第44話

「もう十日以上まともに眠れていないんです。受験の大事な時期です。眠らせてください……」


梓は細い声で鳴くように言った。


「それだけ眠れないのは大変でしたね。なにか眠れなくなった原因にこころあたりはありますか」


「眠れなくなる直前にポキリポキリ、という音と、砂嵐のような音が頭の中に響いていました」


「今は聞こえる?」


梓は首を横に振った。


「どうしてそのような音が聞こえるようになったのか、分かりますか」


梓は頷き、これまでのことを話した。雰囲気の合わない学校に、母から無理やり入学させられたこと。


学校の締め付けが厳しいこと、宗教を強制されること、盗難が頻発し、犯人と疑われたこと。


先生は事細かに聞いてきたので、梓も細かく嚙み砕いて話した。


「よく逃げずに頑張りましたね。学校行きたくないなら行かなくてもいいんですよ」


優しい声に涙が溢れ、梓は涙を流していた。


「いえ。最後まで行くつもりです……受験に影響するかもしれませんし」


「今一番困っていることは眠れないことと勉強がはかどらないこと、精神不安定になっているということですね」


「はい」


「眠れるお薬は出しておきましょう。ですが、抗不安薬は出しません。受験生に抗不安薬は良くないと思っているので」


梓は顔をあげた。


「そうなのですか」


「結構副作用が出ますからね。状況を聞いても抗不安薬を出してしまう先生はたくさんいると思いますが、頭の回転が鈍くなりますから私はお勧めしません。結局今の精神医学は対処療法ですしね」 


遠藤、と名乗った先生はゆっくりと話す。多分、いい先生だ。そう思った。


「ですがあなたは鬱病になっています」


「え、鬱?」


聞いてびっくりした。


「中度鬱ですね。先ほど回答して頂きました用紙から、計算して合計点数を出すのですけれど、その数値によると中度鬱になるのですよ。で、話を聞いてもそう思います。それに多分複雑な学校環境と、盗難の犯人扱いされたことから多分心的外傷後ストレス、つまりPTSDを発症していると考えられます」


「PTSDですか……」


確かに胸に大きく傷がついたままだ。治る気配もない。


「ええ。盗難の犯人と疑われたことが一番の大きな原因と思いますが、学校生活のストレスも大きく影響していると考えられますね」


「はい、もう学校には拒絶反応しかなくて」


ははは、と遠藤は笑う。だが全然嫌な笑い方ではなかった。


「あとはご両親との関係がうまくいっていないことも、あなたの心の育成に影響を与えていることもあると思います。今度ご両親とも連れてきてください。みんなで話をしましょう」


「父は仕事があるので」


「お父さんは土日はお休みですか」


「はい」


「うちは土曜もやっていますから」


「でも、全く理解しない親なので来てくれないかもしれません」


「その時は私からお話をしてご連絡をいたします。あなたの鬱病の原因は、学校と家庭、両方にある」


薄々そんな気はしていたが、改めて他人から言葉にされると、ストンと納得がいく。


「休めるときがあったら、学校も休んでください」


梓は頷いた。なら学院祭は休ませてもらおう。


話し込んでも話し足りない。結局二時間近く話し、診察を終えた。


次の人に睨まれたような気もしたが、ここは患者の話をじっくり聞いてくれる。


昨日ネットで様々な心療内科の口コミを見た限りだと、先生の態度が悪かったり、三分診療で終わったりしてしまうところもあるらしいので、話を聞いてもらえただけでも助かった。


それに睡眠薬も処方してもらえる。


これで眠れる。


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