第2話 レファレンスの結果
「自分の評判について詳しくは存じ上げません」
カルリアナが素っ気なく答えると、青年はおかしそうに笑った。そんな表情さえも絵になる男である。おまけに声も女性ならば聴き
「うーん、そうかあ。でも、聞いていたとおりだ。三つ編みにしたダークブロンドの髪に、奇麗な
自分の容姿までもが話題になっていると知って、カルリアナは嫌な気持ちになった。男性目線で容姿をああだこうだと評されることに嫌悪感すら覚える。さっさとレファレンスを終えて、目の前の「顔と声だけはいいが軽薄そうな男」を追い払ってしまうべきだろう。
「それで、お調べになりたいこととは?」
カルリアナが冷淡に問うと、司書長が慌てた顔になった。
「伯爵、このお方は……」
「いや、いいよ。わたしは
一見寛容なせりふだが、自分の軽すぎる言動は一切省みないところが余計に腹が立つ。彼のいわゆる「チャラさ」を前にしていると、どうしても軽々しく浮気をしたオイゲーンのことが頭をかすめてしまう。
司書長の態度から察するに、彼は相当高貴なお方だろう。だからといって、愛想よく接する気にはなれなかった。
(何より本人が、わたしにそんなことを期待しているわけではなさそうですし)
青年は再びカルリアナに顔を向ける。
「わたしの故郷はシュテルンバール州なんだけど、最近になって食中毒が猛威を振るっていてね。あ、新聞にも載っていたから、知っているかな? その原因が知りたくてね」
「それなら、現地にいらっしゃるか、シュテルンバールの住民のお話を聞いたほうが早いのでは?」
「んー、まあ、そうなんだけど、領民の話だけでは現状把握が精一杯でね。自分で文献に当たったほうが原因究明にたどり着けるかなー、と思っていたところに、凄腕司書の話を聞いたってわけ」
(あれ……?)
彼の言葉にわずかなひっかかりを覚えたものの、カルリアナは淡々と応対した。
「司書は医師ではないので、ご期待に添えるかわかりませんが、ご指名いただいた以上は善処いたします」
青年はにへらと笑った。
「うん、よろしくー」
カルリアナは非常に腹の立つその反応を無視することにした。問い合わせの内容は「シュテルンバール州ではやっている食中毒の原因」だとわかったのだから、手早く仕事に取りかかるべきだろう。
彼と話しているとイライラするが、自分も興味がある件を質問されたことを幸運だと思おう。そうでも思わないとやっていられない。
カルリアナは尋ねた。
「食中毒の詳しい症状をお聞かせください」
「最後に食事を
「かしこまりました」
カルリアナは医学の書架に移動した。頼んでもいないのに青年もついてくる。カルリアナは彼には構わずに、先ほどの整架(書架整理)のときに目をつけていた医学の本を取り出し、中身をパラパラと閲覧し始める。シュテルンバールの食中毒事件について書かれた記事の内容を思い返しながら、数冊の本に目を通していく。
(ふむ……そういえば以前、新聞に……ということは、魔物学と獣医学の書架にも当たってみたほうがよさそうですね……って!?)
急に隣に気配を感じ、カルリアナはびっくりしてそちらを見た。青年が書架の本を手に取り、ページをめくっている。自分の目線よりもずっと高い位置にある、その顔をそっと見上げると、彼の緑がかった青い目は真剣そのものだった。
(この人……)
使用人がなんでもしてくれる貴族の子女は、司書が資料を探しているあいだも、何もせずに椅子で休んだり、黙って突っ立っていたりする者が多い。それなのに、彼はカルリアナと一緒に資料を探している。
(もしかして、軽薄なのは表面だけ……?)
不意に襲ってきた動揺を鎮めるために、カルリアナはページをめくる手を速めた。
医学の本の隣に排架されている魔物学の本に目を通したあと、産業の書架に移動し、獣医学の本を手に取る。そのあとで、技術、工学の書架に向かい、食品、料理の本に当たる。
(ふむ、まだ少し確証が足りませんね)
今までに得た知識を頭の中で組み合わせながら、最後に自然科学の書架に戻る。生物科学、一般生物学に分類される微生物学の本と基礎医学に分類される細菌学、微生物学の本をどちらも見ていく。
(……あら? ここにあったはずの本が借りられているようです。困りましたね。仕方ありません、あれを使いますか)
カルリアナは魔力を集中させる。魔力で形作られた光を放つ本が空中に現れる。本は自ずからパラパラと開かれ、鳥のようにカルリアナの両手に降りてきた。
いつの間にかこちらに近づいてきていた青年が、ただでさえまばゆい、緑がかった青い瞳をキラキラさせて具現化された本を眺めている。
「それ、もしかして君の固有魔法?」
「そうですが……」
「どんな効果のある魔法なの?」
「かつて読んだ資料の知識を本として具現化できる魔法です。うろ覚えの知識でも再現可能で、出典も表記される優れものですよ」
「へーえ、便利だねー」
固有魔法は発現年齢に差はあれ、魔法を使える者なら誰でも持っているとされる。生まれつき決まっている場合もあるが、年齢を重ねてから発現する場合は、どんなものにするかをある程度自分で調整できる。個人的な趣味で現在の形になった固有魔法【知識具現化】は、職務上、おおいに役立っていた。
一時的に物質化した魔法の本をめくりながら、カルリアナの中で最後のピースがはまり、点と線が
「わかりました」
青年が驚いた声を出す。
「えっ、もう?」
「はい。結論から申し上げますと、その食中毒はリンデルという魔物の肉が原因だと思われます」
リンデルとは四本の角を持つ大型の魔獣で、牛肉に味が似ており、古くから食用として狩りの対象になっている。
青年はわずかに頭を傾けた。
「人族がリンデルを食べるようになったのは、昨日今日の話じゃないでしょ。なんで今になって」
「今が冬だからです」
カルリアナの答えに、青年は目を瞬いた。カルリアナは説明を続ける。
「以前、シュテルンバールでは牛疫で家畜が大量死している、と新聞で読みました。その代替食としてリンデルの肉を食べている、とも。秋に冬場の保存食として多く作られる
「あっ、そうか……」
「はい。リンデルは美味ですが、他の肉よりも細菌が繁殖しやすく、手や調理器具を十分に消毒してから燻製にしないと、食中毒を起こしやすくなるのです。参考文献をご覧になりますか?」
青年は首を横に振った。表情が先ほどまでよりも明るく、まぶしいくらいだった。
「いや、君を信用するよ。原因も推測できたことだし、すぐに現地に向かおう」
(やっぱり、この人の正体は……)
カルリアナは今回のレファレンス以外にも密かに気になっており、同時進行で推理していた彼の正体に、ようやく確信が持てた。レファレンス成功の達成感もあって、いたずら心が芽生える。気に食わない軽い態度の意趣返しに、ちょっと意地悪くにっこり笑いながら、具現化した本を消す。
「お気をつけて、ディートシウス殿下」
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