第48話

父はまるで無関心だ。なにも口を挟まない。


「お父さん、お母さんにも抱えているものはあるのでしょう。過去お父さんお母さんのご両親からの育て方にも問題があったのかもしれない。ですが、あなた方は娘さんを支配して、娘さんとの間に溝を作った。怒鳴られることで娘さんは委縮してしまい、我慢して今の学校に通われていたんです。この六年近くの間、少しでも寄り添って話を聞いたことはありますか」


「でも、娘はなにも言わないし」


父親が答える。


「言えないものなのですよ。思春期の子供というのは。問題があっても恥ずかしくて親に言えない。親に言うのはとても勇気がいることなのです。だから親のほうから積極的にコミュニケーションをとらないと」


あくまで穏やかに、諭すように先生は言う。


「それとPTSDや鬱病とどんな関係があるのですか」


母は前のめりになって訊ねる。


遠藤は梓の気持ちを代弁するかのように、梓の話も聞きながら細かく細かく学校生活のことを話した。


「娘さんと学校があわなかったんですよ。しかも娘さんの心の中には本当は行きたくなかったのに無理やり通わされたという不満がある。学校での締め付けも厳しい。そんな中、誰にも言えず頑張って頑張って通っていたのです」


「でも娘は何も言いませんよ?」


「一度だけ学校苦しいって訴えたよ。でも我慢しなさいって言ってなにも聞いてくれなかった」


「そうだっけ?」


覚えていない。なんともいえない虚しさが梓を襲う。


「高校三年という大事なときに立て続けに盗難事件が起きました」


「それは聞きました」


母が頷く。


「それについてあなたはなにをし、なんと答えましたか」


遠藤は母に言う。


「一応学校に娘を疑っているようですけれど娘はそういうことは嫌いですと言い、相談しましたが、学校は隠蔽しようとしていました」


「これについてもお母さん、我慢しなするしかないとも言った」


「だってもう高校生活も終わるじゃない。あんたが我慢すれば済む話でしょう」


母は怒ったように言う。


「それじゃ娘さんは犯人にされたまま学校を卒業してもよいと、お母さんはそう思われたのですか。娘さんの人生です。娘さんはそれで納得すると思いますか」


「学校側が動いてくれないんじゃ……」


母はうつむき、小さく言った。


「話を聞いて、娘さんの心のケアはしましたか」


「ケアってどうすればいいのですか。問題が起きても這い上がって立ち直る。それが私の娘です」


「それは娘さんの性格ではありません。あなたの性格なのではありませんか? あなたは問題が起きても這い上がれるタイプなのでしょう。でも娘さんはさっきも言ったようにあなたと別人格。這い上がれなかったんです」


「そうなの?」


母は梓を見て訊ねた。梓は頷く。


「そう思い込んで、あなた方はなに一つ娘さんのメンタルを考えなかった。学校生活において。だから、娘さんは不眠症になり鬱病になりPTSDにもなってしまった……本当に一人で戦っていたんですよ。この六年近く」


両親はしばらく黙っていた。だが、特に反省している様子もなかった。


遠藤はもう一度、一つ一つ、梓が学校で嫌だと思っていることを、時折梓に確認を取りながら両親に話していった。


「娘さんの幸せを思うのなら、娘さんの話を聞いてあげてください」


「でも、話を聞いてどうしろと? 学校生活での時間はもう戻ってこないし、盗難の犯人にされたことも過去です。あとは受験と卒業を待つだけという時期に、こんな話をされても困りますよ」


父が言う。


この両親は本当に、自分に対して心理的な部分はなにもしてこなかった。話を何一つ聞かず、放置をしてきたのだ。


これだけ遠藤が詳しく話しているのに、反論するだけ。お弁当を作ってくれているのは有り難いけれど、両親にとって私の存在ってなんなのだろう、とふと思った。


なんでコントロールするの。なんでこんなに掛け違えるの。


なんで十二歳の時怒鳴ったの。


なんでお母さんが行きたかった学校に、私は自分の人生を犠牲にしてまで入らなきゃならなかったの。なんで。


「なんで生んだの?」


梓は涙を流し、思わずそう言っていた。

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