第50話

「ならお母さんとおばあちゃんは同じ人格だった?」

 

母は考えるように天井を見上げた。


「……違うわね、言われてみれば」


「ならそれをもっと考えてよ。それに、お母さん、指輪が光っているから、装飾が綺麗だからっていう理由だけで聖花女子学院に入れたの? 怒鳴り散らしてまで。お母さんと同人格だと思っていたのならそれで私もお母さんと同じ気持ちになって私もあの学校へ行きたいと思いこんだの? 違うよ。そんなのあんまりだよ」


憎い。そう思った。行きたくないと言ったのに、梓の心を踏みにじって礼拝堂で輝くダイヤの指輪の輝きに心を奪われたのだ。


自分の心よりもダイヤの美しさのほうが大事だったのだ。


「だってお母さん、あの学校が気に入ったんだもの」


「お母さんが行きたかった学校でしょ? 私は入りたくなかった。そんな理由で私の人生壊さないでよ!」


梓は叫んでいた。謎の校則が、キリスト教が、逐一注意してくる教師が、犯人扱いされて半ばいじめられたことが、両親の言動が、全て、全て梓の心を黒く蝕んでいく。


泥沼にはまった心が、何十キロものおもりをつけられ更に沈んでいく。


「だってしょうがないでしょう。あんたもう入っちゃったんだから。それにもう少しで卒業なんだから我慢しなさい。大学にだって行かせてあげるんだから」


「そうだ。自分のことばかりではなく親のことも少しは考えろ。私立へ行かせる費用だってただじゃないんだぞ。それに大学だって学費は高い。国立受けられるだけの頭はないだろ、お前に」


私立中学を勝手に押し付けたのは親だろう。それなのになに、その言い草。


梓はどろどろになった心理的状況のまま自室に籠り、半ば泣きながら受験勉強をしていた。


遠藤の言ったとおり、きっと学校を卒業しても、傷ついた心は治らない。だから不眠症になったしPTSDになし、鬱になった。


胸が、楔で打たれたかの如く痛い。まるでキリストの受難のようだ。痛くて痛くて、梓は胸を両手でさすり、うめき声をあげながら十分ほど横になった。


あんな学校に入らなければ、母がちゃんと十二歳の時に話を聞いてさえくれていればこんな痛い思いも、学校に苦しめられることもなくて済んだのに。


私が悪いの? 全部、全部?


私、本当になんで生まれてきたの? 親と同じ人格とみなされて、親の望むとおりに生きて。


ほんと、なんで生んだの? 私の人生、何なの? 


神様、死にたい。もう、死んでもいいですか。


この六年の学校生活で、十代を無駄にしたのはなんでなのですか。


繰り返し繰り返し、部屋で一人自問自答する。だが、答えはなにも返ってこない。


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