第弍章 短期休暇

第伍話 ドライブ

 横須賀鎮守府 楠ヶ浦住宅地 七条宅 5月11日 07:27


「準備出来た?」


「うん」


「じゃ、行こうか」


 新型原潜の調査を終え、1週間の休暇を貰った。

 その休暇を利用して、彩華とドライブに行く。


 愛車はキューベルワーゲン。

 お父様から貰った車だ。

 純正かレプリカかは分からない。

 きっとレプリカだろう。


「じゃ、出発しよう」


 エンジンを掛け、パーキングブレーキを解除してアクセルを踏む。

 左右を確認して、道路に出る。

 家の周りは森で、丘の上に建っている。

 他の家は全て丘の下にある。


 カーブを抜けて丘を下った。

 丘を下ると、普通の住宅街が広がっている。

 一目見ただけでは、ここが海軍の施設と分かる者は居ない。


「長岡だっけ?」


「そう、長岡」


 今日は関越自動車道の終点、長岡まで行く。

 もしかしたら新潟まで行くかもしれないけれど。


「あ、軍務手帳出さないと」


 大通りに出る。

 大通りと言っても、まだ鎮守府の敷地内。

 この通りは正門から第1桟橋まで続いている。


「はーい、止まってくださーい」


 正門の検問だ。

 最近は出る時にも軍務手帳を求められる。

 私が着任したての頃は、要らなかったのにな。


「軍務手帳をお願いします」


「はーい」


 この車は左ハンドル車なので、彩華に私の分の軍務手帳を渡してもらう。

 警務官は私と彩華の軍務手帳を短時間で確認した後、返してくれた。


「はい、ありがとうございました」


「お疲れ様」


 そう言って、検問所を後にする。

 検問所を抜けて、県道16号線を北へ向かう。


「結構、車居るね」


「皆も休みだからね」


 さて、首都高はどれ程混んで居るのか。

 横浜横須賀道路はそんなに混んで居ないとは思うが、首都高はきっと混んで居るだろう。


「首都高混んでるだろうなぁ…」


「ねー」


「でも時間に追われてる訳じゃないし、ゆっくり行こう」


 県道16号から県道28号に入り、横須賀ICへ向かう。

 右手には多数の艦艇が見えるが、伊820はここからは見えなかった。


「綺麗に隠れてるね」


「うん、駆逐艦が重なって見えないや」


 トンネルを抜けると、横須賀ICに入る。

 料金所ではETCレーンに入った。

 この車はETCを搭載している。


「えー横浜方面横浜方面…」


 接続道路を抜けて、横浜横須賀道路に入る。

 車は少し多いが、まだ快適に走れる程度。


「ドライブするのって、いつぶりかな?」


「いつぶりかなぁ…3ヶ月くらい?」


 確かに久しぶりだ。

 この車も走りたくてウズウズしてた事だろう。




 首都高湾岸線 大黒PA付近


「これが例の大黒PAか」


 螺旋状の道路に駐車場が囲まれている様に見える。

 確かにこの景色は壮観だ。

 フェンスを乗り越えてでも来たい人が居るのが良く分かる。


「ねぇ、紫雲ちゃん」


「?」


「あ、煽られてない?」


「え?」


 サイドミラーを見て、後方を確認する。

 確かにセダンカーが異常な程車間距離を詰めてきている。

 こちらが小さいから煽ってるのだろうか。


「普通に運転してるだけなんだけどな…」


 周りの車より極端に遅いと言う事は無いし、何だろう。

 単なるストレス解消か?


「ドライブレコーダーって付けてるの?」


「一応付けてるよ」


 無理やりドライブレコーダーを引っ付けた。

 車屋さんの人に最大限の感謝を。

 お陰でこの煽り運転の証拠を取れる。


「まぁ、このまま走ってればいいよ。ペース乱されて事故ったら嫌だし」


「私後ろ見とこっか?」


「いや、良いよ。あんな奴に構わなくていい」


 あんな奴、構うだけ無駄だ。

 後ろから突かれない様に気を付けるだけで良い。


 川崎浮島JCTを通過すると、羽田空港が見えてくる。

 煽り運転の車はまだついて来る。

 JCTで逸れてくれれば良かったのに。


「まだ付いて来るか…」


「しつこいね」


「流石に関越自動車道までは付いてこないと思うけどね」




 首都高速中央環状線 西新宿JCT付近


 大井JCTから中央環状線に進入。

 煽り運転の車はそのまま湾岸線を走って行った。


「あっ、渋滞だ」


「首都高だもんね」


「時間はあるからゆったり行こう」


 渋滞に巻き込まれた。

 だが、巻き込まれることは予測している。

 だって、首都高だもの。


「関越自動車道に乗れるのはいつかな」




 関越自動車道 三芳みよしPA

 結局、関越自動車道に乗るのに1時間位かかった。

 トイレがしたくなったので三芳PAで少し休憩。

 ガソリンも入れないと。


「紫雲ちゃん」


「ん?」


「大好きっ」


 そう言って抱き着いて来る彩華。

 私はそれに応える様に頭を撫でる。


「私も大好きだよ、彩華」


「えへへ~」


 彩華は私の胸に顔をうずめている。

 彩華が呼吸する度、胸にその感覚が走る。


「次の任務何処行くんだっけ」


「いつも通り太平洋で潜航し続けるよ」


「1か月コース?」


「そう、1か月コース」


「そっかー」


 彩華が顔を胸に押し付けてくる。

 私の匂いを堪能しているのだろうか。


「紫雲ちゃん良い匂い」


 私の予測は当たっていた。

 やはり匂いを堪能している。


「じゃ、出発しよっか」


「はーい」




 関越自動車道 渋川伊香保IC~赤城IC間

 三芳PAを出発して暫く経った。

 そろそろお腹が空いて来た。


「紫雲ちゃん」


「んぅ?」


「お腹空いた」


「私も」


 彩華もお腹が空いて来た様だ。

 次のSAかPAでご飯を食べよう。

 …食事場所が無いPAじゃないと良いな。


「次のSAで何か食べようか」


「うん」


 さて、次のSAは…。

 赤城高原SAか。

 赤城IC併設のSAの様だ。


「渋滞も無いし、数分で着くかな」


 私の予想は的中し、赤城高原SAには数分で到着。

 駐車場は結構埋まって居たが、駐車スペースを何とか見つけ出した。


「良し、着いた着いた」


 サイドブレーキを掛け、エンジンを切る。

 車の鍵を手に取り、車を降りた。


「何があるかな、ご飯」


 彩華と手を繋いで建物へ向かう。

 建物は道路を挟んで向かい側にある。


 建物の中に入ると、フードコートが目に付いた。

 しかし、フードコードの他にも店がある様だ。


「お食事処赤城…ここにしよう」


「OK」


 フードコードはほぼ満席。

 この店は少し空きがあった。


「いらっしゃいませ~、2名様ですか?」


「はい」


「あちらの席へどうぞ~」


 テーブル席に通された。

 …あ、カウンター無いんだ、この店。


「何食べよっかな~」


 彩華は目を輝かせながらメニューを見ている。

 お腹が空いていたのだろう。

 メニューは1つしかないから、彩華と一緒に見る。


「…私とんかつ御膳にしよ」


 とんかつ御膳にする事にした。

 なんとなく、そんな気分。


「私は親子丼セットにしようかな~」


「良いね」


 彩華は親子丼セットにする様だ。

 店員さんを呼ばないと。

 …ココはボタン式じゃないのか。


 手を挙げて店員さんを呼ぶ。

 今回はすぐ気づいてくれた。

 たまに全然気づかれない時がある。


「はーい、ご注文をお伺いしまーす」


「とんかつ御膳と、親子丼セットで」


「親子丼セットのうどんは、何うどんに致しますか?」


 彩華は少し考えてから答えた。

 決めて無かったのかな。


「きつねうどんでお願いします」


「はーい、きつねうどんですね~」


 店員さんは伝票に注文内容を書き記していた。

 飲食店で良く見る、あの機械ではないらしい。


「えー、とんかつ御膳と親子丼セットですね。暫くお待ちくださ~い」


 これで暫くすればご飯が来る。

 空腹問題も解消されるだろう。



 数分後


「お待たせしました~、とんかつ御膳と親子丼セットで~す」


 片方だけ先に来ることも珍しくないが、今回は両方同時に来た。

 親子丼セットのきつねうどんから湯気が立っている。

 とんかつ御膳も非常に美味しそうだ。


「ご注文の品、以上ですね」


「はい」


「は~い、ごゆっくり~」


 時間が時間だからか、店員さんは早歩きで戻って行った。

 昼時だもんね、仕方ないね。


「「いただきます」」


 やはり揚げたてのとんかつは美味しい。

 どんなとんかつでも、揚げたてに勝るものは無い。


「美味しい~」


 彩華の笑顔が眩しい。

 この笑顔で失明しそうな位に眩しい。


「美味しい店で良かった」



 食事後

 食事を終え、車に戻って来た。

 チョコが売っていたから、ついでにチョコも購入。


「紫雲ちゃ~ん」


「ん?」


「んーっ」


 彩華がチョコを咥えて近づいて来た。

 私はそのチョコを彩華と同じく、口で受け取る。


「美味しい?」


「うん、美味しい」


「えへへっ」


 口移しされたチョコは普通のチョコより何倍も美味しい。

 これは昔から変わらない法則だ。


「じゃ、出発しよう」


「はーい」

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