第46話

チャイムが鳴って目を覚ます。心がだるい。起きたくない。


「あの、すみません。梓がいると思うのですが……」


雪乃の声が聞こえてきた。保健室までわざわざ来てくれたのだ。


菊池となにかを話し、雪乃がカーテンを開ける。


「もうお昼だよ。大丈夫?」


「うん……」


大丈夫ではないけれど、そう頷くことにした。結構眠っていたのだ。


「お昼、食べられそう?」


訊かれて頷く。久々に空腹を感じていた。ここのところ、空腹さえ感じることがなかった。


「うん」


「なら一緒に食べよ」


雪乃は笑顔になる。梓はベッドから起きて上履きを履くと、菊池に挨拶をして保健室を出た。教室に戻り、雪乃と一緒に弁当を食べる。


「梓、ここのところ調子が悪そうだね。昨日も休んだし。今も顔色が悪くてぼーっとしている」


「うん。なにもかも悪い……」


そう言って、心療内科へ行ったことを雪乃にこっそりと話した。


「え、そこまで?」


「うん。眠れないし心は苦しいし。私、どうしちゃったんだろう」


雪乃は箸を止め考えこむ。


「こういう時、なにを言ったらいいのかわからないけど、梓、色々あったもんね。そうなってしまうのも仕方がないと思う」


「うん、ごめん迷惑かけて」


お弁当も全部入りそうになかったが、雪乃に心配をかけないために無理に胃袋にすべて詰め込む。


「全然迷惑なんかじゃないよ」


雪乃は笑って首を振った。


「私にできることがあったら言ってね」


「うん、ありがとう……」


周囲を見ていると、五月、六月のギスギス感はどこへやら、各々平和な昼休みを過ごしているようだった。


そうして、落ち込む。最初はなぜ落ち込んでいるのか自分でも理解ができなかったが、深く考えているうちに、五十嵐の言うとおりなのだと思った。


担任や犯人の三人組に謝罪をされていない。それに工藤は中等部の時に梓にいじめをしていた。


きっともう忘れているのだろう。謝罪されたところで、もうどうにもならないけれど処罰がないことにも納得がいっていない。


でも理由は多分それだけじゃなくて、この学校の締め付けがきついのも大きな理由だ。


生徒を縛りあげ、神の教えに従えと洗脳され、中一の時からついてきたたくさんの傷。そうして高校になってから傷は深くなっていった。


それが今になって表面化しているのだ。


なんで? なんでこの学校に入らなければならなかったの?


その疑問にずっと蓋をしながら心を殺して学校生活を送ってきた。


だが、卒業前に我慢の限界に達して、蓋が開いてしまった。


「梓?」


雪乃が声をかける。


話を振ってくれているのに、全然聞いていなかった。


「あ、ごめん。なにも聞いていなかった」


すると雪乃は眉間にしわを寄せた。


「ねえ、本当に心配。でも、私は梓に出会えてよかったよ」


「うん、私も雪乃に会えてよかった」


学校生活の中でよかったことと言えば雪乃に出会えたことくらい。


でも、それだけでは心の負担は軽くならなかった。


放課後は希望する子だけ学院祭の準備に取り掛かっていた。


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