第肆話 衝撃

 中華人民共和国 排他的経済水域より南方15km 伊820発令所 5月9日 13:22

 艦は予定通り1112に到着した。

 現在は新型原潜が出てくるまで、身を潜めている。

 発令所は沈黙が支配していた。


「………」


「………」


「………」


「………」


 今回の作戦は本艦の他に6隻。

 伊700、伊710、伊721、伊736、伊738、伊745が参加する。


 6隻をEEZ付近に配備し、待機させる。

 まぁ、人入りの動くソノブイって所かな。


 本艦は少し離れた所で待機、この6隻を指示して捜索する。

 まぁ、前線司令部的な感じかな、司令部型潜水艦だしね。


「伊710より報告、遠征73を探知」


「了解、いつもの哨戒だろう」


「データベース上でも確認しました」


 この伊820のサーバーには艦隊隷下の艦艇から収集されたありとあらゆる情報が集積されている。

 これまでのデータをすぐに入手する事が出来るのがこの艦の強みの1つだ。


「疾歌、どう?」


「はい、完全に一致しています」


「了解」


 データベースに入っている哨戒経路と完全一致。

 ただの哨戒だね、コレ。

 ならば無視しよう。

 反応するだけ無駄だ。


「伊738より報告、長征8を探知!」


「成程、ただの原潜だな」


 新型の原潜では無かった。

 普通の原潜だ。

 これは目的の物じゃない。

 まだまだ待ち続ける時間が続きそうだ。




 14:42

 長征8探知から約1時間20分が経った。

 目標の艦は捉えられない。

 捉えたのは通常動力型の潜水艦や水上艦ばかり。

 空母に巡視船、駆逐艦に巡洋艦。

 どれも1度は探知した事のある艦ばかり。

 しかし、待ち続けていれば必ず出てくる。


「伊745より報告! 目標を捉えました!」


「本当か!」


「はいっ! 間違いありません!」


「よしっ! 伊745に追尾を下命せよ、本艦も追尾に参加する!」


「了解しました」


 公海に出たのが運の尽き。

 情報を吸えるだけ吸い取ってやる。


「両舷前進、第三戦速。 面舵41」


「第三せんそーく、おもーかーじ、41!」


 艦を移動させ、原潜の情報収集に参加する。

 速力的に追いつけなかったら困るからね。


「紫雲ちゃん」


「ん? どしたの?」


「結構早く出て来てくれたね」


「うん。 良かった良かった」



 15:11 

 本艦は目標の周辺に達し、情報収集を開始した。

 目標は相変わらずの騒音をまき散らしている。

 まぁ、でも原潜だから仕方ない気もするけど。


「伊745が収集した情報と統合しましょう」


 十和田少将がこれまで得た情報を紙に纏めている。

 十和田少将はふとした瞬間にこういう事をやってくれるから、非常に優秀。

 やっぱりこの艦隊の参謀陣は十和田少将が居ないと成り立たないね。


「……えー、2軸スクリュー推進、今の所の最高速力は35knot、ミサイル発射管は写真の通り24セル、魚雷発射管は8門、トン数は本艦と同じ約2万トンと言った所でしょうか」


「どれだけ潜航できるかは分からないね」


「はい。 まぁ、滅多には潜らんでしょう」


 本艦は深度1500まで潜航する事が可能である。

 日本造船技術の結晶だ。


「同じ原潜ですか。 やっぱり、どうしても機関部が気になりますね~」


「あ、やっぱり?」


「はい。 本艦が積んでいる物との違いがどうしても……」


「中国と日本じゃ、結構差があるよね」


「はい。 特に安全面がですね……」


「あ、やっぱそこなんだ」


「はい。 どれだけ強固なのか、気になります」


 中国は日本よりもかなり先に原潜を就役させた。

 原潜に関しては中国の方が先輩だ。

 多少は学ぶ所があるだろう。


「……目標、潜航始めました!」


「追おう、潜航始め! 伊745は…深度850までだ。 それ以降は本艦が追尾する」


 伊745の圧壊深度は900。

 それ以上は艦が水圧押し潰されてしまう。


「現在深度100、150、200、250……」


「めっちゃ潜るね?」


「うん。 凄い潜るね!」


 一体何処まで潜るんだろう?

 まさか深度2000とか行かないよね?

 うーん、でもそんなに潜る必要も無いと思うんだけども。

 伊820の1500でもちょっと過剰かも何て思ってるのに。


「300、350、400、450……」


 私の思考を無視して目標はどんどん潜っていく。

 深度1000まで後500、本当に何処まで潜るの?


「500、550、650、700、800、850、900、950……」


「伊745、深度850で潜航停止」


 伊745の限界深度50手前で停止。

 ここからは本艦だけで追尾に入る。


 そして、遂に深度1000に達した。

 本艦の限界まで後500。


「深度1000! 1050、1100、1200っ!」


「圧壊音は?」


 もしやと言う事もあるだろう。

 一応確認させる


「いえ、確認できま――いや、待ってください」


「え?」


 え、待ってよ。

 半分冗談で聞いたんだけど、コレ?

 マジで圧壊してんの?


「っ! 圧壊音! 目標、圧壊しています!」


「えぇ!?」「ま、マジか」「何か異常が起きたのか……?」

「放射能汚染が心配」「これは大ニュースになるぞ」


 原潜が沈むと言う事は、放射能汚染のリスクがあると言う事。

 まぁ、ここは深海だから海水でだいぶ希釈されると思うけれど。

 これが浅瀬だったらもう……考えたくないわ。


「1250、1300、1350、1400、1450……」


「潜航停止。 トリム水平に」


 圧壊した深度から考えて、限界は1200?

 目標はどんどん沈んでいるが、同型艦が作られた際にはかなりの情報となる。

 これは何としてでも持ち帰らねばならない。


「目標、完全に圧壊しました」


「浮上、アップトリム20」


「浮上! アップトリム20!」


 多分、原子炉の安全装置は作動しているはず。

 まさか積んでいない事はあるまい。

 まぁ、仮に漏れたとしても深度1500の深海、影響はかなり少ないだろう。


「伊745も浮上させよう、深度100」


「はっ。 745に下命します」


「さて、情報も搾り取れたし、全艦に帰投を命じよう」


「はっ」


 これ以上搾り取れる情報は無いだろう。

 目標が沈んでしまったから、これ以上何も情報は取れない。


「彩華」


「ん~? どうしたの?」


「報告書、準備しといて」


「はーい」


 海軍省に情報は送ったが、別に報告書を要求される事案だろう。

 ならば予め用意しておけばいい。

 無駄になったら捨てるだけだし。

 さーてと、デスクワーク頑張りましょかねー。



 司令官室 16:13


「まさか沈むなんてね……」


「うん。 感が手も無かった」


「ねー」


 現在伊820含む7隻は作戦海域を離脱して、南シナ海を航行中。

 横須賀への帰路に付いている。

 相変わらず彩華は私に抱き着いている。


「彩華」


「なぁに」


「戻ったらドライブ行こうよ」


「うん、行こう~」


 最近、車を運転していない。

 久しぶりに高速道路を走りたい気分だ。


「何処行く?」


「紫雲ちゃんが行きたい所!」


 彩華は完全な甘えモード。

 こうなれば私にずっとくっついてくる。

 しかし、彩華の体温を直に感じれるので問題無い。


「OK~」


 本棚に仕舞ってある地図帳を取り出して、行く場所を見定める。

 ……北の方にでも行こうか。


「長岡の方行って見ようか」


「首都高通りたーい」


「んじゃ、首都高経由で関越自動車道入ろうか」


「はーい」


 ルートは事前に決めておくに越したことは無い。

 私が乗っている車はカーナビが存在しない。

 故に、ICインターチェンジとかJCTジャンクションを事前に決めて、頭に入れておく。

 最悪、スマホで何とかなるが、頭に入れておくに越したことは無い。


「彩華、お風呂入ろっか」


「うん!」


 そろそろ良い時間だ。

 私はタオルと着替えを持って、彩華と一緒に部屋を出た。

 さて、今日は少し長く湯舟に浸かろう。

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