第22話

あの教頭が頼りになるか? 


確かに担任よりは責任はあるし、発言力はあるのだろうけれど。でも、なにもしないよりはいいだろうか。


「ありがとう。内村先生のとこ、行ってみようかな」


すると雪乃は梓の腕を掴んだ。


「今すぐ行こ」


言われて立ち上がると、二人で職員室に行った。教頭の内村は何か作業をしている。雪乃はすたすたと内村のほうへ歩いていく。


「内村先生。お話があるんですけど」 


「うん? どうしたのかな?」


優しそうな笑顔を浮かべる。


だが、その表情は自己満足に浸っているだけの偽善的な笑顔だ。


「深刻なお話です。少々お時間を頂けませんか」


「わかりました。じゃあ、今の時間は第二会議室が開いていますから、一緒にそこへ行きましょう」


言って内村は立ち上がると、職員室の隅にあった第二会議室の鍵を取る。雪乃と梓は、内村についていった。


第二会議室は、学校の二階の隅にある。第一会議室は中等部と高等部の校舎を繋ぐ廊下の一画に広くあり、よく様々な教師たちが集まって会議をしている。


それに比べ第二会議室は小さい。


第二会議室に入ると、電気をつける。大きめの簡素な茶色いテーブルに、座り心地のよさそうな黒い椅子が六脚ある。空いているところに自由に腰かけるように言われ、梓と雪乃はテーブルの真ん中に座った。


内村は正面に座る。


「それで、話というのは?」


寄り添うような口調で話す。梓は内村を信頼をしていない。


でも話すしかなかった。クラスで起きているこれまでのことを、事細かに説明した。


そうして、自分が犯人として細谷から疑われ、それがきっかけとなってクラスの子た

ちからも犯人扱いされていることも話す。


「知っていましたか、先生」


雪乃が切り出した。


「いいえ、そんな事情があるということは、細谷先生からは聞いていません」


梓は内心で舌打ちをする。あの教師、別の教師には虚偽の申告をしたくせに教頭には言っていないのか。細谷以外の教師にもはっきり疑われたということも話した。



「そうですか。事情は分かりました。ならばその先生にも注意をしておきましょう」


「なにか解決に向けて動いていただけませんか」


梓は切実な思いで内村に話す。


すると内村はまた偽善的な笑みを浮かべた。


「神の名のもと、全て赦しましょう。今あなたたちは怒っているようですが、赦すことが大切です。キリストがみんなの罪を背負って死んだのです。犯人の罪も。だからあなたたちは赦しなさい」


「窃盗罪ですよ? 警察も動いてくれません」


「すべては神に委ねなさい。罪を赦すのです。信仰心も忘れずに」


だめだ、この教頭も。やっぱり言ってもなにも変わらなかった。


罪を憎んで人を憎まずという言葉があるけれど、梓は罪も人も憎む。


窃盗罪をして、梓を犯人だと思い込んでいる人も、真犯人も。


しかし、教頭がこのような対応をすることはやはり読めていた。梓は絶望的な気持ちで席を立つ。 


お礼すら言いたくなかった。だが我慢してありがとうございましたという。


そうしてこの聖花女子学院がますます嫌いになる。この学校の宗教の在り方が、問題をややこしくしている。


宗教を出して諭すようなやり方では、何一つ問題など解決しない。


帰ったら、親に相談してみよう。もう、それしか方法がない。

 



予備校へ行くと、心身が摩耗しておりあまり塾講師の言っていることが頭に入ってこなかった。


でも綺麗にノートだけは取っておく。それから家に帰り、ご飯を食べる。両親がテレビを見てくつろいでいるときに、勇気を振り絞っていった。


「ねえお父さん、お母さん。話があるんだけど」


ソファーに座っている両親は同時に梓を見た。


「なに。深刻そうな顔をして」


母が言う。


「今、学校で盗難があるの。短期間のうちに、四人もの財布が盗まれている。それで、私が犯人にされているの」


母はちょっと真顔になった。


「あんたは本当にやっていないのね?」


確認するような表情だ。


「やっていなのに証明ができないし犯人にされているから困っている。心身ガタガタ」


食事もあまり喉が通らない。


「じゃあ、お母さん明日学校に電話してみるわ」


珍しく寄り添うような発言をしたことに少し驚く。


「学校はなにも動いてくれない。学級委員が警察に行ったけど、学校の中でのことだからって、警察も動いてくれない。教室に防犯カメラをつけることもできないし、教頭も担任も赦せってそれだけ」


父は何も言わなかった。別段深刻にとらえるふうでもなく、テレビに向き直り、画面に注視しだした。代わりに母が言う。


「とにかく電話をしてみて、解決しなかったら……もう卒業まで我慢するしかないわね」


ああ、寄り添いも瞬間的なものか。母の言い方にイラっときた。


梓の両親は子供のことを見ているようで見ていない。協力するつもりでいてもしない。


父は子育てに基本無関心だ。梓が腹痛と感じたことのないだるさにリビングで倒れていたとき、無視して通り過ぎた。


母が慌てて病院へ連れて行ってくれた結果、ノロウィルスと診断された。そんな病院へ連れて行ってくれた母も、体調面では気を遣ってくれるが、心のケアはなにもしてくれない。


怒鳴って母が行きたくもない聖花女子学院へ入れたくらいだ。困っていても、我慢しろというか、どこにでもある話、で済まされる。


でも、今回ばかりはさすがに腹立つ。


「犯人扱いされたまま、卒業するの? そんなの納得できないよ。今とても困っているの」


「困っているって言ったって解決できないなら仕方がないじゃない。高校卒業して、広い世界を見たほうが早いわよ」


聖花女子学院での生活は心の傷になっているのに。親に頼っても、この様子では解決の見込みがなさそうだ。


「もういい!」


梓は立ち上がると片付けもせず風呂に入った。


これ、いつまで続くのだろう。秋になればもう推薦組の子は動き出す。受験も本格的になっていく。夏休みに入る前までになんとか解決しなければ。


でもどうやって。どうすれば解決できるの。


大人がみんな頼りにならない。


いや、梓だって九月になればもう十八になり成人するけれど、犯人が十八になっている子だったら、窃盗罪で捕まってもおかしくない。


それなのに学校でのことだから警察は動かない。それに成人になったからといって急に精神が成長するわけじゃない。みんな急に大人になるわけじゃない。


そもそも大人ってなに?


苦しい学校生活を、両親はわかってくれない。なんで成人年齢が引き下げられたのだろう。十八なんてまだまだ子供だ。


お風呂に入って、涙を流した。お風呂からあがっても今日は勉強する気にならず、髪を乾かす。


ふとラインを見ると、たくさんの子から短文が入っていた。


『白状しろよ』


『自分がやりましたって言え』


『盗んだ人の財布とお金返せよ』


『お前ホント、なにやってんの』


クラスのあらゆる子から、乱暴な言葉づかいでそう文字が打たれている。


梓は追い詰められていた。


休みたい。休みたくても休めない。休む日数が多ければ内申だってどうなるかわからない。

 

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