第10話

夜零時近くまで勉強して眠ると、朝は六時半に起きた。


今日は別段寝不足ではない。学校からすぐ予備校に行けるように予備校のテキストを持って家を出る。


七月には模試があるから、行きたい大学のA判定を貰いたい。


教室へ行くと、空気がとげとげしくなっており淀んでいた。 


梓は場の空気感を掴むことに長けている。


「空気を読む」のではなく、感覚的に、場所の空気の良し悪しを感じるのだ。


盗難が起きてから、教室の空気はずっとざらざらしていたが、今日はそれに輪をかけて雰囲気が悪い。


また、何か起きるのだろうか? 


なにも起きないでほしい。そう強く思いながら、授業を受ける。すると放課後になって、校内放送が入った。


「今日は、三年生のスカート丈の検査をします。三年生は全員体育館に集まってください」


女性の体育教師、竹林の声だ。四組の担任。


厳しく、生徒が少しでもできない競技があると、都度、後日再試をさせる。


例えばバスケの授業で、ディフェンスとオフェンスが完璧にできて、なおかつシュートを決めないと、延々再試をさせるのだ。


ディフェンスもオフェンスもこなせなかった生徒には、少し条件を緩くしてシュートを三回決めるだけでもいいことになったが、一年の時は五月に行われたそのバスケの授業が翌年の一月までできない生徒に再試をさせ続けたこともある。


梓もテニスで再試になったことがあり、これも苦痛だった。運動が苦手でできない子だっているのに。


放送を聞いてクラスからえーっ、とがっかりしたような声があがる。


梓も内心で叫び声をあげたくなった。なんで今日に限ってスカート丈検査? 


この前学年主任に注意されたばかりなのに。しかも全員が終わらないと帰れない。


教師からひと言話があるからだ。


精神的な苦痛を味わいながら、体育館へ向かう。


四人の体育教師がいて、定規かメジャーで一人一人検査をし、きっちりひざ下三センチを測るのだ。


あいうえお順に並ばされる。教師が四人いるから一クラスにつき一人。


全学年八十人いて、スムーズに終わるはずもないから、全員が終わるまで多分二時間以上はかかる。


また、なにか言われるのだろうか。


心がざわざわしながら、順番を待つ。やっぱり注意される子がいて、時間を取られる。


一時間ほどして梓の番になった。定規で測る教師は竹林ではないので、安心する。短いと言われる前に言ってしまおう。


「身長が去年から伸びて丈が短くなりました。届けは出してあります。一昨日、母が学年主任の佐藤先生と相談して、了解していただいています」


「聞いています。わかりましたよ、大丈夫です」


即解放された。よかった、と胸をなでおろすも、時間は刻々と過ぎていく。体育館の後ろの方で、学年全員が終わるのを待つ。


この暇な時間がもったいない。体育館は女子たちのざわめきに包まれている。内心で苦しいのを我慢しながら、ポケットに入れておいた単語帳を眺めていることにした。


雪乃も姓が森川、だからすぐに隣にやって来る。


「なにか言われた?」


梓は訊ねる。


「三ミリ短いって」


「ミリ単位まで測られるの?」


「うん。まあ、短いって言われただけで、スカート変えろ、とまでは言われなかったけどね」


三ミリくらいどうでもいいではないか。それにこの学校の子のほとんどはスカートの長さを守っている。


今スムーズに解放されていない子は、梓と同じように身長が伸びて、届けを出していない子たちだろう。それなのに検査。本当に、バカみたい。


全員のスカート丈検査が終わって、竹林が前に立ち、静かになるまで待った。生徒たちの話声が次第に消えていく。


「数ミリ程度の子はいいけど、数センチ単位で短い子は届けを出しなさい。スカート折るのは禁止。膝下三センチを守りなさい。あと、腰にセーターを巻くのも禁止」


偉そうに言う。腰にセーター巻いている教師はいるのに。職員室で、生徒から取り上げたお菓子を食べている教師もいるし、漫画を読んでいる教師もいる。


職員室の教師内の中は自由なのになぜ生徒には禁止なのかを教師側は言わない。


腕にゴムをしてはいけないことも。靴の品番を指定することも。本当に、縄で縛られているような気持になってくる。


「最近は学校の風紀が……」と話が長く続く。


結局解放された時には午後六時を過ぎていた。校庭に出ると、東の空は暗くて、星が瞬いている。


梓は泣きたくなった。今日は予備校で日本史と古文の授業があった。日本史の授業は五時からだ。


古文は六時半から。今から予備校へ行ってももう間にあわない。今日の予備校を楽しみにしていたのに、学校が梓のプライベートの邪魔をする。


せっかく親にお金も払ってもらって、通わせてもらっているのに。


雪乃と別れると、半ば涙を浮かべて家に帰った。予備校で授業を聞きたかった。行けなかったぶん、古文と日本史を独学で頑張る。


どうして星が見えるまで帰してもらえないのだろう。普通の学校ならば、三時半くらいにはもう帰してくれるはず。


「あーっ!」


ストレスが溜まりに溜まり、梓は部屋で叫んでいた。


「あーっ! あーっ! あーっ!」


「梓、うるさい!」


母が部屋にやって来る。梓は部屋の前に立っている母を振り返った。


「ねえ、お母さん、学校苦しい。息が詰まりそう。本当に苦しい」


悲痛な心持ちで言った。だが母は怒鳴った。


「なに言っているの。もう少しで終わりでしょ。我慢しなさい!」


ただ母が憧れた学校に問答無用で入ったのに、話も聞いてもくれないの?


我慢ができなくなって、梓はぽろぽろと涙をこぼしていた。


五年ちょいあの学校でしんどい思いをしながら頑張ってきた。でも親は苦しい心の中を聞いてくれない。ノイローゼになりそうだ。


精神が安定せず、涙は零時過ぎても止まらなかった。

 

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