第33話
梓は衝撃を受ける。あれだけ梓を煽っていたのに。
そしてあれだけ教師と言い合いをしていたのに。
「他に動画はある?」
深刻な表情で梓は言った。五十嵐は頷くと、他の動画を見せてきた。
今度は、小森が昼休み直前、誰も見ていないことを確認して、見澤の鞄から財布を盗んでいた。
鞄は二種類あり、サブバッグと、革鞄だ。革鞄には大きなポケットがついている。
その革鞄のポケットの中から、小森は手際よく財布を取り出していた。
取り出す瞬間の動画に他の子が写って確かに見にくい。
ただ繰り返し見ていると、小森が盗んでいるのはちゃんとわかる。
あいつ、私の机を蹴ったくせに。これにもショックを受ける。
五十嵐は他にもある、と言って見せてくれた。吉岡の財布も、革鞄から礼拝堂に行く前に山田が盗み取っていた。
そうして他の動画では、多分全員が帰ったクラス内で、盗んだ財布からお金を取り出しお札と硬貨の数を三人で数えているものもあった。
「このまま三村に罪をなすりつけていようぜ。そのほうが楽」
工藤が言っている。
「そうだね、そうしよう。なるべく三村を煽ってさ」
「細谷が三村疑っているもんね。これは予想外だったよ」
山田がそう言ってけらけらと三人で笑っている。
実際に犯人を知るとなると、衝撃的過ぎてもう憤りが止まらない。さらには梓が疑われていたほうが好都合というような発言までしていることに腹が立つ。
「あそこにも鞄あるよ」
小森がカメラに気づかず、視線を送っている。
「いや、五十嵐のだろ? さっき財布持って出て行った」
「あいつ一人で何やってんの」
「さあ?」
ということは、五十嵐はこの三人よりも遅くに帰ったのだろう。
「この三人より遅くにいたのもこうなることを見越して?」
梓は訊ねた。
「うん。疑惑が膨らみ始めてからはずっと、クラスの最後に帰っていた。私は影が薄いからなのかな。なぜか誰からも疑われなかった。もしかしたら私も疑われる可能性があったけど、それも覚悟で何かしら証拠が取れるだろうと思って。でも改めてみてみると、ああ、やっぱり犯人はこの三人だったんだなって」
「私、工藤さんと中等部三年の時クラス同じだったけど、こんな盗難が頻発するようなことなかったよ……」
財布は一度盗まれた。あれは工藤の仕業だったのだろうか。わからない。教科書とノートを盗んだのも? それは多分違う人だ。直感が働く。中等部の時の犯人はもう捕まらない。
「中一の時、私の財布が机の中に入っていたのは山田さんね。工藤さんと小森さんが庇った。多分グルだったんだと思う。それで、中一の時の実行犯は山田さんだよ。山田さんが私の財布を盗んで、自作自演をしていたんだ」
言って五十嵐はまっすぐに梓の目を見つめる。
「三村さん。知っていたのに疑われていたときに言えなくてごめん。そこだけは本当に謝りたい。中々タイミングを見つけられなくて。私も勇気がいることだったし。本当は、『沈黙』の発表準備をしている間に言えればよかったんだけど……工藤さんがいたし」
「うん……」
五十嵐も、なにを考えているかわからなかったけど犯人を見つけることに躍起になっていたのだ。
中一の時の恨みを晴らしたいといったところだろうか。そうして五十嵐は、犯人を知っていたから梓を煽ることも疑うこともしなかった。
「ありがとう……ちゃんと犯人見つけてくれて」
動いてくれた子がいる。梓ではメンタルがやられてどうにもならなかった。観察もできなかった。目じりに涙が溢れる。
「私にとっては持ち物検査を細谷がしなかったことがプラスに働いた。で、この動画を、メールやラインのアドレスを知っている学校の子全員に流すつもり。一度パソコンに取り込んで、短くカット、編集して、私とわからないように別アカウント作る。まあ、座席の位置からバレるかもしれないけど。それに三人が喋っているやつは送らない。でも何かあれば音声だけの証拠も出せるから」
いい案かもしれないと梓は思った。犯人は特定するだけではなく捕まえて罰を受けるに限る。
濡れ衣を着せられ続けていたのだ。どうなるかはわからないけれど、罰はちゃんと受けて欲しい。
「私もお願いしたい。つまり黙っていてほしいから、こういう場所に私を呼んだんだよね?」
ぬるくなったコーヒーを一口飲んで、水も飲む。
「うん。内密にお願いしたい」
クラスの子たちはほとんど中等部からの顔見知りだったし仲も悪くなかったので、四月に全員とアドレスやラインの交換をしている。
「小森、工藤、山田、三村さん以外のすべての子に送る。あと他クラスの知り合いにも」
つまり三人以外、クラス全員に広まるのだ。
「一人で大丈夫? 山田さんたちからひどい目にあわない?」
「大丈夫。少し心細いけど、私も今回の件で相当怒っているから。やっぱり、目には目を、だよ。今日帰ったらやるね。あの三人どうなるか楽しみ」
五十嵐は不敵な笑みを作る。
だが、今まで不気味に思えていた五十嵐は、よく見ると可愛らしい顔立ちをしていた。
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