第21話 事件の犯人

 カルリアナとディートシウスは進んだ先にあった階段を上り、三階に到着した。魔物を倒しながらさらに先を急ぐ。奥には大きな両開きの扉があった。今まで見た、小部屋に続く扉とは明らかに違う。

 ディートシウスが扉をつつく。


「いかにも、何か出てきそうな扉だよねー」

「同感です」

「んー、俺が扉を開けるから、カルリアナは下がっていてよ」

「……大丈夫でしょうか」


〝扉の先に「危険人物たち」が待っていて、殿下が攻撃を受けたら〟と思うだけで胸が苦しくなった。


「大丈夫大丈夫、俺が強いのはカルリアナも知っているでしょ? 念のため、物理防御力強化と魔法防御力強化を重ねがけしておいて」


 カルリアナはディートシウスに言われたとおりにした。

 ディートシウスがおもむろに両手を使い、扉を開ける。

 次の瞬間、ひゅんひゅんと音がし、ディートシウスに向け無数の矢が放たれた。


(罠!)


 即座に抜き放った剣と氷結魔法で、ディートシウスは矢を叩き落とす。そのまま両腕を交差させ、扉の向こうに飛び込んだ。顔は正面に据えつつ、こちらに向け叫ぶ。


「カルリアナ、来い!」

「はいっ!」


 このまま扉が閉まったら、おそらく分断されてしまう。そうなればディートシウスを援護できないし、取り残されて魔物の餌になるだけだ。

 カルリアナは覚悟を決め、扉の中に転がり込む。

 中は暗かった。あるのは魔道具の小さな光だけで、目が慣れるまでに時間がかかりそうだ。


 武器を打ち合わせる音が響き、ときおり暗がりに火花が散った。

 魔法による赤い炎がボッと上がる。

 目が闇に慣れてくるとディートシウスが数人と戦っているのがわかった。

 ディートシウスが剣を振るう。対峙たいじしていた男の戦斧せんぷが、紙のように切れ、真っ二つになった。


(あれは……魔法?)


 どんなに魔法で攻撃力を強化したところで、あれほどの力は出せないはずだ。

 カルリアナが目をみはっているあいだにも、ディートシウスは次々と敵と斬り結び、戦闘不能にしていく。最後に残った魔法使いふうの女は、魔法を放つ前にディートシウスに手刀を食らい、倒れ伏した。


 ディートシウスはようやく静止し、呼吸を整えている。カルリアナは彼に駆け寄った。ディートシウスがまとう、魔法防御効果のある戦闘服が少し焦げた臭いを放っている。


「大丈夫ですかっ!?」


 ディートシウスはほほえんだ。


「カルリアナ、無事でよかった。君に攻撃がいかないよう、ちょっとだけ本気になっちゃったよ。久しぶりに固有魔法を使った」

「固有魔法……もしかして、魔力で攻撃力を上げられるのですか?」

「大当たりー。【攻撃倍加】っていうんだ。武器や手足に魔力を込めると、調整次第でダメージを何倍にもできる。今のところ、最大で二十倍くらいかな」

「すごいことはわかりましたが、あまり無理はなさらないでください。心臓がいくつあっても足りません」


 カルリアナはディートシウスの手を取り、軽い火傷を負った左手の甲に魔力を集中させた。光に包まれた患部が治っていく。

 ディートシウスは火傷のあった手の甲を見つめた。そのあとで、手の甲を自身の頬に当て、幸せそうな顔をする。


(その仕草はずるいです……それに、そんな顔をするなんて)


 まるで自分がディートシウスの頬に触れているかのような気分にさせられて、カルリアナは赤面した。


「う……」


 ディートシウスに敗れ、倒れていた男がうめき声を上げた。ディートシウスは表情を消すと、男の傍らにしゃがみ込み、その髪をつかみながら頭を持ち上げた。


「で、お前らは何者?」


 カルリアナは慌てた。


「殿下! さすがに怪我人にその扱いは……」


 ディートシウスはにっこり笑う。


「カルリアナは優しいなあ。でも、こいつらは俺たちを殺す気で向かってきたからね。これくらいで文句は言わせない」


(これは……本気で怒っていますね)


 カルリアナに危害が加えられそうになったことで怒ってくれるのはうれしいが、捕虜の扱いに責任のある陸軍元帥がこれでは困りものだ。

 ディートシウスに無体なまねをされても、男はうめくばかりで口を割ろうとしない。ディートシウスの行為が拷問になる前に、カルリアナは男の傍らにしゃがみ込む。


「あなたがたは【神なる鳥獣教】の信者たちですね?」


 男が驚いたようにこちらを見る。

 カルリアナは部屋に入る前に導き出した推論を述べた。


「ここ【聖地】は、【神なる鳥獣教】にとってはまさしく神域です。あなたがたは神域を荒らす冒険者たちを排除していた……そうでしょう?」


 男は目だけでうなずいた。

 ディートシウスが怪訝けげんそうに眉をひそめる。


「だけど、冒険者たちが行方不明になったのは最近のことでしょ? それ以前からここは魔石の採掘場だった。今になってなぜ」

「今までは【聖地】そのものが保たれていれば、多少のことには目をつぶれたのではないでしょうか。おそらく、最近になって是が非でも【聖地】の奥に冒険者たちを近づけたくない理由ができたのでしょう」

「この奥に進めば、その理由がわかるってわけか」


 ディートシウスのせりふに反応し、男が初めて言葉を発した。


「約束してくれ。この先においでになる方々には、決して危害を加えないと」


 ディートシウスが低く、冷たい声を出す。


「勝手な言い草だな。ここに来た冒険者たちは一人残らずお前らに殺されたんだろう? それなのに、自分たちの大切なものは守ってほしい? 死んだ冒険者たちの遺族に同じことが言えるのか?」


 男は黙り込んだ。

 ディートシウスの怒りはもっともだが、カルリアナはまた別の意見を持っている。カルリアナはディートシウスの美しく冷ややかな瞳を見据えた。


「殿下、お怒りになるお気持ちはわかりますが、まずは彼らがそこまでして守ろうとしているものを実際に見定めてから、ご判断をなさるべきではないでしょうか。わたしはそれほど熱心な信徒ではありませんが、それでもアレスゲター教の神像や聖典が汚されたらと思うと、怒りが湧きますし、大切に守らなければと思います。彼らも似たような気持ちなのではないでしょうか」


 国教の名を出したカルリアナの言葉に耳を傾けていたディートシウスが、ふっと表情を緩めた。いつもの彼の顔だ。


「君がそこまで言うのなら仕方ないね」


 ディートシウスは再び男を見下ろした。先ほどの冷酷な表情とは違い、威厳のある顔つきだった。


「よかろう。わたしはこの国の王弟だ。そなたたちが守りたいと思っているものにそれだけの価値がある場合、庇護ひごできるだけの権力は持っている。この目でしかと見定めさせてもらおう」


 男が祈るような目で「……頼みます」と言った。ディートシウスはうなずいてみせると、立ち上がり、こちらを向いた。


「行こう」

「はい」


 ディートシウスのあとに続きながらカルリアナは思った。


(普段はあんなだけれど……殿下はやはり王族なのですね……)


 それが喜ぶべきことなのか、それとも悲しむべきことなのか、今のカルリアナにはよくわからなかった。

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