第伍章 第二次日露戦争

第拾陸話 開戦

7月4日 11:58 横須賀鎮守府 伊820 士官室


「状況は、どうなってる?」


状況は最悪だ。

ロシアが宣戦布告も無しに、スクランブルに上がった空軍の新風を撃墜。

その後、三軍が共同で管理する稚内分駐地を破壊。

揚陸艦やヘリが北海道に向かって侵攻中である。


「ウラジオストックや樺太から多数の艦艇が出港、北海道目指して侵攻中です」


「国後、択捉は?」


「そちらからも多数の部隊が侵攻中です」


どうにか、米軍の手は借りずに撃退したい物だ。

宇和島に移動したのは米海軍の艦艇と航空機、それと人員のみ。

米空軍や陸軍、海兵隊はそのままだ。


「今頃は三沢から米空軍のF-16が飛び立っているでしょうな」


品川先任の言う通り、米空軍は既に行動している事だろう。

第二次日露戦争…いや、第三次世界大戦になってしまうかもしれない…。

総力戦は、何としてでも避けなくては。


現在の命令はロシアの侵攻部隊の殲滅。

日本海に展開中の潜水艦の殆どを艦隊殲滅に当てている。


〈12時のNHKニュースをお伝えします〉


時報の後、ラジオが定時ニュースの時間を告げる。

皆、ラジオに近づき、報道を待った。


〈ロシア軍の攻撃に際し、銀座首相は軍に対し迎撃を指示、ロシア政府に対し、厳重な抗議を行いました〉


「まさかロシアが攻めてくるなんて…」


彩華の残念そうな声。

あまり聞きたくはない。


「日米安保があるのに…このままじゃ第三次世界大戦ですよ」


「疾歌の言う通りだ、どうにか阻止しないと」


さて、その為にはこの戦争を極東だけで収める必要がある。

その為には日本、いや私達が奮闘しなければ。


「第一機動艦隊は演習を取り止めて日本海へ急行中。第二機動艦隊は呉を出港、全速で日本海へ向かっています」


「現在日本海に展開している艦隊は?」


「第四艦隊が舞鶴から、第五艦隊は大湊からそれぞれ出港、余市からは第一ミサイル艇隊が出撃しました」


十和田少将が冷静に報告する。

どうにか上陸する前に帰って貰わないと。

…この戦争に乗じて北方四島を奪還しようか?

いや、そんな余裕はない、ロシア軍を撃退しないと。


「ロシアの艦隊は?」


「神威岬から50kmに」


石狩平野に上陸するつもりか。

第四、第五艦隊は間に合わない。

間に合うのは余市警備府のミサイル艇隊のみ…。

後は空軍の航空攻撃、陸軍の水際作戦。


「………」


「司令…大丈夫ですか?」


「大丈夫…大丈夫なはずだよ、洛人君」


「京人です」


「あぁ、ごめん…」


声が全く同じだから聞き分けられない。

まぁ、姿を見ても分からないんだけど。


「…………」


私は今、とてつもなく動揺している。

私に日本が守れるのか?

第一潜水艦隊司令官として、本当に相応しいのか?

訓練や演習はどれも完璧にこなしてきた。

だが実践は訓練とは違う。

訓練で120点を取ろうが、その実力が実戦で発揮できるとは限らない。

私は………どうなんだ?


「紫雲ちゃん?」


「…!」


「だ、大丈夫?」


「…うん、大丈夫、大丈夫だよ…」


「…ホントに?」


「ホントだよ、私は大丈夫、問題無いよ」


彩華に心配は掛けたくない。

…でも、彩華はこの気持ちを見抜いている。

そんな顔をしている。


「…明後日に出港する、各員それまで用意をしておくように」


「「「「はっ」」」」


「我々も向かうぞ、北海道」


「「「「了解」」」」


「では、解散」


会議の解散を宣言した後、私の部屋に戻った。

会議では隠せていた動揺が一気に溢れる。

部屋に入り、ベッドに飛び込む。


「…あぁ…私は…どうしたら良いの?」


取りあえず北海道へ向かうと宣言したものの、あっちに行って何をするかは何も決めていない。

戦略すら立てられていない。


「紫雲ちゃん、お家の物、取りに行こうよ」


「…?え、あ、うん」




12:21 楠ヶ浦住宅地 七条宅 寝室


「これと…これ」


恐らく数ヶ月は帰らない。

…食材は腐りそうだ、でも仕方ない。


「あ、この子も連れて行こう」


少し大きいクマちゃんのぬいぐるみ。

私は家で寝る時、いつもこの子を抱きしめている。

この子は私の心の安定に、少しは貢献するだろう。


「紫雲ちゃん、準備出来た?」


「うん、一応ね」


また帰って来る。

帰って来るはずなのに……、とても寂しい。


「…紫雲ちゃん?」


「………」


「紫雲ちゃんっ!」


「わぁ!?」


彩華が私をベッドに押し倒す。

私の両腕を掴んで離さない。


「さ、彩華、待って、まだ軍服のまま…」


「艦内じゃ出来ないでしょ?」


「それはそうだけどさ…!?」


彩華の力がどんどん強くなる。

これは逃げられない。


「3ヶ月位、戻らないつもりでしょ?」


「そ、そうだけども…」


「だからさ…今のうちに、いっぱいシよ?」


「…仕方ないな、彩華は」




~~~~~~~~~~




7月5日 09:01 稚内市

稚内は既にロシア軍に制圧されてしまった。

空軍の奮闘により数は減った物の、それでもココを制圧するには十分な数だった。


住民の避難は8割完了したが、2割の避難は叶わなかった。

ロシアの軍政と言えば、残虐であると言うのは周知の事実。

当然、ココ稚内でも同じ事が起きていた。

街には軍民問わず死体が転がり、ロシア兵がのさばっていた。




09:04 音威子府村


「こちらホ221、防衛線の構築完了。オクレ」


『了解。指示を待て、オワリ』


音威子府村では陸軍第二師団が防衛線を構築。

迎撃の準備を整えていた。


「札幌の方じゃ、もう始まってるらしいぜ」


「そうみたいだな。国後の方から来る奴は空軍が全部沈めてくれたけどな」


「余市のミサイル艇が奮闘したらしいが、焼け石に水だよ。数十隻と居る揚陸艦と護衛艦の群れに、たった2艇のミサイル艇じゃなぁ…」


「で、沈められたのか?」


「あぁ。沈められたらしい」


発見こそ海軍が一番乗りであったが、効果的な迎撃は出来ずに損害を被るだけ。

潜水艦も攻撃を行っているが、水上艦では無く同じ潜水艦への対処で手一杯。

海洋国家たる日本が、その海軍が、何も出来ずに居る。


「主力が北海道に居ないからな…一番近くて大湊、海軍は気の毒だね」


「そこら辺にしとけ、俺らも海軍みたいに負けないと限らんぞ」


「あ、あぁ、そうだな」



09:21 札幌市 新琴似駅前


「T-90!距離200!撃てぇ!」


札幌では既に戦闘が始まっていた。

T-90と18式戦車の戦車戦、現代ロシア兵と現代日本兵の歩兵戦。

それらが北海道で展開されている。


「命中!命中!」


「!左!RPG!後退後退!下がれ下がれ!」


RPGが戦車を掠める。

外れたRPGはコンビニに命中した。


「あっぶねぇ!」


「早く下がれ!破壊されるぞ!」


遠くからジェット機の音が聞こえる。

その音はどんどん近づいて来る。


「…ん?」


車長が少しだけ外に顔を覗かせる。


「…!空軍だ!」


日本空軍主力機、10式戦闘機「新風」。

2010年に制式採用された事から10式となっている。


2機編隊の新風はRPGを放った歩兵に爆撃。

その周辺に居たロシア兵や車両を建物丸ごと吹き飛ばした。


「っしゃぁ!!」


「やってくれましたね!軍曹!」


「奴らをシベリアに押し戻してやれ!前進!前へぇ!」




~~~~~~~~~




7月6日 19:21 奥尻島近海 伊820 発令所


「ソナーに反応は?」


「ありません。平和な海です」


「これが当たり前なんだけどな」


「それもそうですね」


艦長とソナー手が話している。

普段はソナーに反応は無い。

あったとしても貨物船や漁船。

平和そのものだ。

しかし、今はそうでは無い 。

ロシア軍の艦艇を探知してしまうかもしれない。

あぁ、平和を返して。


「紫雲ちゃん」


「ん?」


「ロシア軍の増援、来るのかな?」


「来るんじゃないの?多分」


恐らく、いや絶対ロシアは増援を送り込んで来る。

初動で後れを取った我々、この増援を海上で沈める事で、陸空軍に笑われずに済むだろう。


「揚陸艦を見つけたら、即刻撃沈しよう」


「うん、そうだね」


よし…気合い入れて、頑張るぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る