。拝島も高城に会いにこの道を通ったかもしれない。
彼らにはこのバーベナが何色に見えたのだろう。
瀬古が見たバーベナは、ピンクに染まっていた。
(おわり)
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
バーベナ、散った日に 西野 うみれ @shiokagen50
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