第8話
教室に戻ると、雪乃が笑顔で近づいてきた。
「おはよう、どこ行っていたの」
「おはよう。なんか担任に呼ばれた」
「細谷が梓になんの話?」
梓は周囲を確認する。もうほとんどの子が来ているので、ここでは言えない。
「うん、あとで話すよ」
「そんな深刻な話?」
頷く。チャイムが鳴って細谷が来る。細谷が憎く感じられた。
点呼を取ると、廊下にみんな出て、列を作って第一礼拝堂まで移動だ。五年ちょいこれを続けている。
第一礼拝堂に着くと、薄暗い照明の中、賛美歌を歌いクリスチャン教師が壇上に現れ言われた通りの聖書のページを開く。
寝ている子は、見回りをしている教師に一人一人起こされている。
雪乃は中等部の頃、この教師が起こして回ることを洗脳だ、と言って笑っていた。
眠たい意識の中に、聖書や神の言葉を叩きこんで潜在意識に落とし込む。そんな洗脳と同じことをしていると笑っていた。
確かに一理あると梓もあの時は笑った。でも今は笑える状態でも、教師の言葉を聞ける状態でもない。細谷に疑われていることが悲しいし悔しい。
教師の長い「神の教え」を聞かず、朝の礼拝は終わった。
教室の空気はなんとなくざらついているものの、服部も小林も気持ちを切り替えたのか、明るくクラスメイトと話していた。
特になにかを言い出す子もいなかった。四時間目まで授業を受けて、昼休みになる。
日差しが夏に変わりつつあるのを日に日に感じているが、まだ耐えられる暑さだ。それでも紫外線がきつくなっている。
中等部の校舎と高等部の校舎を繋ぐ、小さな中庭にある木陰のベンチでお弁当を食べていると、雪乃が訊ねた。
「で、朝の呼び出しってなんだったの」
梓は箸を止め、俯く。
芝生には小さな木々の黒い影が揺れていた。
「昨日一時間目が体育で私が遅刻したから、服部さんと小林さんの財布を盗んだのはおまえだろって細谷が」
はあ? と雪乃は高い声をあげた。
「梓がそんなことするわけないじゃん」
「していないよ」
その間は保健室に行っていたことを話した。
「なのに細谷は私を疑っているみたい」
「酷くない? ただ遅刻したからってなんで梓が疑われるの」
自分のことのように怒ってくれている雪乃が嬉しい。救われる。少なくとも友人は疑いの目で見てこない。
「でしょ? 気分が悪いよ。昨日の具合の悪さとは違った意味で」
「そりゃそうだよ」
雪乃はしばらく慰めてくれた。内申に影響が出たらどうしよう。ふと、そんなことも考える。話しているうちに予鈴が鳴った。
「行こうか」
元気のないまま、梓は雪乃と教室に戻る。
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