第58話
二つの大学の合格発表の日が来て、ネットで見てみる。
どこにも梓の受験番号がなかった。
落ちた。落ちた……どちらとも。滑り止めだったのに。
過去問もどちらも九割は解けた大学だったのに。どちらもA判定だったのに。
ものすごい焦燥感が心の中で渦巻いている。
でも大丈夫だ。志望校にさえ合格すればきっと。
次が第二志望校で、その次が第一志望校だ。どちらか受かれば、精神的に少し楽になるはず。そう言い聞かせるが、不安と焦りばかりが募っていく。仕方なく電話をして、翌日、遠藤のところへ行くことにした。
「残念でしたね……」
受験の結果を聞いて、遠藤はあまり顔色を変えずにそう言った。
「はい。全然眠れなくて。文字がぐにゃりと歪んで見えて」
「やっぱり今より強めの薬、出しますか? 副作用が心配ですけれど、梓さんは眠れず受験に挑むのと、眠って副作用が出る薬を飲んで受験に挑むのとどちらがいいですか」
少し考えて、梓は言った。
「眠って不安を和らげたいです。夜通し眠れないと不安になる一方で」
「なら、一度目とも今飲んでいるのとも違う、なるべく副作用の少ないと言われる睡眠薬を出します。それでも副作用のない薬はないので、どうしてもなにかしらの影響が出てしまうと思いますが」
「はい。構いません」
眠れなくても文字が歪むのだ。なら眠ったほうがいい。
「親は何か言っていますか」
「いいえ。なにも喋りません。受験の声援ももらえません。母はなんとなく機嫌が悪いですし、父は相変わらず会社から帰ってくればテレビを見ているだけですし、家庭内がとても暗いです」
「そうですか。電話をしても逆効果、ですかね」
「多分……。今は、なにもしないでいただけると助かります」
遠藤が電話をかけて家族に話を通しても、ますます家庭内の環境が悪くなるだけだ。母はさっさと卒業すれば梓はなにも文句も言わなくなるだろうと、多分そう踏んでいる。
だからなにも喋らなくなったのだ。
「受験、落ち着いて励んでくださいね」
「はい」
いつもよりかなり短い診察を終え、薬局で薬をもらって帰る。
勉強をして十時に睡眠薬を飲むと、よく眠れた。
翌日はふらつきが残ったが、眠れないよりはすごくいい。
少し安心して、第二志望の受験前日になった。早めに勉強を切り上げ、お風呂で温まって髪を乾かし睡眠薬を飲むと、布団に入る。
目を閉じると、これまでの色々なことが無意識に頭に蘇ってきた。梓はそれを振りほどく。今は眠って明日の試験に集中したい。
だが、なかなか眠れず、結局眠れたのは明け方だった。
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