第20話

翌日も雨が降り続いていた。


休みたい気持ちをこらえて、学校へ行く。ここで休んだら自分が犯人ですと認めてしまうようなものだ。


まとわりついてくる湿度と、メンタルが攻撃され続けているので、また具合が悪くなる。


でももう、保健室なんかへ行けない。


内心ゼイゼイと息を切らせながら教室へ向かうと、クラスの子たちは早めに来ていた。


雪乃も来ている。昨日鈴木と神楽が警察へ行くと言ったから、その様子を聞きたいのだろう。


梓もそう思って、いつもより一本早い電車に乗っていた。


七時五十分。クラスの子はみんな集まっている。 


鈴木と神楽が教壇に立った。みんな席についている。


「警察、どうだった?」


言ったのは阿部だ。訊ねられると、鈴木は困惑したような表情を浮かべた。


「それが、学校の中のことでは動けないって。自分たちで話し合って解決してくださいって」


「なにそれ。窃盗なのに警察は動いてくれないの?」


憤ったような山田の声。


「うん。そうみたい。私たちが再三事細かに説明しても、警察のほうはただ学校で解決してくださいの一点張り」


がっかりしたような空気がクラスの中に流れる。梓もがっかりした。結局いじめが暴行罪や恐喝罪にならないように、盗難も窃盗罪にはならないのだ。学校の中では。



感情が重たい。クラスの中は盗難のことで持ちきりになり、結局解決策が何も思い浮かばないまま、チャイムが鳴って細谷が来る。


「先生、盗難の件ですが、警察は何もしてくれないようです。教室に防犯カメラつけられませんか」


言ったのは小森だ。工藤や山田と仲がいいが、目立たない。


初めて公の場で発言したような気がする。


「それはできない」


細谷ははっきりと言った。


「なぜですか」


「学校の方針だからだ。それに誰かを疑うことは神の意に反している」


梓は内心で声にならない叫び声をあげた。細谷は自分を疑ったくせに。そしてまだ疑っているくせに。そのせいでクラスで犯人扱いされているのに。この担任はなにを言っているのだろう。



「それじゃあ、いつまでたっても犯人が見つからないじゃないですか。もう犯人わかっていますけど!」


山崎がそう叫んだ。教室がざわつき、何人かの視線を感じた。


「だから犯人は私じゃないって」


梓は思わず言っていた。


「正直に言えよ、三村!」


山田も煽るように叫ぶ。


もう泣きたい。いや、心は泣いている。でも涙をこらえてはっきりと言う。


「なら正直に言う。私じゃない」


「嘘つくなよ。お前だろ? やったって言えよ」


工藤も煽る。


担任は口を挟まない。


誰も何も言わず、時間が来て第一礼拝堂へ行くことになった。


なんだろう、この屈辱と怒りと虚しさとやるせなさは。賛美歌を歌おうが、聖書の教えを聞こうが、なんの救いにもならない。


神ってなんのためにいるの? 本当にいるの? 


そんな思いが頭をかすめる。この学校の教師の八割はクリスチャンで神の教えが全てだと思い込み、神を信じ込んでいるけれど、やはり神などいない。


アダムとイブには勝手にルールを作って罰を与えたくせに、世の中の多くの悪いことをしている人間に罰を与えない。


小学校の時万引きをしていた子にだって、罰は与えられていない。


今でも高校生活を楽しんでいるのだろう。あの子は万引きしても捕まらないように気を付けながら、まだ窃盗を続けているのかもしれない。


急に視界が滲んだ。


泣くな、泣くな。そう思い、必死に涙をこらえる。


目じりに涙が溢れるのでごく自然な形で指で拭く。


それでも溢れてくるが、頑張って上を向いたおかげで涙はこぼれずに済んだ。

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