第十肆話 呉鎮守府

 7月1日 05:11 呉鎮守府 エントランス


「まだ暗いね」


「そりゃ当然だ、まだ起床ラッパ鳴ってねぇもん」


 エントランスは最低限の明かりだけが付いていた。

 その為、エントランスはとても暗い。


「誰か居ないかな?」


「門の警務隊に聞いてみるか?」


 鎮守府司令はまだ来てないだろう。

 7時くらいになったら来るんじゃねぇのかな。

 …それまで、暇になるな。


「あ、誰か歩いてるよ」


「ん?おっ、アイツに聞いてみるか」


 廊下を歩いているアイツ、丁度いい。

 見た感じ士官だろうし、知ってるだろ。


「オイ!お前!」


「あ?何d――」


「鎮守府司令、いつ来るんだ?」


「ちゅ、中将殿!?は、はい…0730マルナナサンマル頃には来ると思います、はい」


 0730か…そうだな、朝飯食わせてもらうか。

 ここの鎮守府の飯、食って見るか。


「食堂は何処だ?」


「こ、ココじゃなくて、もう1つ隣にある建物の中にあります」


「おう、ありがとさん」


「は、はい」


 少佐は敬礼して去って行った。

 横須賀の食堂は6時から開いてる。

 きっと、ココもそうだろう。


「それまで、暇だな」


「うん、暇だね」


 約1時間、それまで鎮守府の中、見学させてもらおうかな。

 まずは何処から行くか。


「何処行く?」


「ん~…取りあえず、この庁舎の中グルって回ろうよ」


「よし、そうするか」



 15分後

 特に何も無かった。

 横須賀と同じ部屋が違う配置であるだけ。


「特に面白いモンも無かったなぁ」


「うん、横須賀と同じだね」


「おう」


 後30分、何をするか。

 …艦でも見に行くか。


「彩華、艦見に行こうぜ」


「ん?うん!」


 外に出て、適当に海を眺められるところに行く。

 道の途中、殉職した海軍軍人の慰霊碑があったので、そこで少し手を合わせてから行った。


「ん~、小型艇しか居ないなぁ」


「あ、あっちの方じゃない?」


「あぁ~…そうみたいだなぁ」


 艦艇を見れるゾーンは呉工廠を挟んで南側。

 結構遠いぞこりゃ…面倒だなぁ。


「どうする?」


「どうしよっか」


 艦艇も遠くて見れない。

 庁舎も面白くない。

 こりゃ、適当な所で座ってるしかないなぁ。

 なーんで親父はこんな朝の便を取ったんだか。



 05:59 隊員食堂前

 後1分で食堂が開く。

 営内居住者が続々集まって来ると思っていたが、意外とそんな事は無かった。

 いや、これから集まって来るのだろう。


「やっと飯にありつける」


「お腹空いた!」


「あぁ。腹一杯食うぞ」


 食堂の扉が開いた。

 呉の飯はどんなのかな。


 扉が開くと同時に、起床ラッパが宿舎の方から聞こえた。

 これから押し寄せてくる、絶対。


「メニューは何かな~」


 おかずはいわしの味噌煮。

 それと、味噌汁とご飯。

 あ、味付け海苔あんじゃん。


「ねぇ、紫風ちゃん」


「ん?」


「申請とかしなくて良いのかな?」


「あぁ、さっき親父から連絡が来てな」


「うん」


「申請は親父がやってくれたらしい、だから遠慮なく食えってよ」


「良かった、後で何か言われたらどうしようかと」


「ははっ、俺も思った」


 トレイを取って、料理を取る。

 いつもは士官室に入ったら飯が用意されているから、新鮮…いや、懐かしいな。

 室蘭の時もこうだった。


「米は盛り放題なのか」


 前に並んでいた二等兵を見る感じ、米は盛り放題らしい。

 あ、ふりかけもある。

 こりゃぁ良い。


 おかずを取って、味噌汁を装う。

 最後にご飯を装う。

 ついでに沢庵も持って行こう。


「何処座る?」


「何処でも良いよ」


 適当に配膳台から近い所に座った。

 まだ食堂は空いている。


「「いただきます」」


 あぁ、美味い。

 伊820と遜色の無い美味さだ。


「あ、沢山来たよ」


 営内居住者が続々入って来る。

 数分もしない内に食堂は満員になるだろう。


「ねぇ、紫風ちゃん」


「ん?」


「選べって言われたけどさ、誰を選ぶの?」


「そうだなぁ…取りあえず将校から選ぶのは確定」


「うん」


「潜水艦の経験がある奴が良いな」


「うんうん」


「もしかしたらウチの部下かもしれねぇけどな」


「かもね~」


 ここには第三、第四潜水戦隊の母校である。

 両潜水戦隊共に第一潜水艦隊の隷下にある。


 食堂が騒がしくなって来た。

 皆、俺達を二度見する。

 ま、そりゃそうか。



 06:32


「「ごちそうさまでした」」


 美味かった。

 昼もここで食う事になるだろうから、昼のメニューを確認して行こう。


「昼は…へぇ、天ぷらか」


 昼のおかずは天ぷららしい。

 楽しみだな。


「さ、鎮守府司令が来るまで待つかなぁ…」




 07:41 呉鎮守府司令官室


「ようこそ、呉へ」


 呉鎮守府司令長官。

 北澤 仁至きたざわ ひとみち中将。

 この人は親父の同期だ。


国重アイツから聞いてるよ、人材探しだな」


 たまに横須賀に遊びに来る。

 なんなら実家にも来る事もある。


「あぁ、そうだ。良い人は居ないか?」


「んぅむ…そうだな……あ、京人」


「「京都?」」


「京人君、友部 京人少将」


 友部?

 洛人君の兄弟か?


「潜水艦経験は?」


「室蘭SOS課程卒」


「今は?」


「伊733の実習を経て、呉鎮守府作戦部の部長」


「彼は今何処に?」


「出勤中だろう、もうすぐ来ると思う」


「了解、門で待ち伏せでもするかな!」


 よーし、門に行って待ち伏せるかな!

 洛人君と似てるはず、すぐ分かるだろう。


「それにしても…若いな、何歳だ?」


「俺も彩華も23歳」


「若いな…俺なんてもう41だよ」


「まだ41じゃないですか」


「いやいや、彩華ちゃん。40代ってのはもう十分なおっさんだよ」


 北澤中将はそう言って笑っている。

 40か…俺も後20年したら、そうなるのか。


「ま、何、捕まえるなら捕まえるで、適当にやってくれ」


「おう、分かった」


 あ、京人君の顔写真を貰って行こう。

 人違いは恥ずかしい。


「京人君の写真が欲しいんだが」


「ごめんよ、持ってないんだ」


「そりゃ残念」



 08:01 呉鎮守府正門


「紫風ちゃん、あれじゃない?」


「おっ、そうだな」


 洛人君に似ている!

 と言うより、全く同じだ!

 あれだ、そうに違いない!


「おーい、君!」


「は、はい?」


「友部 京人少将…だよね?」


「え、えぇ、そうですけど」


「ちょーっと、横須賀まで来てくれねかなぁ~?」


「な、何で」


「まぁまぁ…移動中に説明するからさ…な?」


「し、しかし僕はここの作戦部長――」


「大丈夫大丈夫、親父が何とかしてくれる」


「お、親父…?」


「ま、ともかく…北澤中将に話に行こう」


「え?は、はぁ…」


 京人君を司令官室に連行する。

 京人君は混乱している、まぁ当然か。



 08:13 呉鎮守府司令官室

「おっ、見つけたか」


「あ、あの…司令?これはどういう…」


「京人君、君の呉鎮守府作戦部長の任を解く」


「は、はい!?」


「そして、第一潜水艦隊への……いや、これは橘花ちゃんの方が適任だな」


 洛人君はまだまだ混乱している。

 ま、移動中に落ち着くだろう。


「き、橘花?」


「友部 京人少将!」


「は、はい!」


「貴官を第一潜水艦隊作戦参謀に任命する!」


「えっ、えっと…?」


「行く行くは第二潜水艦隊司令だ、頑張れよ」


「は、はい!」


 これで京人君は第一潜水艦隊作戦参謀となった。

 まぁ、臨時職だけどね。


「京人君」


「は、はい」


「横須賀でも、元気にやるんだよ」


「は、はい!」


「2人共、京人君の荷造りを手伝ってやりなさい」


「「はーい」」



 08:22 作戦部長室


「あ、そっちの書類はそのままでお願いします」


「は~い」


 現在、部屋の片づけをしている。

 トランクに書類やら卓上札を入れる。


「京人君ってさ」


「はい?」


「兄弟、居ない?」


「兄が居ます」


「やっぱり」


「兄さんを知ってるんですか?」


 洛人君ビックリするよなぁ、絶対。

 急に何の予告も無く身内が来たらビビるよなぁ。


「あぁ、うちの機関参謀だ」


「そ、そうなんですか」


「おう」


「洛人…第一潜水艦隊に行ったのは聞いてたけど機関参謀だったんだ…」


「京人君、終わったよ~」


 彩華がトランクを持って京人君に駆け寄る。

 可愛いなぁ、ホント。


「では、行きましょうか」


「おう、行こうか…横須賀!」

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