第22話 神の住処
部屋の奥には立派な階段があった。カルリアナとディートシウスは階段を上っていく。
その上は、屋上になっていた。柱が立ち並び、空間の半分を覆うように屋根がついている。
屋根の下に数歩足を踏み出した所で、カルリアナは立ち止まった。ディートシウスもだ。
奥には祭壇が設えられており、その上には巨大な巣があった。巣の上には、人が何人も乗れるような巨大な銀色の鳥がうずくまっていた。手前にはもう一羽の同じ種類と思われる巨鳥が、巨大な止まり木の上で休んでいる。
ゲーアハルトが黒蛇を呼び出したとき以上の幻想的な風景に、カルリアナは呼吸するのも忘れそうになった。
巨鳥たちがこちらに気づいた。
「二人ともいたいた。さっきの部屋にいた彼の言葉は本当だったみたいだね」
うしろから聞き覚えのある声が聞こえてきたので振り向くと、階段の前にゲーアハルトとクラウスが立っていた。
巨鳥たちと
「シュノッル大佐、ナウマン大尉、ご無事で何よりです」
「ご心配をおかけしました。右の動く床が正解だったようですね。左は落とし穴に
まったく苦労していないような涼しい顔でゲーアハルトが説明してくれる。クラウスがにこりともしないで付け加える。
「ですが、殿下が行方不明事件の犯人たちをご一掃くださったおかげで、だいぶ楽に進めましたよ。その件に関しては素直に感謝いたします」
「いや、感謝する前に加勢してくれない? こいつら、ゲアの
【神なる鳥獣教】は神鳥や神獣とされる生き物を信仰する宗教だ。【神なる鳥獣教】の信徒たちが守りたかったものとは、間違いなくあの巨鳥たちだろう。彼らは「神」として
カルリアナはディートシウスの隣に立った。
「殿下、ここはわたしにお任せいただけませんか」
ディートシウスがこちらを見る。心配そうな目だった。カルリアナは「大丈夫です」とだけ言いながら、ニコッと笑ってみせた。
巨鳥たちに向けて足を踏み出す。少し足が震えたが、毅然とした態度でカルリアナは二本の足で立ち、巨鳥たちに声をかけた。
〈失礼を承知で伺います。もしやあなたがたは、
ゴッテスフォーゲルとは、古代、この大陸に多く生息していたといわれる巨大な鳥で、長い寿命と高い知性を持ち、今は失われた一部の魔法も使えたとされている。
「神々が遣わした鳥」といわれ、アレスゲター教では愛の神の
少しの間があった。しばらくして、止まり木の巨鳥が返事をした。
〈――驚いた。信徒でもない人族が我らの言語を解するとは。信徒でも、そのように
カルリアナは神鳥言語が無事通じたことにホッとすると同時に、感動と高揚を覚えた。カルリアナの学生時代の専攻は古代語で、趣味で勉強はしたものの、絶対に使うことのない言語だと思っていたのだ。ちなみに、他にはペガサスや竜とも話せる神獣言語も勉強した。
「え……カルリアナ、そのでかい鳥と話せるの……?」
「博識だとは聞いておりましたが……まさかここまでとは……」
うしろからディートシウスとクラウスがドン引きしている声が聞こえてきた。
「幻神とは違う言語体系みたいだね。いやあ、アルテンブルク伯がついてきてくださってよかったよかった」
不可思議な存在である幻神と心を通じ合わせられるゲーアハルトだけが、楽しそうに話している。
彼らには構わず、カルリアナはゴッテスフォーゲルに問いかけた。
〈お答えいただきありがとう存じます。あなたがたは以前からこちらに住んでいらっしゃるのですか?〉
〈そうだ。ここが一部の信徒以外からは忘れ去られたあとも、先祖代々、ずっとここを
彼らはそうして身の安全を守ってきたのだ。
巣にうずくまっていたもう一羽のゴッテスフォーゲルがくちばしを開いた。
〈ですが、事情が変わりました〉
〈事情、とは?〉
〈数十年ぶりに、わたしたちのあいだに卵が生まれたのです〉
カルリアナは納得がいった。
〈そうですか。あなたがたと信徒たちは卵を心ない人族から守るために、ここを訪れた冒険者たちを排除なさっていたのですね〉
〈そのとおりだ。卵を守るために信徒たちが侵入者たちを
カルリアナも複雑な気分だった。卵を動かせない以上、彼らは身を隠すこともできなかっただろうし、信徒たちに頼るしかなかったのだろう。卵を守るために幾人もの命が失われたことには憤りを感じるが、だからといって、卵にはなんの罪もない。
カルリアナはゴッテスフォーゲルたちに、話をしてくれたことへの礼を述べると、ディートシウスたちに事情を説明した。
「……ふーん、卵を守っていたのか」
ディートシウスは腕を組みながら考え込んでいる。
ゲーアハルトがゴッテスフォーゲルたちを横目に言った。
「保護してあげたらどうかな? どの種族だろうと、どんな生き物だろうと、子どもを守る親は命懸けなんだから」
クラウスも口添えする。
「わたしもシュノッル大佐に賛成です。これ以上、無駄な血を流す必要もないでしょう」
カルリアナは頭上にあるディートシウスの顔を見上げ、祈るような気持ちで呼びかけた。
「殿下、お願いいたします。卵を守り、これからヒナを育てていかなければならない彼らは弱者です。どうか、保護してあげてください」
ディートシウスは腕組みを解くと、ほほえんだ。
「カルリアナ、彼らとの通訳を頼む」
「はい」
ディートシウスの意図が読めないカルリアナは、緊張しながら彼とともに、再びゴッテスフォーゲルの夫婦の前に進み出た。
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