第11話
誰にも打ち明けられず、精神的に息を切らせながら毎日学校へ行く。
日に日にクラスのとげとげしさが鋭くなっている気がしながらも、「沈黙」の発表の日が来た。
授業時間四十五分の中で行い、時間内に収まらないようであれば次の授業に持ち越し。学院長も見学という名目で、クラスにやってきて教室の後ろに立った。
背が高いので目立つし威圧感がある。
発表は、どこも似たような感じだった。画用紙に描いたあらすじを言い、感想を述べる。ただ画用紙には個性が出る。
雪乃のグループのように絵を描いているところもあれば、イメージ映像として小説に出てくるような写真をネットから探し出し、印刷して画用紙に貼り付けているところもあった。
感想は、ユダのように裏切るキチジローが憎めないとか、情景描写が綺麗とか、なぜキリシタン禁止になったのかその時代背景を考察する子もいた。
もちろん、小説の中にも禁止になっている理由は描かれているが、もっと細かく考察している子がいた。
阿部らいむという子で、その深い考察に拍手がわく。だが、学院長は何か言いたそうな、渋い顔をしていた。
なぜ日本でキリシタン禁止になったのかまるで理解をしていないような顔だった。
学院長は、基本的にキリスト教絶対主義だから日本を、日本の時代背景を理解していないのだ。そもそも小説を読んでいるのかも謎だし日本史を勉強しているのかも謎だ。
梓のグループが発表する番になった。みんなが行ったとおり、あらすじを書いた画用紙を黒板に貼り、四人で順番に説明して、感想を言っていく。
「すでに言っている人もいますが私もキチジローが憎めません。可愛い。なんか母性本能みたいなのがくすぐられます」
工藤が「可愛い」の部分を強調して言うと、クラス中に笑いの渦が沸き起こった。吉岡は前に聞いたとおり、美しい情景描写は作者の意図なのかもしれない、ということを言った。
五十嵐が前に出る。
「当時の日本には受け入れがたい宗教でした。でも今は宗教の自由が認められ時代が変わったことがとても不思議です」
宗教の自由は認められても宗教コミュニティに入ればこの学校のように自由は剥奪され地獄になる。
内心で何度目かわからないため息をつく。
五十嵐が下がり、梓が感想を言う番になった。
「いろいろな箇所に感想を持ちましたが、私が思ったのは踏み絵を踏むラストの部分です。感動的ですが主人公に語りかけたのは、キリストなのか神なのか、ちょっと私には読解力不足でわかりませんでした。ただ、私が察するにキリストだと思います。これがもし仮に神だとしたら、神って苦しむのかなと思いました。だって、天地創造をしたあとは放置です。アダムとイブがいけないのかもしれないですが、結局悪魔のいる楽園を与えたのも神。キリストも一度見捨てましたし、現在戦争をしている地域も放っておくくらいですから、苦しみがわからないんじゃないか、あるいは人間を弄んでいるのではと思いました」
すると教室の後ろに立って聞いていた院長が顔を真っ赤にして叫んだ。
「あなたは神を冒涜するのですか!」
叫び声に驚き、しまった、と思う。小説の感想を述べるはずが普段思っていることをそのまま言ってしまった。別の個所にするべきだったか。
もしかしたら神より著者を冒涜したかもしれない。そんな考えが頭をもたげた。だが、院長は小説よりも、梓が神に対して思ったことが気に食わなかったらしい。
「神には神の、人智を超えたお考えがあるのです! 日本人はこれだからだめなんだ!」
教室は静まり返った。院長は時々差別的な発言をする。そのことにも不満を持っていた。
しかし、なんでこんなに怒っているのかわからない。いや、神を信じないと言ったのが気に入らないのかもしれない。
梓は何も言えなくなり、すみません、と一言小さく謝った。すると院長は満足げな顔をする。
「
場を収めるためにはい、と梓は小さく言った。あと一グループが終わると、チャイムが鳴った。
学院長は教室から出て行く。
梓の心は鬱屈としていた。なんで神を冒涜したらいけないのだろう。そんなことを思う。
神はそんなに神聖視できるような存在ではない。神聖視できるほどの全知全能の神なら世の中こんなに荒廃していない。
そもそも神なんているのか。キリストは存在していたとして、新約聖書に書かれていることはキリストの弟子が書いているからまあまあ本当だとしても、旧約聖書に書いてあることはほとんど作り話だ。
「なんか、院長機嫌が悪そうだったね。怒られていたけど大丈夫」
雪乃が心配そうに梓の隣に立つ。
「うん、大丈夫。院長嫌いだし」
「私も。この前机に座っていたらいきなりガラッと教室の扉を開けて、『机は座るところですか!』って怒られたよ。机に座るくらいいいじゃんね」
「本当だよ」
院長が不満を現したのは多分、なぜキリシタンが禁止されたのか考察した阿部への怒りもあったのだろう。
かつての外国人が思うように日本にキリスト教をあまり布教できなかった恨みでもあるのかもしれない。それが全部梓に向いただけ。でも、それにしたって学院長は傲慢である。
「一グループ持ち越しで、次は社会の発表か」
雪乃が面倒くさそうに呟く。
「本当、発表ばかりでうんざりする」
「ね」
チャイムが鳴って、次の数学の授業が始まる。受験に関係ないので、梓はこっそり受験勉強をしていたが、特に咎められることもなかった。
だが、やはり教室の空気感が何か悪い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます