第3話 青年の正体(後半ディートシウス視点)

 一瞬、間を置いて、青年は端麗な唇を開いた。


「……なぜ、わたしがディートシウスだとわかった?」


 やはり、彼の正体は王弟ディートシウスで間違いないようだ。


「王族のお方は品が違います。どんなにそこいらの青年のような態度をおとりになっていても、お言葉の端々に高い教養と品のよさがにじんでしまわれるものです」


 実をいうと、ディートシウスは新聞に絵姿こそ載ったことがないものの、噂に聞くその美しさは女性司書のあいだでもたびたび話題になることがあった。

 そのときは特に興味もなく聞いていたし、カルリアナにとっては自分の容姿のことを異性に噂されるのはあまり気分のいいものではないので、彼には黙っておくが。自分がされて嫌なことは人にはしない主義だ。


「それに、殿下は先ほど、シュテルンバールの住民のことを『領民』とお呼びになりました。シュテルンバールはディートシウス殿下のご領地ですから」


 カルリアナの話を聞いているうちに、正体を言い当てられて面食らっていたディートシウスの表情が、おもしろがっているふうに変わっていった。


「ふーん。王弟は他にもいるのに、そんな些細ささいなことでわたしの正体に気づいたんだ。お忍びで出掛けても、今までバレたことはなかったのに、さすが凄腕司書。君、名前は?」


 ちょっと嫌な予感がした。理由はわからない。初対面の相手に「婚約破棄された女」だと思われるのがしゃくなのかもしれない。カルリアナを心配して教えてくれた友人によると、半年前は社交界でも「新しいアルテンブルク伯が婚約破棄された」と噂になっていたようだし。まったく、みなどこで聞きつけてくるのやら。

 それでも、正直に答えるしかないだろう。彼はこの国の王弟なのだ。


「……アルテンブルク伯カルリアナと申します」

「ああ、君が最近爵位を継いだっていう。兄から聞いているよ」


 意外にも、ディートシウスは婚約破棄について触れなかった。不思議とカルリアナは安心する。


「お耳汚しでございました」

「お父君が亡くなって、大変だったね」


 カルリアナは息をんだ。ディートシウスの表情も口調も、気遣いにあふれ、心からこちらをいたわっているように見えた。父が亡くなったあと、オイゲーンがこんなふうに接してくれたことがあっただろうか。


(いえ、ありませんね)


 比較対象が他にいないからとはいえ、オイゲーンなんかと比べて悪いことをした。そう思っていると、ディートシウスは元の軽薄そうな表情に戻った。


「ありがとう、アルテンブルク伯。助かったよ。このお礼はのちほどさせてもらうねー」


 はしゃぐように指の長い手を振りながら、ディートシウスはこちらに背を向けた。護衛らしき亜麻色の髪の青年がディートシウスに敬礼し、王室図書館のエントランスを出ていく彼のうしろに付き従う。


(変な方……)


 シュテルンバール公爵、王弟ディートシウス。軽薄そうでいて、真摯なところもある人。少なくとも、彼が領民を救おうとしているのは本当のようだ。

 印象の定まらないディートシウスのことを考えながら、カルリアナは彼が扉の外に消えるまで、そのうしろ姿を見送った。


   ***


 王宮内には王室専用の転移魔法陣がある。

 ディートシウスは部下たちを連れ、その転移魔法陣からシュテルンバール州へと移動した。アルテンブルク伯カルリアナからレファレンスの結果を聞いた三時間後のことだ。

 王宮とシュテルンバールをつなぐ転移魔法陣は州都の城内にある。転移魔法陣を出たディートシウスは真っ先に領主の執務室へと向かった。


 執務机の席に着くなり、先にシュテルンバールに向かわせていた副官のゲーアハルト・フォン・シュノッル大佐が、報告書を持って現れた。切れ長の目と爽やかな雰囲気が印象的な青年だ。


「殿下がご到着前にお命じになった調査の経過報告でございます」

「うん」

「食中毒にかかった領民が事前に食していた食べ物を、調査班に再調査させましたところ、リンデルの燻製くんせい肉を食べていた者が圧倒的に多かったということでございます」


「やはりそうか。今まで、リンデルの肉が原因だと気づいた者がいなかったのはなぜだ?」

「リンデルの燻製肉による食中毒は、発症まで最大で百二十時間ほどかかるうえに、人によって発症する時間がまちまちなのだそうです。しかも、牛疫の影響でシュテルンバールではリンデルの燻製肉を食べていない者のほうが少ないですから。そのせいで、医師も調査班も気づくのが遅れたのだと思われます」


「なるほどな。リンデルの燻製肉の廃棄とともに、不衛生による食中毒の危険性を領民に周知徹底させよ。領民に安全な肉を配給する用意があることも知らせ、その準備を急がせよ。治療に当たっている医師たちに原因を知らせることも忘れるな」


 ゲーアハルトが敬礼する。


「は」


 指示を終えたディートシウスは緊張を解くと、だらりと椅子にもたれかかる。ゲーアハルトも表情から硬さを消し、くすりと笑った。


「おいおい、国王陛下を除けば三人しかいない我が国の元帥閣下が、そんなことでどうする? もっと威厳を持たないと」


 ディートシウスはすねた目でゲーアハルトを見上げる。


「お前の前でくらいいいじゃないか。昔なじみ以外の部下には、ちゃんと元帥らしく接しているぜ」

「君はむしろ、部下以外への接し方が問題なんだが……。チャラいってよく言われない?」


 ゲーアハルトは王族や貴族が通う王都の学院・太陽学院時代からの親友だ。それだけに言動にも容赦がない。


「うーん、確かにまだ会ったばかりなのに、アルテンブルク伯がまるでゴミでも見るかのような目を俺に向けてきたんだよなあ。やっぱり、俺の態度が原因かな?」

「……多分」

「そうかー。それは困ったな」


 カルリアナとはまた会いたいし、お礼もすると約束した。いつまでも自分に対する彼女の評価が「ゴミ」のままでは困る。

 華麗な身分や容姿を持つがゆえに黙っていても女性が寄ってくるディートシウスにとって、女性の評価を上げたいと思うこと自体、めったにない経験だ。

 ディートシウスがため息をつくと、ゲーアハルトがプッと吹き出した。


「そんなにディートを困らせるなんてね。君から話を聞いたときは半信半疑だったが、アルテンブルク伯はすごいな。現場に足を運んでもいないのに、ここまで正しく原因を推測できるとは……司書にしておくにはもったいない逸材だ」

「だろ?」


 ディートシウスはニッと笑った。その瞬間、あることを思いつく。


(そうか、そうすればいいんだ……!)


 ゲーアハルトが不思議そうに尋ねる。


「どうした? 悪さを思いついた子どもみたいな顔をして」

「そのうち話すよ」


 ディートシウスはにこやかに応えると、頭を切り替え、領地の混乱を収束するための仕事に取りかかったのだった。

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