第3話 お姫様の憂鬱

 お城に着いて、お姫様は王様とお妃様に先ほどのお話を伝えました。

 お二人はきっと悲しむか慰めてくれると、お姫様は思っておりました。

 しかしそんな思いとは裏腹に、王様もお妃様も溜息を吐くだけでした。

「だから言っただろう」

「……えっ」

「わたくしたちにはこれはどうにもできないことなのよ」

「……なんで」

「私たちに夢は見られない。ごく稀に見られるものがいるらしいが、それを叶えられるものは一人もいない」

「どうしてそんなことを言うの……」

 お姫様は痛い胸を押さえて頭を下げてしまいました。

 泣きそうで泣けないお姫様を見て、王様は一つ質問を投げかけました。

「何故泣けないのがわかるかい?」

 王様の言葉に、お姫様は顔を上げました。

 お姫様は分からないのか、とぼけているのか。王様には分かりませんでした。

 お姫様は体を震わせて、またも俯いてしまいました。

 しばらく沈黙が流れましたが、王様がそれを破ります。

「姫。君にとっては辛いことだろうが、君が涙を流せないのは……、君が人形だからだ」

「……えっ」

 お姫様は驚き、顔を上げて後ずさりしました。

 王様の言っていることが分からない。分かりたくない。お姫様は頭を押さえて必死に今起きている現実を振り払おうとします。

「だから言ったのですよ」

 お妃様は悲しそうにして、お姫様へ手を差し出しました。

「わたくしたちは、いつも口酸っぱくして言っていたでしょう?」

「……あ。……ッ、あぁ……!」

 さくらと仲良くしていると必ず言われる言葉。

〈後悔と悲しさしか残らないから止めておけ〉

〈そのうち必ず捨てられる〉

 それが人形の最期であるのなら、お姫様以外は全員自分が命無き人形であることを自覚していたのでしょう。

 現実を受け入れられないでいるお姫様を見て、お妃様はおもむろにスカートをたくし上げました。

 お姫様は驚き目を背けました。

「目を背けないで。ほら、分かりにくいかもしれませんが、球体関節が付いているでしょう?」

 お姫様は恐る恐る、震えながらお妃様の方へ顔を向けました。

 分かりにくいですが、球体のようなものが膝に埋め込まれているのが見えました。

「私たちはファンシーをコンセプトに創られた人形だ。それは変えられようのない事実だ。そして、君の大好きなさくらは、生活の変わり目に私たちと別れることを決めた。彼女も苦渋の決断をしたのだ。だから、姫も決別を果たしなさい。ずっと苦しいのは嫌だろう」

 お姫様は再び走ってお城から飛び出しました。

 道の端には村人たちがひそひそとお話をしているのが分かります。

「嫌だよぅ……」

 お姫様は走った先にあった樹木の側で蹲り、しゃくりを上げました。泣けないからしゃくりを上げる。胸が痛いはずなのに、真実を告げられてから痛みがなくなりました。あれは夢だったのでしょうか。それは今のお姫様には分かりませんでした。

 


 月が真上に上がり、冷たい風が吹くころ、さくらがお姫様の髪を梳かしに来ました。

 さくらは寂しそうに鼻歌を歌いながら、愛おしそうにお姫様の頭を撫で、髪を梳かします。

『姫ちゃんと出会って17年。姫ちゃんのおかげで服を作るっていう夢を見つけて、専門学校に行かせてもらえて、きちんと就職先も見つかった。いつかは手放さないといけないと分かってた。でも、いざとなったら寂しいなあ……』

 さくらの手が震えているのが分かりました。

『昔は、お人形さんは夜中に動くのよ、ってお母さんに言われて、本気で信じてたっけ。このお姫様も、あたしと一緒で楽しいと思っていてくれたらうれしいと良いな、って思ってた」

 17年間。壊さずに大切にされ、洋服が破ければ必ず直してくれて、新しいお洋服も作ってくれる。汚れも丁寧に取ってくれて、自分がどれほど大切にされ続けていたのかが改めて分かり、お姫様は必死に言葉を紡ぎだしました。

「嬉しいよ!嬉しいに決まってるじゃない!さくらと一緒で、いつも笑いかけてくれて、たまに不機嫌そうで……。だって、私、お人形なんかじゃなかったもん……」

『名残惜しいけど。もう時間ないもんね。紅葉ちゃん、お手紙くれるって言ってたし。いつでも遊びに来て、って言ってたから。落ち着いたら、また会えるよね』

 お姫様は息を飲みました。今初めて、さくらと会話がかみ合っていないことに気が付いたのです。

 今まで会話をしていたと認識していた物は、奇跡的にかみ合っているか、お姫様の返事だけなのでした。

 今お姫様の頭の中は、大切にしていてくれた思い出の温かさと、会話ができていなかった衝撃でごちゃまぜです。

『もう、寝ようかな。明日も早いから。おやすみなさい、姫ちゃん。良い夢を』

 さくらはお姫様をぎゅっと抱きかかえると、体温がお姫様にも伝わりました。

 お姫様は机の上に置かれ、お姫様専用のベットへ寝かせられました。

 さくらがベッドで眠りに着くと、お姫様は起き上がり辺りを見渡します。

 そこはさくらの一室。お人形さんたちのために彩られた村、森、そしてお城。

 室内の五分の四は、彼女がお姫様たちを迎えて十年という月日をかけて作った大きな国になっておりました。


              ******


 さくらが初めて連れて行ってくれた場所は、公園でした。

 さくらはブランコが好きだと言って、母親に止められるまで、お姫様と一緒にずっと漕いでおりました。

 よく覚えているのは遠くの大きな公園まで連れて行ってくれたことです。そこの帰りに、さくらはお姫様のお洋服を枝に引っ掛けてしまったのです。公園では一緒に食事をして、さまざまな景色を見て笑みを浮かべていたさくらの表情が一気に青ざめて、涙を溢れんばかりに流し始めたのです。

 さくらは母親にお姫様を差し出し、どうしよう、と、あたしのせいで、と混乱しながら母親に泣きついたのです。

『まあ、しょうがない子ね』

『だから車に置いて来なさいと言っただろうに』

 溜息を吐く父親に頭を撫でられると、さくらは泣きながら、だって――、と続けて言いました。

『お姫様とずっと一緒にいるって約束したんだもん。ずっと、ずーーっと一緒だって。色んな所に一緒に行きたいから……』

 色んな景色を見たいから、と、さくらはお姫様を抱きしめました。

 翌日には、さくらも手伝いながら母親にお洋服を繕ってもらい、二着のお洋服が出来上がりました。

 一着はもともと着ていたドレス。もう一つはさくらの好みであるお花のワンピースでした。

 初めて着せてもらったワンピースと、さくらのあの時の嬉しそうな表情は今でも忘れません。



               ******


 お姫様がはっきりと覚えている、キラキラとした思い出。

 お姫様は国を一望して頭を振りました。そして決めました。ここまで大切にしてきてくれたさくらを笑顔でお見送りするために、今できることを精一杯しよう。最後には笑顔で別れよう。そう決めて、お姫様は眠りにつきました。

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