第二部 3話 合格と社宅

 目の前の友人は右往左往している。

 ここ一週間は卒業制作に集中していたがそ、ろそろ会社の合否の通知連絡が来るのだからその気持ちは分からなくはない。

 そうは思っていても、瑠璃には少しうっとうしく感じられた。

「今日バイト休みなんだから、早く帰ったら?」

 右往左往していたさくらはピタッと足を止めて瑠璃の方へ視線を向けた。

「か、帰ったら、合否便届いてるかな」

「知らない。知りたいなら早く帰ったら?」

 さくらの体が固まった。面接の雰囲気はよかった。しかしいい雰囲気だとお祈りが来るという話もある。実際に今までそうだった。何十社も会社の面接を受けて、良い雰囲気になるとお祈りメールが届く。

「目障りだから早く帰れば?」

 瑠璃は我慢ならずに本心を吐き出した。

「ご、ごめん。帰って結果を受け入れます」

「はいはい。じゃあね」

 さくらは速足でその場を後にした。



 帰宅後、さくらはポストを開け中を確認する。中身は空。さくらは深呼吸をして家へ入る。

「ただいま!」

「おかえりー。荷物届いてたよ」

 母親が指さした先には、一つのレターパックが机の上に置かれていた。

 さくらは急いでレターパックを破り、中を確認した。

 中にはクリアファイルが二つ入っており、一つは合否結果書。もう一つは契約にあたっての社宅案内書と契約書だった。

「あ、あ……ああ!」

 この中身だけで結果がどうだったかがわかる。

 さくらは合否の用紙を表に返し、大粒の涙を流した。

「やったーー!」

 大声に驚いたのか、さくらの母は肩を震わせて背後にいる娘に振り返った。

「な、なに?」

 さくらは困惑する母の元へ駆け寄り、合格と正社員契約書を見せつけた。

「やったよお母さん!あの洋子先生の会社に入れるの!こんな嬉しいことある!?ないよ!あたし本格的にこの世界に入れるんだよー!」

 涙声になりながら用紙を押し付けてくる娘に戸惑いを隠せないが、母は優しく微笑んで言った。

「良かったね。これから本格的に夢を掴みに行くんだから、気を抜かないようにね。おめでとう、さくら」

 さくらは母に潤んだ瞳を向けて、次いで満面の笑みを見せた。

 きっと、この瞬間は人生の中で上位に来るほどの幸福な時になる。彼女はそう思いながら、用紙片手に自室へと向かった。

 ゆっくりと扉を開けて、部屋の電気を付ける。

 足元にあるお姫様たちの村を跨ぎ、椅子に辿り着くと机に向かい腰かけた。

 資料の中から取り出したのは社宅案内書と契約内容書。

 契約内容を一通り確認する。

 理不尽すぎる内容でなければ断る理由はない。

 さくらは次いで社宅の案内書を手に取った。

 必要最低限なもの、キッチンや冷蔵庫。机からテレビも備え付けられており、ベッドまでも付いているようだ。

 部屋の広さは今いるさくらの部屋とほぼ同等。ただベッドが大きいのと折り畳みでないのが気になってしまう。そして何より借り物の社宅。新入社員は数年ここで集中強化として過ごさなければならなかった。

「……あれ?もしかして、お人形さんたち、連れて行けない?……というか、こんな狭い部屋、みんな連れて行けない」

 人形がいるのが日常で、今にいたるまで疑問にすら思わなかった。

「それに、これから一人前になるには、お姫様たちにかまってあげられる時間が無くなる……」

 さくらは部屋に広がるお姫様たちの村を見た。

 さくらが作った人形たちの部屋。この馬車とお姫様たちと別れるのは寂しいが、自分の夢と人生、生活の為だと言い聞かせて、契約書にサインをし封筒に入れてポストへ投函した。

「大丈夫。お母さんたちはここにいるんだから。二人はお人形さんたちの手入れはお手の物だもんね」

そう自分に言い聞かせた。

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