番外編 室蘭

 士官室 5月9日 11:22


「あの~、司令、少将。少し相談があるんですけど」


 航海長が心配そうな顔をしながら話しかけて来た。

 一体どうしたと言うのだろう。


「お二人って、室蘭学校出身でしたよね?」


「「うん」」


 海軍室蘭学校。

 それは海軍の中で最も入学が難しく、卒業も難しい学校。

 私と彩華は潜水艦将校短縮SOS課程を卒業した。


「実は、弟がSOS課程に入学したんですよ…」


「へぇ~」「凄いじゃん」


「入試問題、どんな感じ何ですか?東大より難しいですか?」


「東大より難しいかは知らないけど、少なくとも学校教育で太刀打ちできる範囲じゃない」


 室蘭学校の入試は高校でやる科目では太刀打ちできない。

 太刀打ちできるのはよっぽどのミリオタのみである。


「ど、どんな感じ何ですか?」


「入試科目、知ってる~?」


「い、いえ知りませんが…普通に数学とかじゃないですか?」


「違うんだな、これが」


 彩華が笑みを浮かべる。

 そして、紙に入試科目の名前を書いて行く。


「入試科目はね、戦術、戦略、艦艇、航空機の4つ」


「…はぁ!?」


 航海長が目を丸くする。

 まぁ、当然だろう。


「入学時から兵学校卒業レベルの知識を要求されるのよ」


「司令と少将はどうやって学んだんですか?」


「お父様に教えて貰った」「紫雲ちゃんのお父さんに教えて貰った」


「そ、そうなんですね…お名前は?」


 私のお父様は現役の海軍大将。

 潜水艦隊司令部の司令官だ。

 つまり、私の上官。

 任務は毎回お父様から下される。


「七条 国重くにしげ


「七条国重…聞いた事あるような…」


 航海長は考え始めた。

 さて、潜水艦隊司令である事に気づくだろうか。


「……あ!もしかして!?」


「おっ」


「潜水艦隊司令官…!?」


「せいかーい」


「親子揃って将官か…」


 七条家は代々海軍家である。

 おじい様も、ひいおじい様も海軍の人間である。


「それで、話を戻しますと、入試ではどんな問題が出るんですか?」


「艦の写真を見て、艦の名前を答えろとか…」


「状況が図で表されて、この状況に最も適した戦術を選べとか…」


「こ、国語とか社会とかは…」


「そんなの全く使わないね」


「ね~」


 私も彩華もお父様の英才教育のお陰で合格する事が出来た。

 まぁ、私の場合はその教育受ける前からある程度の知識はあったんだけど…。


「後、実技科目もある」


「ど、どんな事するんですか?」


「近接格闘術と剣道若しくは柔道、それか居合術」


「後、小銃と拳銃だよ〜」


 海軍兵学校で学ぶ事を入学時点で求められる。

 何なら陸軍の一般的な兵士レベルの戦闘術も求められる。


「そ、それで何人位入学するんですか?」


「私の時は、私と彩華だけだったね」


「ね~」


「え?そ、そんなに少ないんですか?」


「うん。ってか0が普通だよ」


 室蘭学校の入学者数は毎年0人が基本である。

 定員は一応全体で25名と定められてるが、そんなに合格した事例は無い。


「志願者数は沢山居るって聞きましたけど…」


「そうね。毎年1000人位が挑むけど、みーんな砕け散っちゃうの」


「そ、そうなんですか?司令」


「うん。そうね、皆玉砕しちゃうの」


 合格基準点に達してなければ、容赦無く落とす。

 その結果が0になったとしても、容赦無く落とす。

 しかも、入学できるのは18歳から20歳までの計3回だけである。


「凄いな…りょう…」


「そうね、弟さんは凄いよ」


「それで、学校生活はどうなんですか?」


「一番重要だよね、そこ」


「過酷だね~結構」


 彩華の言う通り、過酷である。

 特に最終試験は想像を絶する。


「生活自体はだいぶ優遇されてるけど、その分勉強が厳しいな」


「ねっ」


「生活はどんな感じなんですか?」


 生活は普通の海軍兵学校と比べて、かなり楽だ。

 部屋は2人だけだし、ベッドも一般的な物より高級な物である。


「0600起床なのは変わらないけど、ご飯の時間が20分ある」


「点検とか、どうなんです?台風は来ますか?」


「いっぱい来たね〜台風」


「何回荒らされた事か」


 海軍兵学校名物の台風は室蘭学校でも健在だ。

 台風にはだいぶ困らせられた。


「お風呂も食堂も全部持て余したね」


「私と紫雲ちゃんだけだったもんね~」


「ね」


 航海長がまた目を丸くする。

 生徒が2人だけなのは誰でも驚く。


「室蘭って2年制ですよね?」


「一応ね。私と彩華は1年で卒業したけども」


「上の学年は?」


「居なかったよ。本当に2人だけ」


「教員の方が多い…」


「40対2…位だったかな」


 つまり1人当たり20人体制。

 塾のチューターみたいな人が付いていた。


「カッター訓練とかどうしたんですか?」


「教官が4人入って、6人で漕いでたね」


「流石に2人で漕がせませんよね」


「流石に、私と紫雲ちゃんでカッター…漕げない事は無いけど、何時間かかるのかな…」


「…さぁ?」


 本来は12人位で漕ぐ。

 しかし、深刻な人員不足により6人で漕いだ。

 結構オールが重かった。


「勉強はどうでした?」


「毎日やんないと追いつかなかったね」


「毎日紫雲ちゃんと自習室で勉強してたね〜」


「懐かしいね」


 毎日時間になったら自習室に行って、その日の授業の復習をする。

 それが休日も自習室に篭りっきりの日もあった。


「最終試験はどんな感じでしたか?」


「「あー…」」


 最終試験は艦艇での試験。

 エンジンが炎上、故障した状態から二人で浮上させろと言う物。

 あれのお陰で、並大抵の事では動じなくなった。


「まず、皆で潜水艦に乗る」


「就寝時間に寝て、起きたら皆居なくなってるの」


「え?」


「エンジンも壊れてるし、その上炎上してる。後、潜航してる」


「えぇ!?」


「これを2人で浮上させないといけないの」


 航海長は驚きのあまり、空いた口が塞がらないようだ。

 そりゃそうだ、誰だって驚く。


「し、死んだらどうするんですか!?」


「入学する時にね、死亡同意書を書かされるの」


「壮大な伏線回収って訳」


 最終試験時、私は死亡同意書の意味をようやく理解した。

 あの死亡同意書は、この試験の為に書いたのだと。


「そ、それで浮上させられたんですか?」


「出来なかったら、私も彩華もここには居ないよ」


「み、見殺しなんですか?」


「多分ね」


 航海長の顔がみるみる青ざめていく。

 弟を心配しての事だろう。


「亮…大丈夫かな…」


「紫雲ちゃん、確か今年の室蘭は1人だけだったよね?」


「そうね」


「まさか1人でそれを…」


「室蘭ならやる」


 室蘭学校なら1人でエンジンが故障した潜水艦を浮上させろとか、平気でやる。

 間違いなく、最終試験でこの課題を課す。


「亮…生きて帰れるかな…」


「きっと大丈夫だよ。信じて待と?航海長」


「そ、そうですね。少将」


 きっと大丈夫だ。

 入学出来たんだ、きっと最終試験も乗り越えて、卒業してくれる。

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