第23話 感謝されてしまったようです

 ディートシウスが堂々とケルツェン語で呼びかける。カルリアナはその言葉を通訳した。


〈ゴッテスフォーゲルたちよ、わたしはこの国の王弟、ダールグリュン王家のディートシウス・ザシャだ。まず、【神なる鳥獣教】の信徒たちが行った行為は、ゆるされることではない。彼らは罪に問わせてもらう〉


 止まり木のゴッテスフォーゲルが応えた。


〈……仕方あるまい。せめて、彼らには労いの言葉をかけさせてくれ〉

〈構わない。そして、あなたがたの処遇だが〉


 カルリアナは通訳をしながら、一瞬、息をんだ。


〈このまま、ここで子育てを続けてほしい。わたしに行方不明者捜索の依頼を出した冒険者ギルドに話は通しておく。兄王にも事情を話し、この【聖地】を保護区にしてもらえないか頼んでみよう。我が兄は、話のわかる方だ〉


 外側からはわからなかったが、ゴッテスフォーゲルたちも緊張していたのだろう。くちばしを何度か開閉し、安堵したように見えた。


〈感謝する、この国の王弟よ。それに、人族の娘よ、この恩は決して忘れぬ。これを持っていくがよい〉


 そう言ってゴッテスフォーゲルは止まり木から下り、祭壇のそばまで歩いていく。祭壇をくちばしでつつき、小さな光るものをくわえた。そのまま、カルリアナの前まで歩いてくる。

 間近で見るゴッテスフォーゲルは得も言われぬ迫力があった。


 ゴッテスフォーゲルがくわえていたものを落としたので、カルリアナは手を差し出し、それを受け止めた。鈴のような丸い玉が音を立てる。普通の鈴の音とは違い、広がるような音色だ。


〈これは……鈴、ではありませんね。もしかして、古代に神事のために作られていたというオルゴールボールですか?〉

〈そのとおりだ。はるか昔、この神殿を建てた古代人が我らと意思を通じ合わせるために作ったものだ。いわば、我らと人族のきずなの証。我らの助けが必要なときに、想いを込めてこれを鳴らすとよい〉

〈想いを込める……とはどのように?〉


 カルリアナの質問に、ゴッテスフォーゲルはかすかに笑ったようだった。


〈そなたほどの知性を持つ者ならば、時が来ればわかるはず〉


 まるで謎かけをされたような気分だった。ヒントくらいは欲しかったが、今すぐ必要というわけではないので、カルリアナはそのまま礼を言ってオルゴールボールを受け取ることにした。


〈あなた、お話が終わったのなら、そろそろ卵を温めるのを代わってください〉

〈……わかった〉


 ゴッテスフォーゲルの夫が妻と交代して巣にうずくまる。その妙に人間くさい姿に、カルリアナもディートシウスも自然と笑顔になった。

 ゴッテスフォーゲルの夫婦に別れを告げ、カルリアナはディートシウスとともにゲーアハルトとクラウスの方を振り返る。そのとき、ディートシウスがささやいた。


「君が来てくれてよかった。俺たちだけだったら、彼らと話し合えず、取り返しのつかないことになっていたと思う。ありがとう」


 それは、今までさまざまな人からもらったどの感謝の言葉よりもうれしいものに聞こえ、カルリアナの胸の中でいつまでも響いた。

 振動で、オルゴールボールが手のひらの中で神秘的な音を立てた。そのかすかな音にゴッテスフォーゲルの夫婦が反応したことに、カルリアナは気づかなかった。


   ***


 カルリアナたちは王都ゾネンヴァーゲンに戻ってきた。頑健なディートシウスたちはともかく、カルリアナはかなり疲労を感じていたので、乗り合い馬車で冒険者ギルドに向かう。


 冒険者ギルドの受付でディートシウスが依頼を達成した旨を告げると、四人そろって貴賓室に案内された。みなでソファにかけると、お茶が運ばれてくる。

 しばらく待たされたあとにギルド長が入室してきた。


「これはこれは、ディートシウス殿下! このたびは難しい依頼を達成していただき、感謝いたします!」

「結果としては微妙なところだったが……。行方不明者は全員死亡していたからな。これを遺族に渡してあげてくれ」


 ディートシウスが合図すると、ゲーアハルトとクラウスが亡くなった金剛竜級冒険者たちの使っていた武器やギルド証をローテーブルの上に広げる。【神なる鳥獣教】の信徒たちが保管していたものだ。彼らは多くを語らなかったが、もしかしたら、なんらかの形で遺族にこれらの品を届けるつもりだったのかもしれない。

 ギルド長は神妙な顔でうなずいた。


「……かしこまりました。しかし、あの粒ぞろいの金剛竜級冒険者たちがもうこの世にいないとは……一体、何があったのですか?」


 ディートシウスは【聖地】で見聞きしたことを、かいつまんで説明した。ギルド長は驚きの表情でその話を傾聴していたが、カルリアナがゴッテスフォーゲルと会話したというくだりに差しかかったところで、興奮を隠しきれない顔になった。


「素晴らしい! あのゴッテスフォーゲルをその目でご覧になっただけでも歴史に残る一大事なのに、会話までなさったとは……!」

「え……!? それほどでも……」


 びっくりするカルリアナに構わず、ギルド長は立ち上がる。カルリアナの席のそばまで歩いてくるとひざまずき、両手をガシッと握ってきた。


「あなたのような博識な方が冒険者登録してくださって、とても心強い! また何かあったときはよろしくお願いいたします!」


「手を離してください」と言うべきかカルリアナが考え込んでいると、ディートシウスがせき払いをした。ギルド長は我に返ったらしい。慌てて手を離す。

 ディートシウスがすっと細まった目でギルド長を見た。緑がかった青い瞳が危険な光を灯している。


「彼女がアルテンブルク伯だということを忘れないように。ま、たとえ相手が誰であっても、女性の手を軽々しく握るものではないが」


 まずいことをしてしまったと悟ったらしく、ギルド長は脂汗をかきながらディートシウスとカルリアナに平謝りしていた。

 ディートシウスが交渉した結果、ギルド長は今後年単位で【聖地】探索の依頼を出さないことをこの場で約束してくれた。【聖地】の保護については、のちのちディートシウスからの報告を受けた国王側と話し合って決めていきたい、とのことだった。


 とりあえず、ゴッテスフォーゲルの卵がかえり、ヒナが巣立つまでは【聖地】に人が近づくことはなさそうだ。カルリアナは一安心した。

 貴賓室を出たカルリアナは、ディートシウスに文句を言った。


「話がまとまってよかったですが、わたしの手が握られたくらいで、ギルド長を少し脅しすぎではいらっしゃいませんか?」

「そう? むしろあれくらいで済ませてあげて、優しいな俺って思うけど。あ、消毒しておくねー」


 そう言ってディートシウスはカルリアナの両手を握った。

 ゲーアハルトとクラウスの前なので、カルリアナは頬を染めながら抗議した。


「……軽々しく女性の手を握ってはいけないのでしょう?」

「あれー? 俺、そんなこと言ったっけー?」

「ディート、そういうのはわたしたちのいないところでやってくれないか?」


 ゲーアハルトの一言で、ディートシウスは名残惜しそうにカルリアナの両手から自らの手を離した。


「あ、言い忘れていたけど、ギルド長からこの先何か頼まれても、別に断ってもいいから」

「そうなのですか?」

「そうそう。こっちが王侯貴族だってことを強くアピールしないと、さんざんこき使われるだけだよ。もし依頼を受けるなら、法外な報酬を求めないと」


 そういえば、報酬の話はディートシウスに一任したままだ。カルリアナは嫌な予感がした。


「……今回の依頼、どの程度の金額でお引き受けになったのですか?」


 ディートシウスはにっこり笑った。


「あとで君にも小切手を渡すよ。心配しないで、四人で均等に分割だから」


 ……後日、ものすごい金額の小切手を受け取り、カルリアナは思った。


(殿下は案外、商売にも向いているのかもしれません)

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