第35話

「本当に、私じゃない」


梓は他の二人を見る。二人とも首を振った。


じゃあ、中等部の時の盗難は全部闇の中か。五十嵐の言うとおり、他にも手癖の悪い人間がいるのだろう。三組の盗難は別件か。


「で、動機は?」


梓は繰り返し尋ねる。


「お金が欲しかったのと、スリルを味わいたかったから」


山田が項垂れ涙を流しながら言った。


「三人とも?」


「山田に盗み癖があったんだよ。中一の時、五十嵐の財布を盗んだと聞かされた。初めて告白された時は驚いたけど、庇った。中二の時も山田は財布を盗んでいた。それで中三の時、私たちもお金欲しさに始めた……そうしたら病みつきになって。最初はちょっとずつ他クラスの子からも盗んだ」


小森が泣きながら言う。


「三組の盗難の件は?」


「それも知らない」


場が呆れたような空気になる。


「嘘つくなよ!」


山崎が言った。


「三組の盗難は本当に知らない……」


工藤も弱弱しく言う。


「盗んだお金と財布はどうしたの」


「お金はゲーセンとかに使って財布は捨てた……」


「ほら、もう窃盗罪じゃん」


高瀬が呆れたように首を回す。


「謝ってよ! なにしてくれちゃってるの」


小林が半ば悲鳴を上げた。


「財布もお金も返してもらえないならせめ謝ってくれない? 私あの財布、お小遣い貯めて買って気に入っていたんだから! 土下座して謝れ」


「小林さん……」


鈴木がおさめようとする。


そうだよ、謝れよ。盗んだ分の金返してやれよ。そんな声が方々から響く。だが三人は項垂れ、泣いたまま謝ろうとはしなかった。


「それで、私に罪をなすりつけていたのは」


「噂になったからそのまま成り行きで黙っていた」


クラス内はどす黒い闇のようなものに覆われていく。実際目に見えるわけではないけれど、梓にはそう感じられた。


生徒たちが更に何か言おうとするが、チャイムが鳴って細谷が入って来る。


「先生、盗難の犯人がわかりました―」


山崎が言う。細谷は目の色を変えた。


「どうした。犯人が分かったってどういうことだ」


鈴木が証拠の動画を見せていた。すると細谷は怒った表情をする。


「この動画を流したのは誰だ?」


誰も手を挙げない。教室は静かになる。


「犯人は探さないと言っただろう。動画を流したのは誰だ」


この担任、だめだ。どこまでも犯人を庇うつもりだ。心底軽蔑する。


梓は冷めた目で細谷を眺めていた。


「犯人を捕まえなかったらいつまでたっても被害は続きましたよ。証拠の動画を流してくれる子がいなければ、三村さんが疑われたまま、疑心暗鬼になって卒業をすることになっていました。なんで動画を流した子を責めるのですか。これは窃盗罪です。この意味、先生がわからないはずないですよね? それに、先生も三村さんをずっと疑っていましたよね。謝罪してください」


鈴木が冷静に、諭すように細谷に立ち向かっていた。


細谷はため息をつき、言った。


「工藤、山田、小森。放課後生徒指導室へ来い」


三人は力なく返事をする。


「じゃあ、みんな礼拝堂へ向かえ」


「三村さんに謝らないのですか」


雪乃が立ち上がった。


「……すべては神の御心のままに」


「意味が解りません!」


本当に意味が分からない。どういうつもりでいきなりそんなことを言ったのかすら判断できない。


それともこの人、病んでいるのか。いいや、病んでいるのはこの神学校を称する悪魔学校だ。


なにか問題が起きると、必ず神がどうの、とすぐに教師たちは言い出すから。


「じゃあちょっとだけ祈るぞ」


そういって細谷は腕を組み目を閉じる。


「我々は今試練を迎えました。それを与えて下さった神に感謝します。この祈りをイエス・キリストの御名みなによって御前みまえにお捧げいたします。アーメン」


生徒から一斉にブーイングが起こる。なにこれ。マジイミフ。周囲はそんなことを言っている。梓も細谷の意味不明な行動に唖然とする。結局謝りたくないのを、祈りに変えただけとしか思えない。


「時間だ。礼拝堂へ向かえ」


「最初先生が疑ったから三村さんは傷を抱えることになりました。謝ってください」


「……みんな教室から出ろ」


まるで聞こえていないように言う。細谷も頑なに謝ろうとしない。梓と目をあわせようともしない。


自分が正しいと思い込んでいて、それが外れても謝るのはプライドが許さないのだろう。


結局、全員で礼拝堂へ行き、クリスチャン教師から聖書の教えを聞いてクラスに戻った。


授業と授業の合間の休み時間、昼休み。犯人である三人を責める子が多かった。


そうして責める以外に話しかけようとする子もいない。


ただ、これで盗難はなくなる。そう思うと梓は安心していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る