第56話
十二月になると、さすがに教師陣も気を遣っているのか、静かになった。
だが教頭は、朝の礼拝でまだ去年の先輩たちの話をしつこく持ち出しプレッシャーをかける。
もう一年。一年も去年の先輩のことを話している。バカみたいだ。
梓は休みの日は毎日十二時間、平日は六時間勉強していた。
それでも頭は鈍いし時々眩暈がする。
細谷からの疑いは晴れず、もう晴らす気力さえなくなっていた。
机に犯罪者と書いた子ももう忘れているのかもしれない。出てこない。
結局細谷から疑いをもたれたまま、犯人扱いされた傷が治らないまま、半ばいじめに陥ったことをみんなは忘れたまま、自分はこの学校を卒業するのだろうと思った。
それがたまらなく虚しく、悲しく、傷ついた心に更にひびが入る。
納得なんか、まるでできなかった。
でもそのことに引っ張られないようにしながら勉強を続ける。
クリスマス直後に受けた模試ではなんとか志望校のA判定を貰えていた。
受かればこの死にたいという気持ちも消えるだろうか。年末ムードに圧されながら、冬休みに入る。
なんとなく不安になって、志望校を滑り止め含めて四校から六校にした。
お金がかかるじゃない、と母親に文句を言われたが、なるべく受験するところを多くして、安心したいという思いがあった。
ある意味受験する大学を増やすことで精神安定剤にしたのだ。
クリスマスも、お正月も、その気分を味わえることなく過ごす。
冬休み中はほとんど予備校に入り浸っていたが、家にいると苦しくなる。
落ち着けるような居場所がなかった。心の中の傷口は、かさぶたにさえなってくれない。
年が明けて登校しても、始業式の日から授業がある。
普通の学校であれば、もう三年生はほとんど学校がなく休めるのに。意味のない授業を受けるも、みんなは授業より受験勉強をしていた。
時々注意をする教師もいたが、ほとんどの教師はなにも言わない。
教室の中にも緊張感が漂っている。
一月中旬。
共通テストの日になった。前日はほとんど眠れなかった。
なんとかテストを受けて、くたくたになって帰る。家では受験する大学の過去問の九割ほどは解けるのに、試験は思ったより難しくて、泣きそうになった。
来月はもう受験本番だ。梓は神経質になり、より震える思いでいる。
共通テストの翌日は、遠藤先生のところへ行った。
「どうでしたか。テストは」
遠藤は真顔でそう話す。
「あまり眠れなくて。自信がないです……」
「眠れないのは困りましたね。かといって強めの薬も副作用があるので出せませんし……。今はとにかく大事な時期です。なるべく無理せず、心身を休ませながら勉強に励んでください」
気を遣ってくれている。
「でも、私の中から憎しみが消えません。担任から疑いが晴れずに卒業していくのかと思うと……。犯罪者と机に書いた子も出てきません。ただ一言謝ってほしいだけなのに」
「そうですね。気持ちはよくわかりますよ。でも今は受験に集中しましょう。受験が終わってから、クラスの子に訴えかけてもいいですし」
そうしようかな。梓はそう思った。みんなの受験が終わり、落ち着いたころに、犯罪者と机に書いたのは誰か聞いてみようか。
「体も壊さないようにしてくださいね」
「心が壊れちゃっているんですけど……」
体が震えていた。寒さで震えているのか、受験前のプレッシャーで震えているのか、それとも別の要因で震えているのかわからない。
「とにかく、今は受験に受かることだけを考えましょう。不安になったら、いつでもここに来ていいですから」
「はい」
遠藤との話も、受験一色になっている。なにか胸の裡でくすぶっているが、その正体も分からず、なにも言葉にできずに帰ることにした。ただ受験前でナーバスになっているだけ。そう思いこむことにした。
受験する大学から、次々に受験票が届けられる。
精神状態が悪かったから、大学の、どこの学園祭にも行っていないし下見もしていない。下見をしているのは、高校一年の時にした第一志望校一校のみだ。
ふと思いついて、学校帰りに地元の神社へ寄った。
六年間の洗脳により罪悪感が湧き左右を見渡すが、誰もいない。神社は地元にしては大きく、参拝客は少ないけれど厳かな雰囲気だった。
嫌でもキリスト教にどっぷり浸からなければいけなかった身としては新鮮で、キリスト教とは絶対的に異なる爽やかな空気を感じた。
さすがに地元まで見回りをしてくる教師はいないだろう。それに、神社へ行ってはいけないなんていう校則は、あまりにもおかしくばかげている。
日本人なら日本の文化だって大事にしなきゃいけないのに、あの学校はその機会すら奪っている。
神社の正式な参拝方法がわからない。柏手の打ち方とか、なにかあったはずだが。まあ仕方がない。
お賽銭を入れて、お辞儀をし、手を合わせて静かに第一志望校に合格しますようにと祈る。
キリスト教は祈りを捧げるときは組手なので、手の合わせ方さえ新鮮だ。絵馬を買い、合格しますようにと書いておいた。
中学生らしき子も、絵馬に願い事を書いていた。こちらは高校受験の合格を願っているようだ。
受かるといいね。梓は内心で、中学生にそう言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます