第肆章 呉出張

第拾参話 呉夜行

 6月30日 18:33 東京 霞ヶ関 海軍省 潜水艦隊司令官室


「おー!良く来た!」


 司令官室に入ると、本棚の整理をしているお父様が迎えてくれた。

 七条 国重大将、潜水艦隊司令。

 私の直属の上司でもある。


「それで、切符は?」


「まぁまぁ、まだ時間はあるんだから、ほら、ゆっくり話そうじゃないか」


「はぁ…」


 私は早く切符が欲しい。

 しかしすぐにはくれないだろう。


「それで、調子はどうだい」


「まぁ順調ですよ、伊738の件も片が着きましたし」


「そりゃ良かった」


 机に目をやると、フィギュアが1体飾ってあった。

 あぁ、また買ったのか。

 まぁ私も人の事は言えないけど…。


「それで、本題だ」


「はい」


 やっと本題だ。

 確か呉で第二潜水艦隊の司令官に相応しい人を選ぶという任務のはずだ。


「今後新設される第二潜水艦隊の司令官を選んで来い」


「横須賀に居る人じゃダメなんですか」


「今回の司令部は呉に置く予定だ、正確には呉が母港だな」


「成程」


 また潜水艦が司令部になるのか。

 今建造中の原潜がその司令部なのかな。


「これが切符だ、しっかり2人分あるからな、安心しろ」


「…あれ、1枚じゃない」


「出発は今日、今からだ」


 切符は6枚あった。

 1人3枚と言う事か。


「まず新幹線で新大阪まで行き、そこから夜行急行で直接呉に向かってくれ」


「分かりました」


「では、頼んだぞ」


「はい、行って参ります」


「うむ」


 私は切符を持って、さっさと部屋を出た。

 お父様は久しぶりに私と話せて満足そうだった。

 さ、1階に居る彩華を迎えに行こう。



 数分後 1階 エントランス


「彩華~」


「紫雲ちゃ~ん」


「切符、貰って来たよ。行こ行こ」


「うん!」




 18:51 東京駅17番線


[間もなく、17番線に19時丁度発、のぞみ253号、新大阪行きが到着します。危険ですから、安全柵の内側でお待ちください]


 実家の京都に帰る時、新幹線は重宝する。

 京都には空港が無いから、飛行機で行くのは少しめんどくさい。

 その点、新幹線は直接京都に向かう事が出来る。


[この電車は、品川、名古屋、京都の順に停まります]


 出張であるから、服装は軍服。

 もう7月だから、白色の第二種軍装を着ている。

 一般人ウケはこっちの方が良い。

 私は紺色の第一種の方が好き。


「もうすぐ夜だね」


「うん、空が真っ赤だ」


 夕日が綺麗だ。

 そろそろ日の入りだったかな。



 のぞみ253号 11号車

 車内清掃の後、車内に入る。

 切符には6E、6Dと書かれていた。


「ココだ」


 当然、彩華を窓側に座らせて、私は通路側に座る。

 後ろにはまだ人が居ないから、今のうちに席を倒しておこう。


[のぞみ235号、新大阪行きです。間もなく発車します、車内でお待ちください]


 発車時刻が近づくにつれ、人が増えて来る。

 その人々が私達を見るたびに"海軍さんだ"そう言って座席に着く。


「軍服は目立つね」


「うん」


 帽子をフックに掛けて、リラックス。

 ひじ掛けを上げて、彩華と手を繋ぐ。


 列車は東京駅を出発した。

 車内の6割程度の座席が埋まって居た。


[今日も新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。のぞみ号、新大阪行きです。途中の停車駅は、品川、新横浜、名古屋、京都です]


 この新幹線はたった4駅で約500kmを2時間半で走破してしまう。

 船で行けば半日は掛かると言うのに。


「紫雲ちゃん」


「?」


「晩御飯、何食べよっか」


「あ~…何食べよう」


 そう言えば晩御飯を食べていない。

 これは新大阪で何か食べるか、買うかしないと。


「お肉食べたい」


「うん!お肉!焼肉!」


「OKOK、焼肉、良いね、食べよう」


 駅の近くか、中に焼肉屋が無いか調べよう。

 あ、スマホも充電しないと。





 21:03 名古屋~京都間

 新幹線は遅れる事無く、新大阪へ向けて進んでいる。

 次は京都、私と彩︎華の故郷だ。


「紫雲ちゃん」


「なーに」


「結婚したい」


「分かる、結婚したい」


「ねー」


 お互いそう思っていても、日本国はそれを許さない。

 同性婚の議論もされているが、法整備はまだまだ遠い。

 改憲が必要なのか否かも曖昧だ。


「指輪だけでも買う?」


「買うー!」



 22:50 新大阪駅9番のりば

 駅構内にあった焼肉屋で晩御飯を食べ、9番線にやってきた。

 これから夜行急行に乗り、呉へと向かう。


「――9番のりば、停車中の列車は22時58分発の急行音戸1号、呉線経由の下関行きでございまーす」


「ねむーい…」


「もう2300フタサンマルマルだもんね、私も眠いよ」


「何号車~?」


「2号車のA寝台」


 切符を確認し、2号車に向かう。

 前から2両目の客車に乗り込む。

 しかし、そこはB寝台だった。


「あれ?」


 号車番号を見てみると1号車だった。

 じゃぁ、あの客車は何だったんだ?


 彩華がほぼ寝かけだから、早くベッドに寝かせないと。

 通路を通って2号車に入る。


「あ、ん?な、何コレ…」


 思っていたA寝台とは違った景色が広がっていた。

 個室じゃ無かった、これは驚いた。


「えっと…3Aは…ココか」


 指定された3Aには2段重ねのベッドがあった。

 ベッドの上には「JNR」と書かれた浴衣、アメニティーやシーツが用意されている。

 アメニティー含むその他諸々を退けて、彩華を下段に寝かせ、帽子を取ってフックに掛け、カーテンを閉める。

 私が持ってる鞄は仕方なく、下段の小さな棚に置く事とした。

 見た感じ、上段に置けるスペースは存在しない。


「おやすみ、彩華」


 私は梯子を登って上段のベッドに上がる。

 上段は下段と違い、窓がほとんどない。

 あるのは凄く小さな小窓。

 しかし、この空間は潜水艦で慣れた。

 それ所か懐かしいとさえ思ってしまう。


「着替え…無くていいや、この浴衣持って帰ろ」


[急行音戸、下関行きです。間もなく発車します、車内でお待ちください]


 そろそろ発車する様だ。

 外が見えないのが少し惜しい。


「朝…5時か、4時には起きないと」


 そうこうしていると、列車が動き出した。

 後は寝ているだけで呉に到着する。

 …最大限寝過ごしてしまえば下関に連れていかれるのが少し怖い所。

 ま、起きれるかは紫風に掛かってるんだけど。


「スマホにメモ残しとこ」


 紙が無いから、スマホに紫風宛のメモを残す。

 メモを打っていると、列車が動き出した。


「よし…寝y……」


 メモは残したから、寝ようと思ったら、急に尿意が襲って来た。

 漏れる前にトイレに行かないと。


 トイレは車両前方にある。

 今空いてるのかな。


 カーテンを開けて、梯子を下り通路に出る。

 見た感じ、2つ共空いてそう。


「あ、空いている空いてる」


 2つ共空いていた。

 適当に右側の個室に入る。

 和式じゃなくて安心した。



 数分後 

 トイレを済ませ、洗面所で手を洗う。

 洗っている途中、給水器を見つけた。


「あ、お水」


 手を洗い終えて、ハンカチで手を拭いた後、紙コップを取って水を汲む。

 出てくる量が少ない、蛇口もそうだったけど。


「すっくな…」


 2/3程貯めた所で一気に飲み干す。

 喉に潤いがもたらされる。


 水を飲み終えたら、紙コップをゴミ箱に捨ててベッドに戻る。

 乗客は見た感じ、ほとんどがスーツを着たサラリーマンだった。


「よいせっ」


 こうして梯子を登ると、伊777の頃を思い出す。

 室蘭学校を卒業した後、伊777で1年間勤務した。

 あの時のベッドも私が上段、彩華が下段。

 懐かしいなぁ、この閉鎖感も。

 よし、今度こそ寝よう。



 ~~~~~~~~~~



 7月1日 04:08 急行音戸 2号車


[――k原、竹原に停車しております]


「ん…?」


 ココは…列車か?

 狭い…懐かしい…。


 カーテンを開けて周りを確認する。

 殆どのカーテンは閉まっていた。


「紙…ねぇわ…」


 メモが無かったから、スマホのメモを確認する。

 あった、何々?


「第二潜水艦隊司令官の選抜…?俺が選ぶのか…?」


 メモに書かれた内容を見る限りそうらしい。

 いや…俺が選んでいいモンじゃねぇだろ、こういうのって。

 海軍省の人事部が選ぶモンだろ。


「しゃーねーなぁー…」


 だけど、任務だから仕方ない。

 やれと言われたら何でもやる、それが軍人。


 んで、呉まで後何駅だ?

 確か、今竹原とか言ってたような…。


[竹原からご乗車のお客様、ご乗車ありがとうございます]


 そうだ、放送を聞こう。

 次の駅が呉かそうじゃないかは判別できる。


[急行音戸1号、下関行です。次は呉です。4時56分の到着です]


 次が呉なのか。

 今が何時かは知らないが、降りる準備と彩華を起こさねぇと。


 梯子を下って、下段に居るであろう彩華を起こしに行く。

 …他人だったら気まずいなこりゃ。

 覚悟を決めてカーテンを開ける。


「彩華~?」


「ん~………んふふ……」


 可愛い。

 じゃなかった、起こさないと。


「彩華、朝だぞ、ほら、早いけど起きろ」


 窓側のカーテンを開けて彩華を起こす。

 日の光を浴びるのは大切だ。


「ん~…?」


「朝だぞ、起きろ起きろ」


「うん…」


 個室だったら抱き合えたのに。

 残念。


「よいしょ」


 彩華の手を引いて、彩華の身体を起こす。

 彩華はまだまだ眠そう。

 でも、10分もすればバッチリ起きる。


「おはよ、彩華」


「うん……おはよう」


「ほら、降りる準備しろ」


「うん…する」


 降りる準備を始めた彩華。

 彩華の動作は1つ1つが可愛い。


「俺もしないとな…」


 ベッドに戻って、俺も降りる準備をする。

 竹原が呉からどれ程離れてるかは知らないが、準備しておくに越した事は無い。


「紫風ちゃん」


「ん?」


 彩華が下段から顔を出して来た。

 何だろう。


「コレ、紫風ちゃんのトランクじゃない?」


「あ、下にあったのか」


「うん、棚に置いてた」


「ありがと」


 彩華は微笑んで、ベッドに戻って行った。

 さて、準備準備…と言っても上着を着て、帽子を被るだけなのだが。

 あ、浴衣あんじゃん。

 持って帰ろ。

「JNR」と書かれた浴衣、丁度いい。

 持っても良いらしいから、遠慮なく持って帰ろう。


「トランクっと…」


 トランクの中には、いくつかの書類と軍法手帳、それと手鏡が入っていた。

 軍務手帳は軍服のベルトにしっかり紐で繋がっている。

 無くしたら海軍の敷地内に入れない、無くしたら一大事だ。


「ん?刀…」


 刀が腰に据えられたままだ。

 もしかしてこのまま寝たのか!?

 驚いたな、道理で寝心地が悪い訳だ。


七条神楽ななじょうかぐら着けたまま寝るとかアホだろ」


 七条神楽。

 我が家に代々伝わる刀だ。

 前までは親父が軍服の腰に据えていた。

 それにしても、苗字は「しちじょう」なのに、刀は「ななじょう」。

 ややこしいなぁ、全く。



 04:56 呉駅2番のりば


[呉、呉です。ご乗車ありがとうございました]


「ここが呉か」


「うん、看板にも呉って書いてあるよ」


「あぁ、そうだな」


 呉、5つの鎮守府の内1つがここにある。

 多くのミリオタが艦艇を一目見ようと、ここに集まる。

 …横須賀もそうだけど。


 急行を見送って、駅を出る。

 鎮守府はどっちだったっけ。


「あ、呉港って書いてあるよ」


「お、コレだな」


 案内の看板に従って、屋外の高架歩道を歩く。

 少し風があるから、スカートがヒラヒラしててうざい。

 クッソ、軍服にまでスカートか、艦内じゃズボンで良いってのに。

 こういう時はスカートを履かないといけない…。

 別にズボンだって良いだろうが、男はズボンなのに。


 少し歩くと大和ミュージアムが見えて来た。

 左側に目をやると、呉鎮守府警務隊の施設が見えて来た。


「あれが、呉警務隊の施設だ」


「うん、その隣が衛生隊だね」


 歩道を降りて、警務隊の施設があった方へ歩く。

 そっちに鎮守府の庁舎があるのだろう。


「あ、教育隊」


 左側、呉教育隊の施設が見えた。

 プールにグラウンド、兵達はここで教育を受けるのか。


「行進してるね」


「あぁ。人数も多い」


 室蘭でも行進はやったが、彩華と俺だけで行進した。

 結構寂しかった。


「あ!あれだよ!あれ!」


「おう、そうだな」


 レンガ造りの建物が見えて来た。

 あれが呉鎮守府の庁舎。


「門は何処だろうな」


 交差点を鎮守府方向へ曲がり、足場に囲まれた宿舎を眺めていると門を見つけた。

 これだ、ここから入れば良いんだ。


「彩華、手帳」


「うん、持ってるよ」


「よし、行くか」

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