第9話
放課後は工藤、吉岡、五十嵐の四人で集まった。
「沈黙」の発表をどのようにするか話し合うのだ。
「読んだ?」
工藤が言った。吉岡と五十嵐は頷く。
空いている机を四脚くっつけて、向かい合うように座った。梓の隣が五十嵐だ。
四人とも文庫本を取り出す。
「それでどうやってまとめようか」
工藤がリーダー的な存在でそう言う。工藤のことが、実は梓は苦手だった。中学三年の時、髪形を変えてイメチェンするとみんなの前でからかってきたし、教師に指されて答えを間違えると梓の物まねをしてクラス中の笑いを買った。
物まねはクラス中に広まり、しばらく続いていた。それが梓にはとても不愉快だった。
中等部の修学旅行では同じグループになってしまい、ハブられた。
高校生になった今は落ち着いているけれど、工藤がやったことも梓の中では傷になっている。でも工藤は忘れているだろう。いじめはやったほうはすぐ忘れるのだ。
「うーんと、まず、画用紙に細かくあらすじを書いて、四人で感想言えばいいんじゃないかな」
五十嵐が言った。久しぶりに声を聞いた気がする。いつも一人でいて、友達がいないがなぜか存在感はあり、不思議といじめられない。
雪乃と声をかけたこともあるが、一人がいいらしく、あまり梓たちとも馴染もうとはしなかった。
「画用紙にあらすじをまとめるのはいいとして、ちょっと質問なんだけど」
吉岡が小さく手を挙げる。一斉に吉岡に注目が集まる。
「よくわからないところがあってさ。このポルトガル人たちは、カトリックでいいの?」
「司祭、って書いてあるからカトリックだね。それにこの時代はカトリックが主流だと思う」
五十嵐が言った。
「正直カトリックとプロテスタントの違いがわからないんだよね。私高等部からの外部生だからさ、キリスト教の細かいところは正直、わからないんだ。もう三年生なのに」
恥ずかしそうに肩をすくめる。別に恥ずかしがることないのに。世の中知らない人のほうが大多数だ。
「ぶっちゃけ簡単なところから説明すると、学校だとマリア像があるのがカトリック。海外の教会で装いが派手なところもカトリック。神父と言われるのもカトリックで洗礼を受けた人にはクリスチャンネームがある。けどプロテスタントは洗礼を受けてもクリスチャンネームはない。牧師や伝道師と言われるのがプロテスタント」
工藤が説明をする。
「そういえばこの学校、マリア像ないね。プロテスタントだから?」
「そうそう。プロテスタントはすごくシンプル。ルターが免罪符で金を集めていたカトックに抗議して広がったものだよ。カトリックは伝統を重んじるし、女は神父になれない。キリスト教の中の旧体制といったほうがいいのかな。プロテスタントは単純に聖書と信仰が主体で、女が牧師になってもいいし、カトリックほどの組織的要素はない感じ。私、クリスチャンじゃないけどね。でもほら、海外の観光地なんかはほとんどカトリック教会だよ」
工藤がなおも親切に説明している。こんな優しい工藤を見るのも初めてだ。
「確かに海外の教会、荘厳だよね。なんとなくわかった。ごめん、時間取らせた。ありがとう」
吉岡は明るくそう言って、どうしようか、と問いかける。
「感想は一人一人言う? それとも、四人の感想をまとめる?」
「どういう感想を持った」
梓は訊ねてみる。すると吉岡が答える。
「ええっと。序盤の情景描写、神が創造したかのように美しく描かれているのは、作者の意図したところなのかなって」
確かに情景描写は美しかった。
他の三人に訊ねてみると、みんなバラバラの感想が出てくる。感想は一人一人言うことにした。「沈黙」の内容を細かく起承転結にかみ砕いて青い画用紙にマジックで書いていく。
画用紙を青にしたのは、白じゃつまらない、ということになったからだ。
発表をするからにはみんなが楽しめるように、色彩も気にしようということだった。
だからマジックもいろいろな色を使う。他のグループの子たちも、似たような作業をしていた。
発表しても教師は別段何も言わず、放置するのに意味あるのだろうか、と改めて思う。
こうしている時間が惜しい。受験勉をしたい。本来なら高校三年生は発表どころではないのではないか。
それともこれも高校生活の思い出としての授業、ということなのだろうか。それにまだ、社会科の授業の発表もある。
とりあえず一日でまとめてしまおうと、四人で頑張って起承転結の一つ一つを色付きマジックで書いた後、黒字で囲って読みやすくする。
もう午後五時半だ。幸い今日は予備校がない。この学校は、進学校ではないにしても、大学への進学率はなぜか高い。毎年ほぼ全員大学に進学する。
きっと、このクラスの全員が進学を考えているはずだ。発表ばかりに時間を取られて、みんなはきつく感じられないのだろうか。
少なくとも梓はしんどくて仕方がない。みんなどうやって、勉強の時間を取っているのだろう。
「終わった!」
吉岡が「結」の部分の最後の一文字を書き終えると、マジックに蓋をして笑った。
「あとはこれのとおりに説明すればいいよね」
工藤が言う。
「うん、そうだね」
梓も頷く。雪乃はまだ作業をしていたので、近づく。
「どう、雪乃」
「うちのグループはまだ終わらない。先帰っていいよ」
焦ったような声。見たところ、雪乃のグループは、絵も描いているようだ。山田が中心になってまとめ役をしている。見たところ、梓のグループよりもわかりやすいかもしれない。
梓は雪乃に断り、先に帰ることにした。心の奥底で、担任に疑われたという不快感がまだ残っていたし、一昨日スカートを買い替えろと呼び止められた苛立ちもある。
さっさと学校から出たかった。
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