閑話 本に閉じ込められた魔物
冒険者としての初仕事を終え、カルリアナは日常に戻った。
ディートシウスが兄王アーロイスにゴッテスフォーゲルのことを報告してくれたおかげで、【聖地】は神鳥保護区となる方向で話が進んでいるようだ。その進捗を知らせる書類を陸軍総司令部でディートシウスに渡すことが、カルリアナの日々の楽しみになっていた。
ディートシウスが新しい
それよりも。
(新しい稀覯本……!)
まだ見ぬ本との出会いに、カルリアナはワクワクが止まらなかった。
購入先の古書店から取り寄せた目録を眺めていたカルリアナは、ディートシウスから頼まれた稀覯本の金額を見て、小首を傾げた。
安価ではないものの、相場よりだいぶ安い。しかも分類は魔道書なのに、だ。たいていの魔道書は専門書であるため、高めの価格設定になっている。
(状態が悪いのでしょうか?)
とはいえ、本のタイトルと著者に間違いはないようなので、カルリアナは購入手続きを進めた。
そして数日後。待ちに待った稀覯本が届く日がやってきた。
梱包され、図書室に届けられたその本を机に置き、カルリアナは眼鏡を掛けてから鼻歌交じりに開封する。
タイトルは『本の魔物』。過去に目にしたことがあるようなタイトルだったが、本の内容までは思い出せない。「この本も好きに読んでいいよ」とディートシウスから言われているので、カルリアナは本を読みがてら思い出すことにした。
(その前に、まずは物質強化魔法をかけませんと)
稀覯本を痛めたら大変だからだ。
手に魔力を集め、本に流し込む。
その瞬間、本が紫の光に包まれた。まぶしさにカルリアナはとっさに目をつぶる。
目を開けたとき、毛むくじゃらの黒い魔物が二本足で、開かれた本の上に立っていた。耳が長く体長は十歳を過ぎた子どもくらい。ページから伸びた鎖に両手足を
本に封印された魔物がいる、という話は何かで読んだことがあるが、まさか実在するとは思っていなかった。確か、魔力に反応して、封印が一部解けることがあるとかないとか。
〝先に言ってくださいよ〟とカルリアナは心の底から思った。
魔物が敵意に満ちた目でカルリアナを
(あなたを本に封印したのは、わたしじゃありませんって!)
心の中でそう叫びつつも、本能的に危険を感じ、カルリアナはあらん限りの大声を上げた。
「誰か、助けてください!!」
魔物が小うるさそうにこちらを見る。口を大きく開け、紫の光球を発射した。
(本を守らないと!)
カルリアナは図書室中に防御魔法を張り巡らせながら魔物から離れる。
これには、魔力総量が多めのカルリアナもさすがに疲れた。
光球はカルリアナの身体をかすめ、書棚にぶつかった。幸いにも、防御魔法のおかげで本は無事なようだった。
それはさておき、誰かが助けに来てくれないと本気でまずい。
そう思っていると、扉が音を立てて開いた。
「無事ですか!?」
クラウスだった。彼は図書室に飛び込んでくると、すでに抜き放っていた長剣を魔物に向けた。
新たな標的を見つけた魔物が、口から光球を放つ。クラウスは光球を手元に引きつけると、長剣で魔物目がけて打ち返した。魔物が痛そうにうめき声を上げる。
ピンポイントでも魔法を反射できる固有魔法なのだろう。
クラウスが魔物を引きつけてくれているうちに、対処法を思い出さなければならない。この魔物は特殊な個体だからこそ、本に封印されることになったはず。ならば、再封印するのが筋というものだろう。
カルリアナは残った魔力で【知識具現化】を使った。手元に降りてきた本のページを目の動きでめくっていくと、目的の情報があった。
『封印された魔物を呼び起こしてしまった場合は、次の呪文を唱えるべし。――魔性のものよ、再び鎖に囚われ、ただの本とならん』
カルリアナは急いで呪文を唱えた。
すると、本から何本もの鎖が伸びてきて、魔物の身体をぐるぐると縛りつけた。口を塞がれた魔物はうめき声を漏らしながら再び本のページに吸い込まれていく。
本が淡い光を発した。見開きのページには、鎖が巻きつけられた写実的な魔物の姿が描かれている。
「終わった……」
カルリアナが思わずへたり込むと、長剣を
「お怪我はありませんか?」
「はい……」
クラウスが手を差し出してきたので、カルリアナはその手を取り、立ち上がった。
「よかった」と安堵の表情を浮かべたあとで、クラウスが本に目を向ける。
「あの魔物は本に封印されていたのですか?」
「そのようです。おそらく、わたしが本に物質強化魔法をかけたので、封印が一部解けてしまったのでしょう」
「なるほど。……あの本は元々この図書室にあったものですか?」
「いいえ、最近殿下がご購入になり、今日届いたものです」
「……殿下が」
クラウスの顔に怒気が揺らめいた。
本を閉じ、図書室に被害が出ていないかクラウスと確認していると、扉が開いた。現れたのはディートシウスだ。
「あれー? どうしたの、二人とも怖い顔して」
クラウスがつかつかと彼に詰め寄る。
「先ほど、殿下がご購入になったというあの本から魔物が出てきて大変だったのですよ。たまたま休憩中のわたしが通りかかったからよかったようなものの、危うくアルテンブルク伯に危害が及ぶところでした」
瞬時に血相を変えたディートシウスがカルリアナに駆け寄ってきた。
「大丈夫!? 怪我はない!?」
「怪我はございませんが、精神的なショックが大きいですね。どうしてこんなに危険な本をご購入になったのですか!? しかも、なんの説明もなく! 事前に知っていれば、物質強化魔法なんてかけなかったのに!」
ディートシウスは頭をかきながら照れ笑いを浮かべる。
「いやー、その本に封印されているっていう魔物と戦ってみたくてさー。説明を忘れてごめんね。俺っておっちょこちょいだよねー」
カルリアナは自分の額の血管が切れる音を聞いたような気がした。
「いい加減にしてください! こちらはナウマン大尉が助けてくださらなかったら、死んでいたところだったのですよ! 危険な本を買う場合は、ちゃんと事前に説明する!!」
今までこれほどの剣幕で怒られたことがなかったのだろうか。さすがのディートシウスもしゅんとしている。
「……ごめんね、本当にごめん……もう二度とこんなことはしないから」
片膝をついた彼に上目遣いで謝られ、カルリアナはムズムズした気持ちになった。
(まったく、どうしたら自分が可愛く見えるかを知っているのですから。でも、仕方ありませんね……)
「わかりました。今回は
ディートシウスの顔がぱあっと明るくなる。
「ほんと!? ありがとう!!」
こちらを抱きしめてきそうな勢いでそう言われたので、カルリアナはひょいっとディートシウスから距離を取った。
ディートシウスが残念そうな顔をし、クラウスが珍しく吹き出した。
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