第49話
「そういうことは言ってはいけない」
父は跳ねつける。梓は泣きながら言った。
「だって本当にそう思う。話を聞かない、娘の気持ちの何も理解できない、基本的に放置。苦しみに寄り添わない親なら、どうして子供を生んだの? いつもそうだった。娘が困っていてもお父さんは無関心で、お母さんに話してもなにも解決しない。私はいつも泣き寝入りだった。盗難のことだけじゃない。困っていることを話しても、明後日のほうを向いて、話半分に聞いているだけ。それであとは自分で何とかしなさい、我慢しなさいというスタイルだった。自分ではどうにもならないから頼ったのに。なにもしてくれなかった。学校が苦しいと言っても我慢しなさいで終わった。なんでやることだけやって生んだの? 娘を不幸にするくらいなら、私は生まれてきたくなかった。死にたい。今、死にたいよ」
梓は涙を流しながら必死に両親に訴えた。
両親は無言になる。
「学校生活でも追い詰められていたけれど、ご両親も娘さんを追い詰めていたんです。どうか、気づいてください」
遠藤が優しく代弁する。
「気づいたって、俺たちにどうしろと?」
「そういう態度が娘さんを傷つけるんですよ。そうして娘さんはもう、心が折れています。ポキリポキリと頭の中で音がすると仰っていました。それは、心が折れたという証です。治る――心が回復するまでには、長い時間がかかります。おそらく高校を卒業しても、ここへ通うことが必要になるでしょう。全力で娘さんの話を聞き、サポートして下さい。話をしっかり聞いて、困ったときは一緒に解決の方法を探ってあげてください」
遠藤は母親のほうを向く。
「もう一度言います。あなたと娘さんは別人です。そこをきちんと理解してください。聖花女子学院に行きたくなかったという娘さんの思いを受け止めてあげてください。彼女は中学高校という思春期の大事な時期を、親の都合で潰されてしまったんです。心を壊してしまったんです。ちゃんとケアしてください」
母が突然大きな声で言った。
「娘は復活しないんですか? なにくそ、負けてたまるかって」
「だから、それはあなたであって、娘さんはそういうタイプじゃないっていうことを理解してください」
「なら、娘はどういう子なんですか」
母は真顔で遠藤に訊ねている。人に訊かなければ分からないのか。人に訊けばわかるのか。
この母親は、父親もだけれど、本当にこれまで娘のなにを見てきたのだろう。
「言わなきゃわからないようなので言いますね。本当は自信で気づいてほしいところですが……」
遠藤は梓の性格を丁寧に両親に説明する。両親よりもこの先生のほうが何倍も梓の性格をわかっていた。たった二回会っただけなのに。
母親は遠藤の説明を聞いてようやく気付いたのか、そうなのですね、と深い息をもらした。そうして言った。
「そんなに難しく面倒くさい子だとは思いませんでした」
サクリとまた傷がつく。遠藤も流石に焦ったような顔をする。
「ですからそのような言い方は辞めてください。娘さんが傷つきます。それに、あなたの子供ですよ。子供を理解するのは親の役目です」
「でも、私と同じではいなんてありえません。それにもし違うなら、わかりたくないです」
はっきりと言う。遠藤の言葉を真に受けていないようだ。
「それは間違っています。なぜわかりたくないのですか」
「人の心なんてわかろうとしたら、私がおかしくなります」
「あなたの娘さんですよ?」
「だから私と同じです」
「いい加減違う人間と理解してください。そして娘さんの気持ちをわかろうと努力してください。それが親の務めですよ」
遠藤の語尾がきつくなっていた。そうして時計を見る。
二時間近くが立とうとしていた。
「今日の診察はこれで終えますが、まだ話し合いが必要なようですね。あなた方は娘さんについてなにも理解しようとしていない」
少し責めるような口調だ。
「後日、また三人で来てください」
お辞儀をして、三人で診察室を出る。薬局で変更になった薬の説明を受け、昼食にコンビニでおにぎりを買って家に帰る。
「あー、疲れた」
母はそんなことを漏らした。おにぎりをテーブルの上に並べて、両親は食べ始める。
父はテレビの電源をつけていた。
なんだろう、この人たち。梓はそう思った。遠藤があれほどのことを言ってくれたのに、何事もなかったかのようにいつも通りの生活を続けている。
「ねえ、話し合いはしないの」
思い切って梓は言った。
「もう心療内科で話し合いはしたでしょ? これ以上何を話すの」
胸が痛くなる。両親の理解がまるで得られていない。
テレビの音もうるさい。
「私が鬱病とPTSDになったのはなんでかわかる?」
「はいはい、私たちが悪かったのと、学校生活の影響でしょ」
「もっとちゃんと話を聞いてよ」
「お母さんもお父さんも忙しいのよ。あんたにばかり構っていられないわ。それにもう時間は巻き戻せないでしょ? どうしろって言うの。甘えないでちょうだい」
「そうだぞ、梓。過去のことをグチグチ言っても仕方がないんだ」
父までがそう言う。
「辛いことを話し合うのが家族じゃないの? 何で私が辛かった時、なにも聞いてくれなかったの? お母さんはまだ私とお母さんが同じ人格だと思っているの」
「同じよ。梓はお母さんの小さい版。だから、そのうちあんたの心も復活できるわよ」
遠藤の話のなにを聞いていたのだろう。腹が立ち怒りも湧くが、それを通り越して悲しいという気持ちのほうが勝る。
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