第21話

授業に発表しろ、というものがなくなった代わりに、六時間目に学年全員の子たちが呼び集められた。


六月三十日の体育祭に向けての準備をするのだ。


競技の他に、ダンスをする。三年がダンスを披露するのは、この前二年生が言ったとおり決まりとなっている。


二年生はダンスに励んでいたけれど、三年になればいやというほどやるのだ。


体育祭実行委員の小森と上田が他のクラスの実行委員と一緒になって曲と衣装を考えるらしい。


そしてもう選曲はされている。振り付けは竹林が担当となる。


「はいじゃあ、全員背の低い順から並んで」


竹林のきびきびとした声が飛ぶ。生徒たちは黙って並ぶ。そこから入れ替わり、背の高い子が一番前に来るようになる。


そうしてダンスが始まる。振り付けを徹底的に叩き込まれた。まずは左手を上に、右手を横にピンと伸ばす。


「小山田、指の先まで力入れろ!」


全員を見渡し、竹林が怒鳴る。小山田、と呼ばれた他クラスの子は緊張した面持ちで、「はい!」と答えていた。


「まだ緩んでいる、ちゃんと力を入れろ!」


見ているともう裂けそうなくらい小山田は指先まで力を入れているのだが。


何が気に入らないのか竹林はずっと小山田を叱り続けている。


それが終わると、最初の三分三十秒ほどの移動と振り付けを覚えさせられる。


ダンスの時間は全部で七分だ。体育は今日から全て六時間目になり、学年全員が集まってこのダンスに集中しなくてはならない。


六時間目。嫌だな、と思う。竹林のことだから、恐らく完成が近づくにつれ、授業時間が延びるかもしれない。


四十五分という時間を終えるころには、全員が息を切らせていた。


竹林が目をつけた生徒にねちねちと怒鳴りつける。精神的にもきつい。梓は目立たないようにしっかり覚えるようにして、難を逃れた。


でも、本音、ダンスなんてやりたくない。


「いいか、体育祭を休んだ者は成績1にするからな!」


竹林は体育館中に響き渡るような声でそう言った。これは本当に脅しだ。学校ではこんなことがまだまかり通っている。


本当にうんざりする。


体育の授業が終わると、相変わらずみんなはクラスの中で堂々と着替えていた。細谷が来てもお構いなしだし、生理のナプキンも飛び交っている。


そうしてクラスの雰囲気は、怒りに満ち溢れていて落ち着きがない。


梓が着替え終わると、小森に思いっきり机を蹴られた。


机は倒れかけて、隣の席にぶつかる。幸い隣に人はいなかった。


「なに?」


思わず立ち上がった。


「おまえが犯人なのに、しらを切っているからむかつくんだよ」


「だから私じゃないって言っているでしょう。高三にもなってまだ、こんないじめみたいなことするわけ? 私が犯人という証拠は?」


「状況証拠ならあるよね?」


山崎が口を挟む。状況証拠。多分、一時間目のクラスに誰もいないと体育の時に梓が来ていたという点だろう。そうして細谷に呼び出された点も加味されているのだろう。


「だから菊池先生に訊けばわかるって言っているでしょ」


「菊池から聞いたけど、トイレに行った時間あるよね?」


小森が言う。なんだ、この子たちも細谷と同じか。


「じゃあ、他に証拠は? 見澤さんや吉岡さんの財布を盗んだという証拠は? あんたたち持っているの」


「…………」


小森も山崎も黙り込んだ。


「ないでしょう? 勝手に決めつけないで!」


「そうだよ。勝手に梓を犯人だと決めつけないで」


雪乃が机を直し、すぐ隣に来て言ってくれた。


「状況証拠なんか、証拠にすらならないでしょ。物的証拠じゃないのだから。担任の思い込みを、小森さんも山崎さんも真に受けて鵜呑みにしているだけでしょう? 憶測でものを言うのは辞めなよ」


雪乃は強い口調で梓を庇った。すると二人は黙って席に戻る。


細谷はずっと廊下にいるようだった。このまま、もし、被害が出続けて、誰かの財布がなくなれば、最後に残った子が犯人になるのかもしれない。いや。梓が疑いを向けられているうちは、犯人はずっと罪を梓になすり続けるつもりだ。となると最後の一人は梓にされる可能性が高い。そうなる前に犯人を見つけなくては。


鈴木が廊下を開け、細谷を呼ぶと入って来る。


「盗難の件、なんとかなりませんか」


今度は渡辺が細谷に不満をぶつけるように言った。


「終礼をする」


「先生、なんとかしてくださいよ。これ以上被害が出たらとんでもないことになりますよ」


渡辺が更に言うも、はい、終礼! と細谷は語調を強めた。


細谷はもう梓を犯人と決めてかかっているし、問題を解決する気はないようだ。逃げに走っている。


細谷は端のパイプ椅子に座り、終礼当番の高瀬が、教卓に立った。賛美歌を歌い終えた後で、マタイによる福音書五章三十九節を広げるように言った。


「『悪人に手向かってはならない。誰かがあなたの右の頬を打つなら、右の頬をも向けなさい』。いま、私たちのクラスには盗難が頻発しています。細谷先生は以前このマタイによる福音書に書いてあることを言いました。ですが、福音書の言葉を頼るだけではぬるすぎます。出エジプト記の二十一章、二十三節。『目には目を。歯には歯』です。犯人に報復を与えないと同じことが繰り返されます。財布を盗まれた被害者のことを考えてください。傷ついているはずです」


拍手が沸き起こった。


なんだか梓に対する当てつけのように聞こえる。だから雪乃と梓は拍手をしない。


ふと教室を見回すと、五十嵐も拍手をしていなかった。ただじっと不気味な様子で前を見ている。


それにしても。高瀬の言葉を聞いて思う。なら、濡れ衣を着せられている自分の傷は? 真犯人を見つけて報復できるならしたい。 


負った傷は治らない。


高瀬の言うことに、細谷は何の反応も示さない。


集めた財布を返され、体育祭実行委員が残ってあとは散り散りになる。


「ねえ、梓」


雪乃が近づく。


「ん?」


「教頭に相談してみない? 教頭に言うだけ言ってみようよ。細谷じゃ頼りにならないし、今のクラスのこと、教頭も知らないかもしれないし。事情を話しに行こう?」


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