第4話 これからの事

 お姫様が決意をした日の月が太陽と交代のハイタッチを交わした日、さくらは部屋の片づけをしていました。

 壁に貼られた森の壁紙は剥がされ、天井の空も床の森や原っぱも剥がされ、白い壁とフローリングが姿を現しました。

 既にゴミ袋は五袋に達しております。 

 どんどんと減ってゆく国を見ていくのは、お姫様にとっては複雑な気分にさせられますが、それでもそれは仕方のないことだと言い聞かせて、お姫様はさくらの片づけをお城の窓から見守っておりました。

「姫、気持ちは固まったかな」

 窓の外のさくらを見守っていたお姫様に、王様は質問を投げかけます。

 お姫様はゆっくりと振り返り、意を決しながらもどこか悲しそうにした顔を王様へ向けました。

「わたし、さくらの事を笑顔で見送ることに決めました」

 王様は頷き、近くのテーブルまで戻り、席に着きました。

 そこにはお妃様もおり、お姫様は三人でお茶会を行うことになりました。

 お人形はお茶は飲めませんが、ティーポットもコップもケーキもすでに用意されているので、用意されたケーキの前の席に腰かけ、なんてことはないお話を始めます。

「ごめんなさいね。あんなにおびえるとは思っていなかったの。まさかお人形だと言うことを忘れていたとは思わなかったわ。王様が確認するまで半信半疑だったの」

「いいえ、良いんです。これが現実だというのなら、それを受け入れなければいけないのなら、私は何時でも受け入れます」

 そう言うお姫様の両手は震えておりました。

 本当は、まだこれは夢だったのだと思いながら、夢から覚めたかった。

 これ以上沈んではいけないと、その考えを捨てようとしますが、今までの17年間を想うとそう簡単には捨てることはできません。

 暫くの沈黙が流れると、お城に足音が近づいて来たのが分かったので、お姫様たちは所定の位置について、さくらがお城を開けるのを待ちます。

 キイッとお城の前扉が開かれると、さくらはお城の中にいた兵士や侍女たちを手に取り、薄い紙に巻いて段ボールへと詰めていきます。

『ふう……』

 さくらは息を吐いて、バタンッとベッドのある後ろへ倒れ込みました。

『さすがに疲れた』

 彼女が片づけを始めて既に三時間。ずっと動き続けていたためか、腕が痛んでおりました。

 お姫様は立ち上がったさくらに持ち上げられて、そのまま家の外まで連れられました。

 外の桜の木には大きな蕾がいくつも飾られ、今にも大輪の花を咲かせようとする命を感じます。

 お姫様がさくらと出会ったのも今と同じくらいの時期でした。もうすぐ花が咲き、新しい出会いと暖かい日差しに心躍る陽気。そんな景色を見ながら、さくらとその両親と一緒に新しい家へと向かっていたのを覚えています。

 さくらは嬉しそうに笑いながらお姫様の入っている箱を抱きしめて、あたしの妹なの、と言っていた記憶も微かに思い出します。

 さくらが連れて来てくれたのは近場の公演のベンチ。

 彼女は何か嫌なことがあるといつもここのベンチに座り、目の前で元気に遊ぶ子供たちを見て気を紛らわせています。

『うーん……。でもなあ。心残りはあるけど……集中したいし』

「どうしたの?どうしてそんなに寂しそうなの」

 さくらは上の空でお姫様の頭を撫でています。撫で終わったかと思えば、彼女は無意識にお姫様の髪で編み込みを始めました。

 いつも可愛く髪形を作ってくれるので、お姫様はこの時間が好きですが、もうすぐ別れの時間が来るのだという考えと、さくらのあまりにも寂しそうな表情を見ているからなのか、お姫様自身も段々と寂しさと不安で圧し潰されそうになってしまいます。

『お姉ちゃん?』

 さくらの隣から声をかけて来たのは、ユードリッヒを抱きかかえた紅葉です。小首を傾げてさくらを見ています。

『紅葉ちゃん。どうしたの、こんなところで』

『お引越しのお片付け全部終わったから遊びに来たの』

『そうなの』

 紅葉はさくらの隣に座り、同じように空を見上げます。

『あのね。お人形さん用に小さなお部屋を貰ったの。これでお姉ちゃんのお人形さんみんな一緒に暮らせるよ』

『ありがとう。でもお母さんの説得大変だったでしょ?』

『うん。でもね、パパも一緒に説得してくれたの』

『お父さんもお人形好きなの?』

『えっとね、アンティーク?っていうのが好きなんだって。ママは数が多すぎるから反対だったんだ』

『そうなんだ。確かにあのシリーズはファンシーなアンティーク風がコンセプトだから、好きな人はとことん好きなんだよね』

 そうなんだ、と紅葉が答えると話が途切れてしまいました。さくらは話したいことがあるのに、自分がお願いした手前、このようなお願いはできない、とその言葉を必死になって飲み込みます。

『あのね、お姉ちゃん』

 紅葉の方へ頭を下げると、真剣な視線を向ける紅葉と目が合いました。

『お姉ちゃんお人形さんの服作れるんだよね?』

『うん。裁縫は得意だよ。それがどうしたの?』

『あのね。わたしにお裁縫教えてほしいの。ママは不器用だから。お手紙とかでもいいの。お姉ちゃんのお人形さんたちに、ずっと可愛くいてもらいたいし、ユードリッヒ君にもいろんなお洋服着てほしいから』

 真剣な瞳が徐々に不安に変わっていく様子を見て、勇気を出して話を切り出してくれたとさくらは思いました。

「紅葉ちゃん。そんなに私たちの事考えてくれていたの?」

「彼女は本当に僕たちのことが好きなのですよ」

 お姫様の言葉にユードリッヒが応え、話を始めます。

「僕は彼女のおばあさまのところから来たのですが、いくつもある人形の中から迷わず僕を選んだのです。それから僕のきちんとした手入れや傷ついた時の対処法、それらを真剣に勉強なさっていました。僕はそれがとても嬉しかった。だから僕は彼女のことが大好きなのです」

 その気持ちはお姫様にも分かります。

 お姫様の場合は数ある中から選んでもらいましたが、さくらは一度お姫様が傷ついたことに心底悲しくなり、それからお姫様たちのことを勉強して、裁縫の腕を上げいったのです。

 お人形を買い替えたことはありませんし、よその家の人からも新品の様に奇麗だ、と言われるほどです。

 お姫様も完璧は望みません。それでもさくらとなじように大切にしてくれるのなら、それほど嬉しいことはないでしょう。

 さくらと紅葉は話を終わらせたのか、お互いに立ち上がってそれぞれの家へ帰っていきました。

 お姫様は決めました。さくらを笑顔で送るだけでなく、これから大切にしてくれるであろう紅葉にも、とびきりの笑顔と楽しい時間を送ってもらおうと、そう心に決めたのでした。

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