第30話
生理中のダンスはキツイ。
ナプキンに血が広がっていくのがわかるし、臭いも気になるし、体調も悪いからふらつく。
すると竹林は梓に目をつけて怒鳴り注意をしてくる。
生理なんて言い訳は許されない。
六時間目のダンスが終わると、梓は顔をしかめて着替える。
竹林は女でも、生理の子の気持ちがわからないタイプだ。
着替えて椅子の背にぐったりしてもたれかかる。
細谷は着替えに気を遣っているのだろう。
ダンスがある日は、遅くに教室に来るようになった。だから帰る時間も少し遅くなる。
予備校には行けていない。
全員が着替え終え、ホームルームが始まる。
「体育祭衣装の締め切りは、みんな知っていると思うけど二十日までです。あと、明日から期末前までに学院祭の出し物を決めます」
鈴木が報告して、クラス内がざわつく。みんなかったるい、といった様子だ。
この学校の学院祭は壁に何も貼ってはいけないという決まりがあるから楽しくない。
ものすごく殺伐とした、つまらない学院祭になる。
「他は何かありますか」
今だ。梓はすかさず手を挙げた。
「三村さん、どうぞ」
「前に立っても?」
訊ねると、鈴木は細谷を見る。細谷は壁際に寄った。
梓は前に行き、教卓に立つ。内心ではものすごく緊張して、心臓が口から飛び出そうなほどだ。でも、はっきり言おう。
「一連の盗難事件の件ですが、私は細谷先生に疑いをかけられました。それを見たクラスメイトが私を疑って、あっという間に噂が広がり、その噂は他のクラスにまで及んでいます。でも、私はやっていません。小学生の時、友達に万引きをする子がいて縁を切ったくらいです。そのくらい、そういうことをする人が嫌いです」
みんなは静かに聞いている。梓は勇気を振り絞り続ける。
「私は万引きをした友達を見て、帰ってから苦しくなって泣きました。それ以来窃盗は、いや窃盗以外の犯罪も赦せなくなっているタイプです。だからやっていないという証明はできないけれど、犯人は私ではありません。繰り返しになりますが、私はそういうことが大嫌いです。まだ他クラスの子からの信頼は取り戻せていません。仲のよかった子がよそよそしくなっています。でも、今日は数人の生徒が謝ってくれました。それで疑いは晴れたのかわかりませんが、とにかく犯人扱いされて泣きましたし、今でも胸が苦しいです。ここでもう一度、犯人は私ではないと言っておきます」
みんなは黙っていた。
言い終えて、席に座る。すると細谷が教卓に立ち、言った。
「はい、じゃあ終礼」
「それだけですか」
雪乃が立ち上がった。
「それだけとは?」
「先生が最初に梓――三村さんを疑ったせいで、三村さんは傷ついていたのですよ? 噂も他クラスまで及んで、まだ信頼取り戻せていないって言ったじゃないですか。それで三村さんが話し終えて、なにも感じないのですか」
細谷の目が泳いでいた。面倒事には巻き込まれたくないという顔だ。
「先生には先生の考えがある。だから何も言わない」
「考えってなんですか」
「言えない。だが先生だって苦しいんだ」
おそらく、まだ犯人が梓であると思い込んでいるのだろう。
雪乃もそう思ったらしい。立ったまま食い下がる。
「じゃあ、真犯人が白状したら、真犯人を教えてくれますか」
「それはできない。前にも言ったとおりいじめに繋がるから」
「窃盗罪をしている犯人は守って梓は守らなかった。真犯人が見つかった時の処罰はなにか考えていますか」
細谷は小さくため息をつき、そうして前を向いた。
「とにかく終礼だ。今日は職員会議がある」
逃げるなよ、担任。処罰なんて考えてないだろ。そんな罵声が方々からあがったが、結局終礼をしなければいけないような雰囲気になって、当番の渡辺が聖書を読み上げる。感想を言って、付け加えた。
「私も三村さんが犯人だと思い込んでいました。反省しています。ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。謝られても許せる気にはなかなかなれない。暴言を吐いたラインの中に、渡辺もいたからだ。
終礼が終わると掃除当番だけ残り、みんな散り散りになった。
梓も雪乃と帰ることにする。すると、背後から声をかけられた。
「よっ」
振り返ると、田崎がいた。
「たっつん。どうしたの」
「いや、前ライン貰って以来、全然話してないなと思って。廊下ですれ違っても話しかけづらい雰囲気だし、ダンスの時も元気ないし、大丈夫?」
田崎も梓が犯人扱いされていることはもう耳に入っているだろう。
でも彼女は竹を割ったような性格で噂を信じるタイプでもない。だからこうして話しかけてきてくれたのだろう。
「うん。クラスで私にかけられていた盗難の疑いが……晴れたのかな。でも、うちのクラスは問題が山積みだよ。疑いが晴れても真犯人はわからないし、まだ盗難はあるかもしれないし」
「二組の子から聞いたから知ったけど、ボイコットした時は驚いたよー。二組がなかなか来なくて、ずっとざわざわしていた」
そう言って爽やかに笑う。
「でもまだ落ち込んでいるんだよね。少し心配で」
「私も心配している」
雪乃も言った。
「うん、心配かけてごめん。大丈夫だから」
本当は大丈夫ではないのだが、空気を悪くしないために言った。
「みむらんは今後どうしたいの」
田崎が歩きながら訊ねる。
「他クラスの子の疑いを晴らしたいし、真犯人を見つけたい」
「わかった。じゃあ、うちのクラスにも疑っている子いるから、それとなくみむらんが犯人じゃないと洗脳しておくよ」
「洗脳って……」
「まあ、うちのクラスで噂している子がいたら諭すし、二組で疑いが晴れたって言っておく」
田崎の声は明るい。雪乃とこの子がいてよかった、と梓は思う。
彼女たちは最初から梓を疑っていなかったから、救われている部分があった。
駅につくと、二人と別れた。三人とも別方向なのだ。
電車に乗って、窓に映された自分の顔を見る。やっぱり疲れた顔をしている。それにこれまで気づかなかったけれど髪もぼさぼさで伸びてきている。
疑いは晴れても心は晴れない。
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