第32話
「え……それって直接見たの?」
梓は思わず身を乗り出した。これは進展ありか、と思う。
「直接は見ていない。直接は。少し私の話を聞いてくれる?」
引っ掛かりを覚えたが、大きく頷く。
「中一の時にね、クラスで盗難があって私の財布が盗まれた。その時は担任が一斉に持ち物検査をしたの。そうしたら、別の子の机の中から、私の財布が出てきた。その子はなんで私のところに財布が入っているの、って泣きだしたんだけど」
五十嵐は朴訥と話す。その子が犯人なのか?
「誰かが盗んでその子の机の中に財布を入れたのかな」
疑うのもよくないのかもしれないが、そんなことも言っていられない。
ひとまずワンクッション置いてみよう。そう思った。
「人を疑うのは良くないと思って、私もその可能性を考えたし、そう思い込もうとした。中一の時だからもう何年も前になるけど。当時の担任が確認すると、中身は抜き取られておらず、財布の中にお金もちゃんとあった。だからまあ、財布は戻ってきたのだけれど。で、泣いた子に大げさに庇う子が二人いた。庇った子は、机の中に財布が入っていた子と仲が良かった」
「うん」
「で。高三になって、その三人がうちのクラスにいる」
梓はわけもなくドキリとした。単独ではなく複数なのか。
五十嵐が犯人だろうと思っている子が三人とも同じクラスになったのは偶然だろう。
教師も何を考えているのかわからないけれど、学年の人数が八十人という狭い世界だ。同じクラスになることもあるのだろう。
「でもそれだけじゃ決めつけられないよね、もっと決定的な証拠がないと」
五十嵐はゆっくりと首を横に振った。
「最初は疑うのをやめようと思ったけど、だんだん二人は庇ったふりをしてグルになって盗んだと疑いを持った。三人共目が異常にギラギラと光って、なにか怪しいって思ったから。それに、私の財布だけじゃなく、他の子の財布も盗まれて、その時はトイレに中身だけ抜き取られて財布は捨てられていたこともあった」
「そんなことが……」
盗難はしばしばあったけれど、五十嵐とは今年になるまでクラスが同じになったことはないから、それまで話したこともなかった。
だから五十嵐の中一での出来事を知らない。
「私のクラスにも盗難があったけど」
「盗み癖のある子、私が疑っている子以外にもいるんだと思う」
梓も五十嵐も、同時にコーヒーを飲む。香り立って、美味しかった。甘さに少しだけストレスも和らぐ。だが二人の間に流れる場は緊張していた。
「他の盗難のことは置いておいて、今クラスで起きていることね。高三でその三人とまた同じクラスになった時、直感的に思った。ああ、これまた多分盗難が始まるなって。でも疑っているだけじゃ証拠なんて掴めるはずがないから、鞄に細工して、音声も聞こえる小型防犯カメラを買ってずっとつけていたの」
「それが証拠? あ、ああ。でもそういうことなんだ……」
合点がいった。何度教師に注意されても不気味に笑って机にずっと鞄を置いていたことに。
不気味なので教師からちょっと距離を置かれていた。
結果、この子は仕方がないという感じで鞄を机に置いていることを許されていたが、それは直感が働いて犯人を見つけるためだったのだ。
「まさか、演技していた? 教師の前で」
「もともとの性格もあるけど、半分くらいは。鞄は絶対机の上に置いておきたかったから。机の横にかける場所じゃ、カメラがあっても役に立たないから」
五十嵐は鞄を見せる。サブバッグに小さな穴をあけて、そこにカメラを取り付けていた。
「それで、その三人っていうのは……」
一番知りたい事を訊く。
「このカメラ、スマホでも見られるやつだから全部録画してある。ちょっと人影が映り込んだりして見通しの悪いものもあるけど」
五十嵐はスマホを取り出すと、犯人が映りこんでいる動画を探しているのか、長い時間指で操作し、そうして梓に見せた。
「これが三村さんが遅刻した日の映像」
画質が少し悪いが、でもはっきり教室の様子が見える。教師の号令の下で、みんなが礼拝堂に行くために廊下に出ているときだ。
十七人の子が廊下に出た。だが、残りの二人は遅れるふりをして、一人が服部、もう一人が小林の鞄にさっと手を入れ財布を持つと、すぐにポケットに入れている。
そうして目配せをして、廊下から出ていた。
その二人は――
工藤と山田だった。
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