第拾漆話 実戦

 7月7日 05:21 積丹岬72km沖 伊820 発令所


「ったく…こんな早朝に起こしやがって……」


「申し訳ありません。何せ敵が現れた物ですから…」


「そんな事分かってる」


 それで、敵は何だ。

 潜水艦か?水上艦か?


「ロシア軍の増援です、揚陸艦3隻、駆逐艦3隻」


「合計6隻か、気づかれたか?」


「いいえ、まだです」


「距離は?」


「500」


 良し、これは先制攻撃のチャンス!

 やるしかねぇ!


「魚雷戦用意!全管、27式装填!」


「魚雷戦用意、全管27式装填」


 魚雷装填の指示を出す。

 発射管を開ける音で気づかれるか?


「敵の様子は?」


「変わりありません、進路・速力そのまま」


 良し、バレ無かった。

 後はデータを入れて撃つだけだ。


「潜望鏡、上げるか?」


「いえ、27式を信じましょう」


「おう」


「目標はどうされますか?」


 ここは1本づつ命中させたい所だが、揚陸艦狙いで行こう。

 それぞれ2本づつ、確実に撃沈させる。


「データ入力完了、いつでもどうぞ」


「発射!」


「発射」


「魚雷、正常に作動、目標に向かっている」


 よーし、後は運に魚雷を任せて潜航するだけ。

 気づかれる前に逃げるんだ。


「潜航、ダウントリム5、深度70!」


「ダウントリム5、深度70」


 こういう時は艦長が号令を出すもんだと思ってたがなぁ。

 ぜーんぶ俺が出しちまってる。

 ま、良いか。


「魚雷、命中5秒前、4、3、2、1、今!」


「何本当たった!?」


 艦長が食い気味に問いかける。

 すっげー興奮してる。


「…全部です!全部、当たりました!」


「良くやった!」


 艦長は興奮のあまり笑っている。

 幸せそうだし、このまま放置すっか。


「駆逐艦が向かってきます!」


「バレちゃったかな…?」


「知るか」


 適当に探し回っているだけか、それとも見つかったか?

 果たして、どっちだ?


「あ、向かって来るのは1隻だけの様です」


「ほーん」


 なら前者か。

 適当に探し回ってるだけなら、このまま動かなければいい。

 見つかってるなら移動しないといけないけれども。


 こうして数分が経過した。

 どうやら、ロシア海軍の駆逐艦のソナーは伊820を探知できないらしい。

 駆逐艦は俺らを見つける事無く、去って行った。


「間一髪でしたね…司令」


「そうだな、艦長」


 これで増援は阻止できた。

 さてと、特にこれと言った命令は来ていない。

 ただ『ロシア軍を迎撃セヨ』とだけ。


「ん~…」


 うーん、積んであるトマホークでウラジオストックを攻撃出来ねぇかなぁ。

 折角、トマホークがあるってのに、使わないのはもったいない。


「ねっ、ウラジオストック攻撃しようとか考えてない?」


「やっぱ彩華にゃお見通しか~」


「勿論だよ、何年一緒に居ると思ってるの?」


「どうすっか?」


 貴重なトマホーク、効果的に使わなければ勿体ない。

 現在の戦況を確認しなければ。




 05:59 士官室


「現在、戦況は我が軍有利に傾きつつあります」


 京人君が淡々と戦況を語る。

 十和田少将と似た様な物を感じた。


「札幌市街に侵攻した部隊は壊滅しました」


 陸空軍の奮闘により、石狩平野に上陸した部隊は壊滅。

 国後の方から来た部隊は、上陸する前に空軍が殲滅。

 後は稚内に上陸した奴らだけか。


「ほぉーん…このまま増援を潰し続ければ、ロシア軍を押し戻せるって訳か」


「はい」


「でも、そんな簡単に増援を撃退出来るかな?」


 彩華の言う通り。

 今回は簡単に撃退出来たが、他がそうとは限らない。

 今回はあまりに簡単すぎる。

 何か…うーん…。


「米軍はどうなってる?」


「三沢から飛び立った機体は稚内方面に向けて飛行中です」


「偵察だけか?」


「はい」


「そんな気はしてた」


 下手に米軍が介入すれば第三次世界大戦。

 相手は超大国ロシア、WW3一歩手前。

 なんとか局地紛争の域にとどめ無ければ。


「機動艦隊と俺達が重要だな」


 それ以外は重要じゃない…って訳じゃないが、機動艦隊と潜水艦は少数で戦局をひっくり返す能力がある。

 特に潜水艦は1隻でさえも重要な戦力だ。


「機動艦隊は今どうしてるんだっけ?」


「第一機動艦隊は北方四島攻撃を下命され、明日の0415に攻撃を開始します」


 十和田少将は何でも知ってるなぁ。

 いや、俺が知らなさすぎるだけか。


「一方、第二機動艦隊は関門海峡経由で日本海に展開、敵の増援を叩きながら、稚内へ向けて航行中です」


「損害は?」


「駆逐艦1隻、巡洋艦1隻小破です」


「原因は?」


「潜水艦ですが、伊732が撃沈しました」


「場所」


「間も無く、本艦の近くを通過すると思われます」


「ほぉ、ちょっと見てみるか」


 参謀と共に発令所に戻り、潜望鏡を出す様に言う。

 敵の脅威は排除したから、暫くは安全だ。


「潜望鏡深度まで浮上せよ」


「潜望鏡深度まで浮上」


 艦はゆっくり上昇する。

 じわじわと上昇する感覚が伝わって来る。


「潜望鏡深度まで浮上、潜望鏡を上げます」


 潜望鏡が上がる。

 と言っても、昔みたいに除き穴方式では無く、ディスプレイで確認する。


「さてさて、機動艦隊はどーこーかーなー?」


「後方、3000」


 潜望鏡を後方に向ける。

 だが、まだ朝の海しか映って居ない。


「まだ見えねぇか」


「3000だもん、まだ見えないよ」


 皆して画面を見ている。

 便利な時代になったもんだなぁ。


 そして、数分が経った。

 画面に第二機動艦隊の前衛駆逐艦が映った。


「おっ、これは朝潮だな」


「分かるんですか!?」


 早疾が驚いている。

 何を驚く事があるんだ、普通だろ?


「あぁ、まぁな。彩華も分かるだろ?」


「うん!」


「す、凄いですね」


 室蘭の試験でも同じ問題があった。

 白黒写真で艦影がちょっと見えてる程度だったかな。


「あ、そういや飯の時間だろ」


「確かに、それもそうだね」


 そう思っていると、主計係がおにぎりを持って来た。

 戦闘配食って奴か。


「戦闘終わりましたけど、戦闘配食でーす!」


 シンプルな塩むすび。

 こういうので良いんだよ。


「うん、うめぇな~やっぱ」


「ね~」


 皆、配られた塩むすびを食べている。

 普段は食堂や士官室で食べるが、さっきまで戦ってたからシンプルな奴。


「第二機動艦隊、駆逐艦朝潮、本艦の真上を通過中」


「お、そうか!」


 ディスプレイには朝潮の右弦が映し出されている。

 後方には多数の艦艇が続いている。


「おっ、翔鶴と瑞鶴だな」


 空母2隻、第二機動艦隊の根幹を為す艦。

 日本海軍の主力艦だ。


「こっちには気づいてるのか?」


「潜望鏡出してますし、気づいてるでしょう」


 そろそろ降ろすか。

 流石に長く出し過ぎた。


「潜望鏡降ろせ、長く出し過ぎた」


「潜望鏡、降ろします」


 映像が途切れ、ディスプレイが真っ黒になった。

 電源は自動で消える様になっている。


「ねぇ、紫風ちゃん」


「ん?」


「北海道には来たけど、これからどうするの?」


「そうだな…まぁ、稚内のロシア軍を潰す事だな」


「陸軍は音威子府で迎撃態勢を整えていますね」


 十和田少将が地図を広げて音威子府を指す。

 ただ、北海道は広いから遠別の方を回って来そうな気もする。


「遠別は?」


「まだ到達していません」


「二機は…北上してたか」


「恐らく、西岸を南下するロシア軍に航空攻撃を行うのでしょう」


「ほーん…俺らも同調するか」


 折角トマホークを積んでるんだ、使わない手は無い。

 発射管は6基、ミサイルは24発積んでいる。


「よし、二機に着いて行くぞ」


 横須賀に連絡しないとなぁ。

 後、第二機動艦隊の正確な命令・行先を調べないと。


「横須賀に連絡、二機の行先と命令を調べさせろ、後二機に着いてく旨を伝えろ」


「はっ!」


 一等兵が走って情報室へ向かう。


「第一戦速、第二機動艦隊の後を追う、見失うな」


「第一戦速、二機に追従」


 艦が動き出す。

 身体が敏感になったお陰で少しの揺れでも反応してしまうようになった。


「紫風ちゃん」


「ん?」


「ぜーんぶ終わったら、何したい?」


「……何も考えてねぇや、俺」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る