第57話

滑り止めの大学の、試験前日になった。


梓は勉強を早めに切り上げ、横になる。だが、緊張しているせいか全く眠れない。睡眠薬が全く効かない。


どうして?


梓は不安になりながら、ミルクを温めて飲んだ。


少しだけ精神的に落ち着くが、横になってもまるで眠れなかった。勉強しようかとも思うが、今日は休んでいたほうがいい。


そう思っているうちに空が白みだし、カラスや雀の鳴き声が聞こえ、怯える。


眠れなかった。その事実が梓を絶望の淵に立たせる。


眠っていない頭の中、受験会場へ向かう。


親からはなんの声援もなかった。


会場について、指定された場所へ行き、座る。


頭がくらくらしていた。心も痛いままだ。


それに、受験をしに来たたくさんの人々に圧倒される。こんなに人が来るのか、と思うくらい人が来ている。


会場に、試験官らしき若い女性が入って来た。この大学の学生だろうか。


「では、スマホは電源を切って、持ち物は筆記用具以外全部しまってください」


言われて様々な音が聞こえてくる。梓も筆記用具以外は全部しまった。テスト用紙が順に配られる。すると会場内は静まり返った。


午前九時になる。


「それではテスト、始めてください」


まずは国語から。一斉に紙をめくる音と、文字を書く音が聞こえてくる。


梓も問題文をめくった。瞬間、問題文がぐにゃりと歪む。


それでもなんとか解いていった。次に英語。やっぱり文字が歪んで見える。


平常心。冷静に、冷静に。


そう思いながら必死になって答えを埋めていく。思っている以上に頭と体力を使い、

日本史のテストが始まるころには疲れ切っていた。



正直、もう梓には自分がどれだけ解けて、どれだけ解答があっているのか判断がつかない。手ごたえというものもあまり感じられない。


三教科を終えてテストが回収されると、そのまま五分ほど机に突っ伏していた。試験官が寄って来る。


「すみません、どうされましたか?」


「いえ、ちょっと体力を使っただけで。少しだけこうしていれば治ります」


「具合悪いようなら言ってくださいね」


そう言って、試験官は作業に戻った。


更に五分ほどして起き上がる。


もう、会場に受験生はほとんどいなかった。残っているのは試験官だけだ。一言挨拶をして、家に帰る。


出来がどうだったのかと問われても、正直本当に判断がつかない。必死に解いた。


その事実だけは梓に刻まれている。家に帰っても、母はなにも言わずにテレビを見ていた。


遠藤のところに三人で行けば行くほど、母は機嫌が悪くなり、家族仲も険悪になっている。


遠藤のほうもこれには相当困っているようだった。もう二か月ほど、心療内科以外で家族と最低限のことしか口を利いていない。


翌日もあまり眠れないまま学校へ行くと、クラスの雰囲気は淀んでいた。


昨日は受験する子も多かったようだ。推薦組の子や受験のない子は普通に授業を受けていた。


結果待ちの子は、みんな不安そうにしている。もう、受験が終わるまで学校に来る必要もないかもしれない。学校に来ても体が拒絶反応を起こすからだ。


立ち上がり、叫びだしたくなる。


わけもなく意味不明な行動をとりそうになる。学校はしばらく休もう。


そう思って梓は早退し、雪乃に挨拶をして学校から帰る。


家に帰っても勉強しかすることがない。


時々体を休めながら勉強をして、温めたミルクを飲む。三日後にまた滑り止めの試験がある。


とりあえず頑張らなくちゃ。そう思って勉強に集中する。だが、三日間、また一睡もできなかった。


ふらふらになりながら受験会場へ行く。テストの文字が相変わらず歪んで見える。


記述式ではなくマークシートだったので、精神的な負担は少しだけ減らせた。


だが、あれだけ頑張ったのに問題があまり理解できなくなっている。この大学ならば、模試でも毎回A判定だったし、大丈夫だと思っていたのだが。


問題を噛み砕き、マークシートで答えていった。


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