第61話

涙がまたあふれ出て来る。遠藤と二人きりになった。


「困りましたね、あなたのご両親にも」


「はい……」


「大学、どうしても行きたいですよね?」


「はい」


遠藤は穏やかな表情に戻った。


「なら、提案があります。これから受験する費用、何校分か自分で払えますか」


高校はバイトも許されなかったから、あまりお金を持っていない。でも。封筒の中を思い返す。一校だけなら受けられそうだ。


「一校なら……」


「なら、これから受けられるところで行きたいところを探してそこを受けましょう。そして受かったら親を説得させましょう。でも、今のあなたの精神状態で受かるとは思えない。だからもしそこに落ちたら、親にバイトをするふりをして、もう一年隠れて頑張りなさい。精神的にあなたを支えますから」


「……はい」


優しい言葉をかけられたはずなのに、なぜか納得がいかなかった。


バイトをしながら浪人するのも勇気がいるし精神的にきついかもしれない。


それに、もし一年後受かっても、親がなんと言い出すかわからない。


無言で立ち上がり、挨拶をして診察室を出る。両親はもうどこにもいなかった。帰ってしまったのだろう。


家に帰ると、すぐに自室に籠った。大学を絞りに絞って、すぐに封筒から出願料を取り出し願書を出しに行く。


でも受けるのは卒業後だ。


梓は必死に勉強した。

 

三月一日。


卒業式の日になった。


クラスへ向かうと雰囲気が明るい。きっとみんな受験から解放され、どこかしら受かったのだろう。


進路先が決まった子から二月中に学校へ来て卒業式の練習と在校生によるお別れ会をしたそうだ。


雪乃が梓に気づき、近づいてきた。


「久しぶり。受験終わったね」


梓はゆっくりと左右に首を振る。


「え……」


真顔になった雪乃に、うっすらと笑った。


「全落ちした……あと一校受けるけど」


「そっか……」


雪乃もそれ以上何を言っていいかわからないという様子だ。礼拝堂には既に保護者が集まっているらしい。


細谷がクラスに入って来る。黒いスーツに白いネクタイをしていた。さすがに、今日はいつもと装いが違う。


胸につける花飾りを順番に貰った。暗い気持ちで胸に飾りをつけ、クラス全員で礼拝堂へ向かう。

 

この学校の卒業式は、普通の学校にある「仰げば尊し」を歌わない。


代わりに賛美歌を二曲歌う。そうして教頭の挨拶と、学年一位の子の長い答辞が始まる。


ひいきされていたから、この学校での楽しかったことなどをうんざりするほど延々と話している。


さすがに学年全体にたるんだ空気が流れていた。一時間近く話していただろうか。


それが終わると今度は学院長が挨拶をし、再び教頭の言葉で締めくくられた。


保護者から拍手がわく。だが、梓の両親は遠藤に泣きついたことが原因で機嫌を悪くし、来ていない。


教室に戻ると、細谷から卒業証書が配られた。


一人一人におめでとう、と言って渡す。梓も小さくおめでとうと言われたが、もう細谷に拒絶反応しか起きない。


受け取るとなにも言わずに席に戻った。


そうして、細谷は信じられない言葉を放った。

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